2.貴族だらけの学院生活


 国立魔術学院の敷地面積は学園地区と呼ばれる『香草蘭の街バニラブリック』の西の大部分を締める。

 在学生の人数は小等部高等部合わせて5000人程度の生徒が在籍しており、基本的には姓を持っている元貴族や自分の家が営む店の名前を苗字として名乗る商人の子供が通っているらしい。



 現在フィラデルフィアはクライアンに付き添われながら学園に向かっていた。

 流石金持ちが通う場所だ。車道を見ると乗り物に揺られながら通学している人間が多く、すれ違いざま窓越しに手を振り誰かへ挨拶する光景が見えた。

 だが自分はまだ制服も着ていない編入生。しかも軍人に付き添われるのは珍しいのか、すれ違いざまに自分たちを見ていた。

 いくら慣れているとはいえ奇異の目で見られるのは好きにはなれない。


「……何でじろじろ見られてるんですかね」

「貴女が珍しいからでは?」


 フィーは今自分の種族を偽って過ごしているので、傍から見ればただの赤毛の人族にしか見えないはず。絶対自分が軍人を連れているからだろう。

 軍が一時的に国の政策を牛耳っている今、軍人は良くも悪くも周囲の視線を奪う。それに騎士になる家が魔術学院へ進学する例は少ないらしいから尚更だ。


「結局ターゲスさんに会えなかったです」

「あの方はお忙しいので仕方ないですね」


 結局フィラデルフィアは養父にあたるターゲスと対面できていない。

 ロイクの旧友であるターゲスへ養子に出したのはフィーを守る為だろうというのは一応理解している。

 だがターゲスに父親として見ろと言われても自分にとって父親は村が襲撃された時に巻き込まれて亡くなった人族の父ただ一人だけだから、ターゲスを父親と呼ぶのも気が引ける。


「もちろん隊長もフィーのことは気にかけてますよ。ただ、あの方も初めて養子を取ったので大目に見てやってください。あの人を父親として見る必要もありませんし」

「それでいいんですか」

「軍の中でも上官と部下で養子縁組をとることが多い。まあ、昇進するためのバックアップだったり、師弟関係を結ぶためだったり理由はさまざま。それにフィーもカレンデュラ家の当主に一度も父親呼びしたことないでしょう?」


