永遠の愛はあなたの為に

誰かの遠い記憶。

――――――



 わたしには親がいない。その代わり村の村長の養女として育てられた。

 わたしの両親が誰なのか、わたしが一体何者なのかだれも教えてはくれなかったけれど、それは物心付く前から気に留めることなく、村の皆から愛されて育ったと思う。

 村の外に出てはいけない。たくさんのものをあげる。その代わりあなたはわたしたちに幸福を頂戴なと彼らはわたしを幼い頃から崇め奉られた。

 美味しいもの、綺麗なもの、たくさんもらうかわりに自分は彼らがして欲しいことをしてあげた。

 自分は雨を降らせることが出来た。植物を育てることが出来た。ものを燃やすことも出来た。

 たくさんの金銀財宝を生み出し、動物たちと会話して知恵を授かったりもした。だから幼い時から自分はカミサマなのだと信じた。


 だけど村の外にも人間がいることを知った。その人間と関わっていくうちに村の人間以外からも幸福を求められるようになった。

 何時しか人々はわたしを奪い合うようになった。

 とうとうわたしは暗い暗い洞窟に閉じ込められた。自分は守られている。皆が愛しているから辛抱してくれと言って。

 毎日のように洞窟に代わる代わる村の皆がやって来てくれた。だけどいつしか皆の足は遠のいて行った。


 ある日わたしは洞窟から開放された。だけど解放してくれたのは私の知らない人だった。そして知らない土地でわたしは奴隷のように扱われた。

 わたしは炎であたり一帯を燃やして逃げた。

 そしてたくさんの村々を転々と旅をした。裏切られてもわたしは人間という存在を信じたかった。

 いつしかわたしはその場に留まることなく旅をして、ものを与えて宿を探した。


 旅をしていくにつれて、沢山のものを見た。何もかもが新鮮だった。

 いつしかわたしはここに居る場所が島であり、大陸というとても大きな場所があることを知った。

 そこにも行こうとしたけれど海を渡る術がない。海鳥を見たわたしは空を飛べるのではないのかと思った。そう思えば本当に飛ぶことが出来た。

 だけどわたしはどうしてか大陸に行くことが出来なかった。

 海鳥はそろって大陸に向かって空を飛ぶ。わたしだけ見えない壁で閉じ込められていた。

 理由を知ろうと自分の育った村に戻った。だけどその村はとうの昔になくなっていた。そしてその地でわたしを知っている人間は誰一人いなくなっていた。

 わたしは老いることも、死ぬことも出来ない存在だと思い知らされた。



///



 どうして自分は死ぬことが出来ないのか、老いることができないのか。そう色んな村々の人々に問いかけても知る者はいないし、わたしのことを馬鹿にする者もいた。

 わたしは憤慨し、雷を落として殺してしまった。周りにいる人間はわたしに対して怯え始めた。怒りで嵐になり、悲しみで草木が枯れ果てるから。

 いつしかわたしは幸福から天災と呼ばれるようになった。


 時が流れるにつれて、人間たちはそれぞれの知恵を持って様々なものを生み出した。大陸の者と関わって文明を作り上げていった。

 それと並行してわたしのことを滅ぼそうとするものが増えた。


 時には石を投げられ、磔にされて延々と火で焼かれ、檻に閉じ込められたまま深い水の底に沈められ、体中のありとあらゆる部位を切断され、たくさんの男に凌辱されたこともあった。

 それでもたちまち傷は無くなり、水の中でも呼吸を繰り返し、切断されても傷口からは切断された部位が復活し、わたしを凌辱した男は酸で溶けるようにたちまち死んでいった。


 わたしは逃げに逃げた。どんなに殺されて復活しても痛みは感じる。

 それにこの島の村々にわたしの居場所なんてなかった。ないのなら作ってしまえばいい。やって来た人間は追い出せばいい。それが出来なければ殺してしまえばいい。

 そして人間たちがわたしのことを忘れてしまうのを待とう。そしてたまに人間たちの暮らしを覗けばいい。

 そうしてわたしは森の隅で暮らすようになった。



 どれくらいの月日を森の中で過ごしただろう。きっとこれくらい経ってしまえば人間たちはわたしのことを忘れてしまったに違いない。そう思いながら暢気に動物たちと話をしながら悠々と過ごすうちに一人の人間がやってきた。白髪で緑眼の男だった。


 わたしはもちろんその人間を追い出そうとした。だけど彼はあきらめなかった。そしてその男はこの島の中を転々とし、幸福をもたらす女神の存在を口にした。わたしの存在を知っている人間がいたことにわたしは嘆いた。

 そして男は伝承という概念を教えてくれた。その伝承は人間の都合のいいところだけ伝わるのだということも。だからわたしのことを怯える人間なんてもういない。わたしも人間に怯える必要はないとそう慰められた。

 わたしは人間に怯えていたことに気付いた。


 その男は大陸の向こうからやってきたという。わたしは彼の話をたくさん聞いた。山などの高いところはとても寒いということ、地下には溶岩という溶けた熱い岩があるということ、国や街という存在。年中暑いところや逆に寒いところもあるということも。

