6.今夜、亡き人を想う
雪が降るその晩も来週の年末祭の準備で街の方はポツポツと店に明かりが灯る。
年末祭は、今年一年世話になった相手に感謝をして周り、そのまま来年を迎えるものであり、家族で過ごすのが一般的である。
家の周辺にはきらびやかなリースを沢山飾り、そこに春の妖精を呼び寄せるらしいのだが、妖精は見たことないしどうしてリースなのか知らない。
先程ガーベラと夕方頃に買い物に行った時も、この時間でもまだ開いているお店があり、逆に故郷へ帰る為に休むお店もあった。
「領主様によろしくね」
「はーい」
まだ開いていた肉屋の女将に挨拶をして店を後にする。
この街の住人はロイクのことを領主様と呼ぶ。そんなロイクは現在協会に行っている最中だ。ここ数日ロイクは毎日協会に行っている。月末は忙しいらしいが年末はもっと忙しくなるようだ。
領地の執政は『カレンデュラ領協会』という役所に任せているらしく、お店を統括する商業ギルドやお金を管理する金融ギルドなどの窓口もそこで行っているらしい。
領主であるロイクは国に報告する為に協会に行って報告を聞いているのだそうだ。
「
「行ったことあるの?」
「んー、ちょっと野暮用で。先代とね。まあ買い物の荷物持ちだったんだけど、まあ、子供たちが
「ショウフ?」
「あ、ゴメン。聞かなかったことにして」
誰にも聞くなよと、彼女は口元に人差し指を立てた。その言葉は辞書に載っているだろうか。それくらいなら許してくれるだろう。
「あとオクサマって?」
「ロイクのお母さんに当たる人。見た目はロイクに似てないんだよ。父親の生き写しかってくらいロイクは父親似」
ロイクの使用人でありながら彼女はこの孤児院で育ったよしみで主人のロイクを呼び捨てにする。
「あー、でも……ダリアに対しては無自覚だったけど、そこんところ奥様にソックリだったっけ。ダリアにべったりだったな」
ダリアとは亡くなったロイクの妻である。その亡くなった一ヶ月後にフィーとウォルが孤児院に入ってきたので二人は彼女のことについて人伝でしか知らない。
ガーベラは話し出すと止まらないようで、彼女と買い物をするときは聞き手に回る。どうしてあんなにおしゃべりなのか分からないが、「女はああいうもんだろ」とロイクが言う。自分の母親はそこまで喋る人ではなかったのだが。
「そうなんだ……?」
「先代は『結婚もしてないのに一人の女性につきっきりになるのは慎め』とか言ってたっけ」
「そんなに好きだったの?」
「そりゃあもうね。本来なら貴族と孤児とか御法度なのにダリアが十三になったら結婚するって『私、あの人に愛の言葉一言も囁かれたことないのよ』とか言ってお前も愛されてることに無自覚かって。あ、でもロイクが口説くとかアタシ想像できないな」
「悪かったな無愛想で」
「あ、ロイク」
「うげ」
ガーベラとフィーの後ろには、偶にしか着る事のない質の良さそうなコートに、魔術道具のショルダーバッグを背にするなんともミスマッチな格好でロイクが立っていた。
「この時間に買い物とは。もうとっくに日は沈んでいるぞ」
「シチューに入れる肉が足りなかったんだ」
「あとロイクの奥さんの事聞いてた」
「ちょっと!」
今の彼でもその話はよくなかったのだろうか。ガーベラの顔は少し青ざめている。
ロイクはそれを見て頭を抱えては呆れるだけであった。
「余計なことを……」
「ごめん、ロイク。でもいいじゃない。知らない人の喪に服すのはあまり良い気はしないと思うし?今年は喪に服すんでしょう?あのリースだって、一昨日街の商会に渡したじゃない」
「……そうだったな」
「私もウォルも、孤児院に来る前の日にお父さんとお母さん死んだよ」
その場にいる大人二人は更に沈黙した。
「……ごめん」
「ガーベラ姉さん謝ってばっかりだね」
「いや、アンタ最近は元気だったからさ……忘れてたんだよ」
マーガレットが子供達に作らせたのは商会によって街に飾られる為のもので、今年の年末祭は亡くなった母に想いを馳せる為にろうそくの灯りを今夜は灯す。
ダリア。ロイクの亡くなった妻についてその後に孤児院に入ったフィーとウォルは顔も声も知らない。
「フィアとウルは両親に思いを馳せればいいさ」
入るぞと彼は孤児院の門を開く。
頰をさす冷たい風に、フィーは空を見上げた。空は風上の方から灰色の雲が押し寄せている。