 一度しか会ったことの無いターゲスは、純血で魔力は無いに等しいが胆力が強いという共通点はあるものの、ロイクとは真逆の人間だった。

 フィーの記憶にあるターゲスは豪快で快活に笑うようなイメージが強い。そんな人でも人と接することに関して不器用だったりするのだろうか。


「確かに」

「父親っていうより家族って思えばいい。先人からのアドバイスです」

「ありがとう」



―――



 学院でフィーは種族を隠して生活している。

 魔術が施されたリボンを頭に巻くと頭から生えた角がたちまち消え、縦長な瞳孔は人間とほとんど同じ形になるのだ。

 だがそれは見た目だけを欺くもので、彼女の場合特に頭にある角を触ればすぐに魔族であることが明かされてしまうことが難点である。

 見た目は隠せても自分の出身は知らない間に知れ渡ってしまうらしく、クラス内でもフィーは孤立していた。


「おい。お前、孤児だそうだな?」


 昼休み中。食堂で自分のお弁当を食べていた時、同級生らしき人族の男子がやって来た。

 恰幅のいい彼の後ろにはクスクスと笑う男女の取り巻きを侍らせており、いかにも偉そうな態度を取っている。

 自分よりも半年早く孤児院を出た弟分のウォルが以前言っていた貴族は、こういう人間なのかもしれない。ロイクがかなり例外なだけで。


「そうだよ。私の両親は戦に巻き込まれて死んだ」

「そうかそうか。じゃあ、しかたないからこの僕と友達になれ」


 彼は饅頭のような手をこちらに差し伸べてくる。

 フィーは持っていたサンドイッチを弁当箱に戻し、座席から立ち上がった。


「私はフィラデルフィア……フィラデルフィア・ヴィスコ。種族は混血だけど、隠してるから名乗らない。あなたの名前は?」


 苗字を名乗るのに未だ慣れない。だが名前を名乗ると遠くからざわざわと声が聞こえてくる。

 自分のふるまいに何かおかしなことがことがあるだろうか。


「あなたこの方の名前を知らないんですの?」

「なんて世間知らず」


 後ろの取り巻きもクスクスと笑う。

 それに手を挙げてリーダーの男子が止めた。余裕のある顔で自分を名乗り始める。


「僕の名前はエルヴァン=アーミアン・ダンデライオン。種族は見ての通り人族。ダンデライオン家次期当主だ。この僕とお友達になってくれるのには感謝するよ」

「友達になるなんて一言も言ってない」


 そもそもこんな偉そうな男子と関わる気はない。きっと後ろの男子もお友達なのだろうが、本当の友達ではないと思う。

 癪に障ったのか、エルヴァンは更にとびきりの笑顔で言い寄ってくる。


「世間知らずな君に、一つ言わせてもらうけど、僕の家は代々大臣として皇族に仕えていた。僕と友達になることで不利益なことなんてない。もう一度聞くけど、僕のお友達にならない?」

「何を言ってるのか分からないけど、私の友達は私が選ぶよ。それに、管理する領地も失った元貴族に何の利益があるの?」

「孤児のくせに生意気なことを言うな!!」


 パシンと大きく平手を打たれた。体力づくりを怠っているせいか力は弱いものの、相手はかなり激昂しているらしい。

 周りは自分たちを見るだけで何もしてこない。やはりこの学院では自分は独りぼっちらしい。


「……気が済んだならもう行ってよ。昼休み終わっちゃうよ」

「チッ」


 相手はフィーのことを睨みつけると、どかどかと靴音を鳴らして去ってしまった。それに伴いギャラリーも去ってしまう。

 去年の自分ならきっとこんな煽るような言い方なんてしなかっただろう。

 サンドイッチは美味しくなかった。



―――



 食堂での騒動から一夜明け、フィーは時折嫌がらせを受けるようになった。

 水をかけられたり、教科書に目隠しの魔術がかけられたりするので、以前ロイクから学んだ呪詛返しの守りを身につけると、周り回って自分に同じ事が起こると分かったのか誰もフィーに近寄る事がなくなった。


「ミス・ヴィスコ。その首から下げているのは呪詛返しか」

「はい。魔術向けに改良しました。孤児院の先生に教えてもらったので」

「……常に持っておきなさい」

「はい」


 フィーの事情を知っているらしい教師からは特に言われること無くむしろ許可を貰った。なんだか腫物を触っているかのようで何だか気分が悪かった。

 だが授業によっては外さないといけない場面が出てくる。実際に教師から外せと言われてしまい、泣く泣くお守りを外して実習することになった。


 実習の内容は炎に纏わる魔術だった。大陸の東には火薬を調合しそれを空に打ち上げ空中で爆破させるものがあるらしいが、色とりどりの火花を散らせるのは魔術でも可能だ。

 炎を使う魔術を扱うのは彼らにとって初めてのことらしいので、尚更舞い散る色とりどりの炎に生徒たちははしゃいでいた。


 殺傷能力がある魔術が使える年齢は5年生からだが、人間が生まれた時から各々が使える魔法についての規制はかなり甘い。

 それは同じ種族の人間同士で婚姻する純血主義が多い貴族が多いことが起因する。純血の人間は鍛えれば身体能力は高くなりやすいが、その反面生まれ持った魔力が少ない傾向にあるからだろう。


 フィーにとって火事を連想するため燃え上がる炎は苦手だが、火事とは無縁の子供達は舞い散る火花に喜びが隠せない。

 しかも教師の手には治癒の効果をもたらす魔術道具、そして着ている制服は耐火性のある服なので炎で遊ぶ子供は遊ぶ。教師は生徒がその魔術を扱えることを確認するだけで特段咎める様子はなかった。


 何者かに突然放火され、銃のようなもので撃ち殺された家族たちを思い出す。

 その日自分とウォルを助けてくれたロイクは襲撃した者たちを見たと言っていたが、黒いマントで姿を隠されていたらしく、その正体は軍で調査しても分からないまま終わり、殺された村人は全員同じ場所に埋葬されたらしい。