 その男はとても物知りで、その話を聞いてわたしは目を輝かせた。それでも彼は自分の知らないことはたくさんあると言っていた。

 彼が自分の知っていることを話す代わりに、わたしが出来ることをやって見せたりもした。想像力がすごいと言われた。わたしは教えてくれたことをやって見せただけと言ったが、本来ならそれだけで分かるはずがないと言われた。私は人の心が読めることを知った。

 そしていつしかわたしたちは恋をした。



///



 わたしは人間ではなかった。

 人間である彼との間に子供が恵まれることなんてなかった。わたしは何も食べなくてもいいけれど、彼は何かを食べなければ生きていけなかった。

 彼は人間だからいつか老いて死ぬことに気付いた。だけどわたしは老いていく生き物を生き返らせることも、死なせないようにすることもできなかった。わたしは彼に死んでも忘れないでと言った。

 だけど死んでしまった時わたしは酷く悲しんだ。その間一帯の森は枯れ果ててしまった。


 それから月日が経ち目の前に彼が現れた。夢かと思った。わたしは死んでしまったのかと思った。どうしてここにいるのかと尋ねると、「君がそうしたんじゃないか」と言った。わたしにはわけが分からなかった。それをきっかけにコトダマというものを知った。


 ある日彼から人間の成り立ちを教えてもらった。

 化石というもので昔の生物を知ることが出来ることも教えて貰った。

 その話から、わたしはこの世界を占領する生物が長い時を超えて、入れ替わっていることを知った。

 わたしはかつての人間に対する恨みがふつふつと沸き上がった。自分の想像した生き物を沢山作り出せば、わたしの嫌いな【人間】は消える。そう思った。


 わたしはひたすら考えた。新しい生き物はどんなものがいいだろう。

 自分の体を作り変え、何度も彼との間に子供を作った。自分一人で作ったりもした。育てて、大人になった子供を何人も見送った。だけど人間に対する憎悪は消えることはない。

 ある夜。憎悪を抑えきれなくなったわたしは彼を殺してしまった。



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 わたしは長い間島中を歩き回った。わたしの子供たちは子孫を繁栄していき、そこから密かに人間たちの目に触れない場所で文明を作っていく中、わたしはまた心が壊れてしまい、今度は島中全てが日照りに陥り、土地は枯れ果ててしまった。

 大陸へ逃げる人間もいた。もちろんわたしの子供達も例外では無かった。

 だけど彼だけは干からびた土地で眠るわたしを見つけ出した。何年も死体のように転がっているわたしに見向きもしない人間がいる中、彼だけは私が生きていると分かってわたしを眠りから覚めさせた。



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 人間が憎い。人間であるあなたも例外ではない。だから、お願いだからわたしの前からいなくなって。

 そう懇願しても彼は、「ならば僕だけを殺せばいい。僕なら一人ぼっちになった君をまた見つけ出せる。君を救える自信はないけれど、隣にいることは出来る」と言ってわたしの元から離れるつもりはなかった。わたしは涙を流し、島中に雨を降らせた。嵐ではなく、しとしとと、静かな恵みの雨だったと他の人間が言っていたという。


 わたしの子供たちが島の半分を占領した頃。わたしのもとへ帰ってきた彼は悲しそうだった。

 問い詰めれば、わたしの子供たちがわたしが与えた力を使って争っていることを知った。蛙の子は蛙。彼らも人間だった。

 彼は言った。もし君が人間でなかったとしても人に育てられたのなら、同じく人の子なのだと。

 その見た目が人間でなくても人の子ならば当然理性は芽生えるし、喜怒哀楽も持ち合わせる。その感情に身を任せて争いは絶え間なく続いていってしまうのだと。

 わたしは嘆いた。わたしが作り出した子供が同じ結果を生み出している。自分の力を貸し与えれば人々の醜さがなくなるのだと思った。涙を堪えどうしようかと考え抜いた結果は、わたしが子供たちの中に入ることだった。



///



 子供達の体の中にわたしが入る。

 それを行うには彼に手伝ってもらう必要があった。わたしは自分の体に時間という概念を無理やり付け加えた。

 そのころから、わたしは成長が止まってから伸びることの無かった髪が伸びるようになった。

 伸びた髪を切っては燃やし、切っては燃やしを繰り返し、長い時間をかけてわたしの一部を切り離していった。

 燃えて行った髪は天に上り、やがてこの島の雨となるだろう。そして人間の体に溶け込むことで、私が皆の抑止力となる。

 幼い身体のわたしが老いていくことに気付いた彼は、わたしがこの世界から消えてしまうことをとても嘆いた。だけどわたしの意思は固かった。

 わたしが死ぬ時が彼が死ぬ時。そう決めていた。彼の心臓の音がわたしの中の時間の概念だったから。


 彼が死ぬ間際、死んだらわたしのことは忘れてと言った。

 ありがとう、貴方と老いていく時間はとても幸福な時間だった。

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