今夜も雪が降るらしい。
―――
暖かい心地だった。
普段抱きしめられているのとは違う感覚に高揚と恥ずかしさが一緒になり、自分は今目の前の彼と同じように肌を赤く染めているのだろう。
目の前の初めて見る彼のその表情に照れを隠すように、散らばった自分の赤い髪ごとシーツを握っては顔に寄せる。
いつも見ていた時より大人になった彼は柔らかい笑みを浮かべつつも緊張しているのか、自分の肌に触れる指先はとても震えていた。
暗転
いつも見ているあの人の他に、もう一人、自分の視界に入る人間が増えた。
可愛い耳に小さな手。瞬きしている間に直ぐに大きくなってしまう儚い命。彼を愛する度にその命が沢山増えた。
どんな子供も愛そう。私とあの人の子供達。私の力を受け継いだ子供達。
暗転
―――
久しぶりに見た夢はしばらく見なかったあの悪夢であった。
飛び起きながら窓の外を眺める。木の枝から積もった雪がどさりと落ちた。枝から雪がなくなっても枝にはまた雪が積もっていく。
寒いのが苦手なフィーは今日もまた雪が降っていることにショックを受けた。
年末祭は、国一帯で行うパーティーのようなものだった。
内戦が終わり数年ぶりに行った年末祭はやはり静けさが勝っているようで、内戦で亡くなった家族に想いを馳せる者が多かった。長年の戦もようやく終わりを迎え、来年こそは平和であってほしいという想いをろうそくの火を見ては思うだろう。
孤児院でも灯りはろうそくのみで、年明けには十三歳になった子供達が旅立つため、そのお別れ会が同時に食堂で開かれていた。
「孤児院も寂しくなるね」
孤児院を出る子供は三人。中には同じ魔法故にウォルに魔法を指南していた少女もいるので、「頑張んなさいよ」と彼女からウォルは頭を撫でられていた。
ほんの数ヶ月ではあるが彼らも同じ屋根の下で共に過ごした家族のようなものだったのだからそれなりに思うところはある。
「春にはまた騒がしくなるだろう」
「どうして?」
「赤子を捨てに女どもがここにやってくる。春先の方が一晩での死ぬことはないだろうという魂胆だろうな」
「どうして捨てるのかな……」
「俺が聞きたい。産んだなら親の責任だろうと言いたいところだが、育てる余裕が無くて赤子を殺す親よりかはマシだ」
その話を聞いていた子供達は青ざめては顔を歪める。何か思い出したのか泣きそうな子供もいた。
それを聞いたマーガレットはそんな言い方はよしなさいと叱咤し、ガーベラはロイクの頭をペシっと勢いよく叩いた。使用人が主人に対してそんな扱いをしていいのか。
「ウォル、あの村……どうなったんだろうね」
「もう俺らには関係ないだろ」
「そう、だね……」
ロイクによればフィーがいた村は領主が変わり、軍によって全ての遺体は村があった場所にそれぞれ埋葬されたらしい。火事で大分焼かれたので顔が判別ができない者もいたという。
「気付かれずに全部焼かれていればいいな……」
「なんのこと?」
「……なんでもない」
それが後にフィーの母親のことだったなんてことは今のフィラデルフィアに知る由もない。
―――
その夜。珍しくリナリアが同じベッドで寝ていいかと聞かれた。
断る理由もないので狭いベッドに二人身を寄せ合う。
「フィーは、孤児院から出たら何をするの?」
「何も考えてないかな。リナは?」
「…………私は体が弱いから……外に出られるか分からないな……」
「きっと良くなるよ」
彼女は灰色の瞳をパチクリとしては驚いた顔をする。
確かにフィーの母親は身体が丈夫になる事なく死んでしまったけれど、リナリアは大丈夫だとフィーは直感からそう思った。
「フィーは、そんなに魔術や呪術を学んで、どうしたいの?」
「……ロイクに近づけば何か分かるかなって…」
ロイクの事が何となく気になって、授業が終わった後も書斎にいるようになると、彼が呪術を使っている事を知りそれで学ぶようになった。
魔術は単に自分の魔力が多くあるから学ぶに越したことがないだろうという理由だ。あと魔力のコントロールができるようになるのを期待して。
「お父さんのことが好きなの?」
「そりゃあ、好きだよ。リナのことも」
この孤児院に来て半年。もう新しい家族だと思っている。隣にいるリナリアももちろんその一人だ。
リナリアは不満そうに頬を膨らませる。