 埋葬された場所にフィーはまだ行ったことが無いのだけれど。


 爛々と蝋燭のように燃える緑色の炎を見つめていると、一人の女子生徒がフィーをちらりと見てはにんまりと口角をあげる。

 空中に描画できるステッキで魔術陣を描き、それをフィーに目掛けて放った。


「あら!ごめんなさい。手が滑ってしまったわ」


 積極的に実習を行うはずのフィーが細々とやっている姿を見て、炎が苦手だと察したらしい。


「熱っ!?」

「あらまぁ!種族隠しのリボンが燃えてしまいましたわ!白い肌も焼けてお可哀想に!!」

『人間め……!殺してやる!!』


 フィーは慌てて制服のフードを被り、その場に蹲った。

 どう見てもいやがらせに成功して愉悦に浸っている彼女とは裏腹に、フィーの内心は女神の憎悪を押さえ付けることで精一杯だった。

 炎で焼かれたところがじくじくと痛い。夢で見た光景が脳裏によぎり、大丈夫だとひたすら唱えるように内心呟く。


「……してやる」

「声が小さくて聞こえませんわ?これくらいの炎で怯えるなんて魔力があっても魔術を使う才能は無いに等しいですわね」

「ミス。黙りなさいな。これ以上は相手への侮辱に値しますよ」


 黒い服に身を包む老婆の教師がフィーに炎を当てた生徒に叱咤し、フィーに手を差し伸べる。

 ミズ・ナスタチウムは炎専門の魔術教授である。彼女もフィーの正体を知っており、種族を隠すことについても一旦は承知していた。


「……立ちなさい。ミス・ヴィスコ」

「……」


 フィーは制服のフードを被ったまま黙り込んでいる。

 頑なにフードを外さないのは炎が怖かったからではなく、種族を隠したいからだ。種族隠しのリボンが燃えてしまったため、フードの下は彼女の頭にある竜の角は顕になっている。