「家族じゃなくて……その……お父さんを王子様って思ったことある?」
「――……分かんないな」
童話を読んだことがあるので王子様というのがどんな者かは知っている。まだ読み書きができなかった時、年上の子供が読み聞かせてくれた。
話の続きが気になって毎日のように年上にせがむと、ついには代わりばんこに読み書きできる者が絵本や童話を読み聞かせてくれた。小さな子供達の昼寝前の読み聞かせついでな気がしなくもないが。
確かにロイクは知らないうちに窮地を救ってくれたけれど、だからといって王子様かどうかと言われると自分にはわからない。
「私は…………ううん、なんでもない」
リナリアは顔を逸らすようにフィーに向けていた身体を仰向けにした。
「私の王子様は誰だろう」
「リナリアはウォルが好きなんじゃないの?」
思ってもいなかった言葉にリナリアは目を見開いた。
「ど、どうして?」
「何となく、なんかウォルはよくリナリアに突っかかってきてるから」
「ウォルはフィーしか見てないよ」
「嘘だよ……」
一緒にいると言ったのに、彼は軍に行くことを決めてしまった。ウォルはおそらく弟だと構いに来る自分のことをうざがっているのかもしれない。
フィーの顔を見てはリナリアは諦めたかのようにフィーから背を向けた。
「……もういい。寝る……」
きっと彼女に言っても信じてくれないと諦めたかのように、リナリアは目を瞑った。
「え?もう終わり!?起きてよリナリア!」
「うるさいよフィー」
同室の女の子に叱られ、仕方なくフィーは布団に潜り込んだ。
未だに部屋がほんのりと暖かいのは部屋の中央にある魔術道具の中で炎の魔石が煌々と燃えているから。魔力のみで燃えるそれは酸素を消費しないので、窓を閉めても問題ない。
自分の背中と足元に感じるリナリアの体温を感じ、少しだけ彼女と距離を置いた。
リナリアが嫌いな訳では無い。どこを見ているのか分からない目が少しだけ苦手ではあったけれど、歳の近い女の子で、彼女のような子が本当の女の子なのだと思うくらい可愛らしいと思うから仲良くなりたいと思ったし、実際に仲はいいと思う。
時折男の子達とはしゃぎたくなって彼女から離れることもあるけれど。
だが彼女の体温はあの火事の夜を思い出してしまうくらい熱いと思った。
―――
眠る日が多くなった。まるで人間になったようだ。
偶に彼は人里に行くようになった。麓は人間の数が多くなり【街】というのが多くできたらしい。
その分争いごとも増えた。食料、土地、種族に権力。それらを奪い合う為に争う。そして次第にその被害は大きくなっていた。
一番悲しくて仕方が無いのは、その争いをしている人間のうちの半数近くが自分の子供たちであること。
そしていつしか自分は人間達の【母】になろうとしている事に気付いた。
どうして私の身体からは人間しか孕めないのだろう。
どうして自分の子供たちはこんなにも愚かになっていったのだろう。
どうして自分はこんな愚かな者達の母親なのだろう。
憎くて仕方がない。炎を扱う人間が、道具を使う人間が、道具を使って同士たちで争う人間が。
見えなくても見えてしまうこの島のあらゆる災厄に目を背けてしまいたい。
ああ、愛しているわ■■■。お願いだから早く来て………
暗転
いつも見ているあの人の他に、もう一人、自分の視界に入る人が増えた。
可愛い耳に小さな手。瞬きしている間に直ぐに大きくなってしまう儚い命。彼を愛する度にその命が沢山増えた。
どんな子供も愛そう。私とあの人の子供達。私の力を受け継いだ子供達。
暗転
目が醒める日が日に日に長くなった。兎に角私は眠たい。寂しいからとても眠たい。あの人まだかしら。いつになったら迎えにきてくれるのかしら。
森の動物に聞いても、鳥たちに聞いても、彼が来る様子はない。
暗転
あの人が起こしに来てくれた。だけどその顔はとても悲しそうだった。
暗転
日に日に彼はやつれていた。食事も喉が通らなそうだった。聞いても「なんでもないよ」と言っていた。嘘つき。
暗転
ようやく彼は悩みについて口を開いてくれた。その言葉は信じられなくて、私は嘘よ嘘よと叫んだ。
彼は嘘をついていないのに。
暗転
こないで、きっと殺してしまうから
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