 溜息を付いたナスタチウムは、フィーの耳元に囁いた。


「貴女のことは聞いています。ですがバレるのも時間の問題です」


 フィーは無言で立ち上がるものの、フードは頑なに外さなかった。

 淡々と話す反面、孫を宥めるように彼女はフィーの頭を撫でる。

 フィーの中にある女神の憎悪が引いてきた。


「顔を上げて傷を見せなさい。火傷を治療しましょう」

「ミズ・ナスタチウム。こんな炎に怯えては授業にならないです」

「さ、フードを」


 ナスタチウムに促され、種族が気になる生徒達に囲まれながらもフィーは恐る恐るフードを外した。


「『我らが母の元に力をお借りする』」


 左頬の火傷をナスタチウムは魔術で治癒していくが、彼女の頭にある大きな角二本が顕になり、生徒もざわついた。


「……ヤギ?」

「いやまさか」

「目も変わってないか?」

「混血だからだろ」

「いや、これは……」


 火傷を負った左頬は治療を受けて徐々に赤い鱗が顕になり、更に生徒達をざわつかせた。

 炎を浴びせた本人はフィーが想像していた種族と違う事に反発した。


「聞いてませんわ!!こんな孤児がドラゴンだなんて!!」

「えぇ、隠していたのですから聞いていないのも当然でしょう。ミス・ヴィスコは竜族ですよ。私達教師陣もその事は知っていました。姿は、今知りましたけどね」


 淡々と告げる彼女に生徒達も黙るしかない。

 授業を続けますよと、ナスタチウムは指揮棒を出し、ざわざわとフィーのことを遠目で見る生徒が多い中、そのまま授業は継続されるのだった。



―――



 放課後、フィーの種族はあっという間に学院中に広まってしまい、他教室からざわざわと野次馬達が覗きに来ていた。


「本当だ……」

「牛か山羊の間違いでしょ?」

「ならあの鱗はなんだ」


 慌ててフィーは校舎から逃げるように出て行ったが、それでも野次馬は絶えず現れる。

 そして待ち受けていたかのように、フィーの目の前に複数人の女子達に囲まれてしまった。


「ミス・フィラデルフィア」


 背丈がや年齢がまちまちな女子達という事は何かのサロンの集まりだろうか。

 しかも兎に馬に犬に猫。全員魔族である。

 全員をつき従える金髪の少女がフィーの前に一歩近付いた。


「ちょっと、私達と魔術の練習に付き合って下さらない?」


 面倒くさいことになった気がする。周囲の人間からの視線も痛い。

 外に出てしまったため、中には高等部の学生も含まれていた。


「……いいよ」


 呪詛返しならぬ魔術返しのお守りは身に付けているし、魔術や魔法は彼女達と引けを取らないはず。

 仕返しする分には問題ないだろうと思っていた。


「ところで、本当に魔術の練習なんだよね」

「えぇ、そうよ。貴女成績は良いと聞くから、私達にもご教示願えないかしら」


 その顔はどう見ても何か企んでいるようにしか見えない。

 二つ返事をして着いて行ったは言いものの、自分の中の女神がざわざわと感情が揺らいでいる気がした。女神もこれは罠だと警告しているのだろうか。

 中庭に差し掛かり、奥の東屋に辿り着いた。

 池には睡蓮の花が咲いており、その下には色とりどりの魚が泳いでいる。


「……こんな綺麗な所があったんだ……」

「私達のプライベートゾーンよ」


 学校の敷地内にプライベートな場所なんて作れるのだろうか。東屋には同じサロンにいるのであろう高等部の女子達が、東屋の椅子から手招きをしてフィーを誘うのでフィーは恐る恐るそこに踏み入れた。


「お姉様!お連れ致しましたわ!」

「ありがとう。もう引いていいわよ」


 栗色の長い髪を揺らす彼女が払うように手を振ると、フィーを連れて来た女子達は去って行った。

 小等部の自分が高等部の学生に教える事なんてなかろうに。恐る恐るフィーは彼女に問いかけた。


「ところで、教えて欲しいのはどんな分野……?」

「あら。そうやって誘ったのね。あの子たち……そうね、竜族の身体という所かしら」


 パチンと彼女が指を鳴らすと、混血なのか彼女の右目が赤く光り、池の下から伸びた茨がフィーを捕らえた。

 そんなことをしても自分に返ってくるからフィーは何もしなかった。だが一向に魔術返しのお守りが効かないことにフィーは不審に思う。


「魔術なんてこの東屋では一切効きませんわ。申し遅れましたわね。私の名前はヴァイオレット=リリィ・モンクスフード。兎族。もちろん、私が貴女から教示して欲しいことなんて一つもありません」

「私を騙したの?」


 茨がフィーの体にちくちくと刺さり、身を捩れば更に締め付けてくる。

 そんなフィーを他所にヴァイオレットはくるくると栗色の髪を弄びふんと鼻を鳴らした。

 儚げだった彼女とは裏腹に表情が冷たく豹変する。


「騙す?騙したのは貴女でしょう?噂には聞いていましたが……まぁ、よくもあのカレンデュラ家はこんな化け物を抱えていたものね……いや、苗字も違うのだからもう捨てられたも同然という所かしら。まったく、カレンデュラ家はこんな子供をたくさん抱えて何がしたいというのかしら」

「私はロイクから棄てられてない!!」

「愚民は黙りなさい」

「っ!?」


 フィーの体を巻き付ける茨はさらに縛る強度を増す。脚にも巻き付いてくるので、その白い肌からはたらりと血が流れた。

 ヴァイオレットは持っていた扇子でフィーの顎を持ち上げ、赤くなった片目でフィーをねめつける。


「……そもそも貴女、目障りなのよ。この学院は貴女のような平民が来るような場所ではないわ。でも一つ貴女のような人間を許すのであればそうね……」


 扇子を顎から放し、少し考える素振りをしては彼女ははにかんだ。


「私の下僕にでもなってくれるのなら考えなくもないわ」

「嫌だ」

「……聞こえませんわ。もう一度」

「そんなの絶対に嫌だ!!」


 フィーは混血の証である左目を赤く光らせ、全身から魔力を放出する。ヴァイオレットの出した茨から魔力を吸収して枯らしてはブチブチと両腕を広げながら切り離した。

 ヴァイオレット自身の家は純血主義だが、父親の妾だった母親が混血であったため、自身も魔力は貴族の中では多い方だった。だが魔力量はフィーに劣る。


「なっ……」

「痛い魔法だね。でも弱いよ。私の魔力ですぐに枯れちゃうんだから」


 フィーは立ち上がり、更に全身から魔力を放出させた。

 すると池の中に浮かぶ蓮の花がひとりでに揺れ、東屋周辺の花や水草が水面から延びるその光景は、まるで魔王が威圧しているようだ。

 蝶よ花よと育てられた彼女たちはフィーのその姿にがくがくと震え始める。

 だがヴァイオレットは唇をかみしめた。何が混血児だ。所詮体の弱い子供に過ぎない。それは混血である自分がよく知っている。


「あ、貴女たち!この化け物を取り押さえなさい!!」

「……そこまでだ」


 ヴァイオレットが後ろの取り巻きに指図をしようと扇子をフィーに向けたものの、フィーにおびえる取り巻きたちは誰も彼女の命に従わない。

 それに、ヴァイオレットの首元に刃が当たっているから誰も前には進めない。


「……えっ」


 狼の少年兵が彼女の首に剣を向けていた。貴族に刃を向けるなぞあり得ない光景にヴァイオレットは悲鳴を上げる。

 フィーはそんなことよりも、その刃を持っている少年兵が自分のよく知っている顔であることに驚いている。

 彼は被害者であるフィーを一瞥ししたものの、ヴァイオレットに向かって口を開く。


「モンクスフード家のご令嬢……ロータスの分家が何をしている」

「こ、この生意気な女を躾しておりましたのよ。あ、貴方こそ、私に剣を向けることの意味を分かっててやっているのかしら!?」


 刃を向けられながらも相手は自分よりも年下だと舐め腐っている。それを察したのか少年は呆れた顔を見せる。


「躾か……ヴァイオレット嬢。貴女こそ俺の上官の娘だと分かっていてこんなことをしているのか?」

「ふん……それでも所詮、平民は平民でしょう?こんな芋臭い女が学院に居ては風紀が乱れるわ!!」

「だってよ!アリックス!!」


 少年兵が後ろを向けば、そこには白いうさ耳の軍人が立っていた。

 フィーはその顔立ちを見て一瞬女かと思った。それに加え透き通るような白い髪と肌は赤目の白兎を連想する。同じことを考えたのか周りにいる女子たちも彼の美貌に目をとろんと潤ませていた。

 だがヴァイオレットだけは彼を知っているのか、その容姿に目を細めることなくフィー同様に睨んだものの、睨まれた本人は飄々とした態度で彼女に向かって手を振った。


「やぁ、久しぶり。ヴァイオレット嬢」

「アレク……アリックス様!!これはどういうことですの!?」

「……どうもこうも、彼女は僕の上官の娘だよ?……保護しない訳にはいかないでしょ」


 彼の言葉にヴァイオレットはフィーを見る。

 軍が国内を制圧した今、貴族は軍に歯向かうことが出来ない。それが将軍と呼ばれる隊長の娘であるならなおのこと。


「貴女……種族だけではなく身分も……!!」

「み、身分を隠したつもりはないよ……」


 その証拠にフィーは教師たちから苗字で呼ばれていた。

 戸籍に登録した名前ではないものの、自分の家が経営する店の名前を苗字として名乗る生徒もいたので、他の生徒は彼女が苗字を名乗ること自体気にしなかったのだ。

 将軍の称号を与えられたとて一介の軍人。ただ名前が一切知れ渡って居なかっただけのこと。

 ターゲス自身生家が由緒正しい家ということもあり貴族と縁がないわけではないが、既に縁を切っており天涯孤独。ロイクを除き一切軍人以外の人間との関わりを持たなかった。


「『ドッグウッド』。もういいよ。解放して」

「……御意」


 ドッグウッドと呼ばれた少年兵は剣を鞘に戻すと、ヴァイオレットは崩れ落ちるように地面にへたりこんだ。

 少年兵はフィーに歩み寄り、治癒の魔術陣が書かれたハンカチを差し出す。


「どういうことウォ……」

「俺には魔力がありません。これを貸しますので自分で治してください」


 彼は無言で人差し指を立てた。これ以上は何も聞くなということらしい。仕方なくフィーは渡された魔術陣で自分の傷を癒す。

 火傷をするたびに自分の皮膚に赤い鱗が浮き出る体質であるため、今回は鱗が浮き出ることなく傷は完治していく。だが今日付いてしまった彼女の左頬の鱗を見て彼は内心舌打ちをした。

 その間ヴァイオレット達の方は騒ぎを聞き駆け付けた教師たちに尋問されている最中であった。


「軍が監視下に置いてもこの様か。ここの理事会は何をしているんだか……」

「アレクサンダー様!どうか、どうかこのヴァイオレットにご慈悲を!!」


 ヴァイオレットはアレックスに縋りつく。種族もありその様子から見て二人は親戚のようだが、身分はアリックスの方が上なのだろうか。

 だが彼は飄々とした態度と一変し冷酷な表情を向ける。


「その名で僕のことを呼ばないでくれないかな」

「も、申し訳ございません……」


 ヴァイオレットは手を離し奥歯を噛みしめる。

 生徒たちへの尋問が終わったのか顔見知りの教師がアリックスのほうに駆け寄ってきた。ミズ・ナスタチウムだ。


「ロータス様。こちらが大変ご迷惑を」

「本当ですよ。貴族が多いと大変ですね。まだ自分たちに権力があると言い張るんだから」

「え、えぇ……私どもがしっかりと教育いたしますわ」

「お願いしますよ。僕はともかく、同僚やその家族たちが未だ彼らから虐げられるのは見ていられない。ましてや僕の上官の娘だ」


 ナスタチウムはうやうやしく礼をし、他の者たちを連れて東屋から去っていった。

 ようやく騒ぎが落ち着き、フィーはまだ隣にいた少年に問いただそうとしたが今度はアレックスがこちらへ歩み寄ってくる。


「お初にお目にかかります。フィラデルフィア嬢。僕の名前はアリックス・ロータス。種族は兎族。メイラ国軍第一部隊、治安維持部、第三魔族小隊の隊長を務めております」

「ふぃ、フィラデルフィア・ヴィスコ。竜族です」


 姫を助ける王子のようにアリックスから手を差し出されたのでフィーはおずおずと手を取ろうとするが、それは隣にいた狼の彼が止めた。

 アリックスは苦笑しながら彼を見る。


「嫉妬深いにもほどがあるよ。ドッグウッド」

「『義理の姉』を女たらしから守って何が悪いんですか?」


 二人がにらみ合っているなか、置いてけぼりにされているフィーはおずおずと狼の彼の服を引いた。


「あの……ウォルファングだよね?すごく大きくなったね……?」


 ウォルファングは同じ村で生まれた幼馴染で、一年だけロイクが営むカレンデュラ家の孤児院で共に暮らしていた。

 名前もウォルファングであることに変わりないはずなのに、なぜ『ドックウッド』と呼ばれているのだろう。

 それに同い年であるフィーよりも背丈が若干小さかったはずだが、半年見ないうちにかなり大きくなっていた。確かに彼の父親も図体は村で一番大きかったと記憶しているがなぜ半年で一気に背が伸びるのだ。


「おや、まだ会ってなかったの?二人とも同じ人の養子になったのに」


 そういえばターゲスの養子になったのはウォルファングも同じで、名実ともに姉弟になったことをフィーは思い出す。

 ウォルはため息を吐きながら頭をかきながら視線を泳がせた。


「その……久しぶりだな。フィラデルフィア」

「うん。会えてうれしいよ。ウォル」


 見慣れた人に会えて、フィーはようやく自分がこの生活で緊張していたことに気づいた。

 そりゃあそうだ。折角の学院生活でやってきたのは嫌がらせばかりなのだから気を張る。

 気付いたとたん、フィーは疲労に伴い眠気に襲われる。


「ちょっと……眠い」

「え、フィー?」

「少し……休ませて……お願い」


 フィーはウォルの体にもたれた状態で、そのまま眠りについてしまうのであった。



――――――

ようやく弟との再会です。

フィーよりも若干背が小さかったウォルファングは成長期を迎えました。にしても成長が早い。

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