第37話 牽制
「着いたよ、ここが俺の……じいちゃんの家だ」
そう言って案内された家はとても大きく古風な家だった。まるで時代劇に出てくるような武家屋敷に見える。
(こんな広い家で誠一はお祖父さんとずっと二人きりだったのね。そして今は……)
「随分
「単に古いだけだよ。あ、入り口は横の戸口だから」
「そうなの? 折角立派な門なのに」
「こんなデカイ門を毎回開けてられないって」
「それもそうね」
戸口から入ると立派な日本庭園が広がっていた。私の実家は洋風に作られているので目新しい物ばかりだった。立派な松の木や多数の鯉が泳いでいる池を通り過ぎ、ようやく母屋の玄関にたどり着いた。
そして誠一が玄関の扉を開けると和服姿の蒼い瞳をした女性が出迎えた。
「おかえりなさい誠一さん」
「ただいま」
「そちらの方が御学友の……」
「あ、はい。
「ご親切にどうも。私は
と名乗り、ペコリとお辞儀する。
「お話は誠一さんから伺っています」
「今日は突然の訪問でごめんなさい」
「いえいえ、私も誠一さんがどんな方と交友関係を築いているのか気になっていたので」
そう言った天翔院さんの目が、何かを値踏みする様に感じた。
「神宮寺さんは
「はい、娘です」
「なるほど、そういう事ですか」
一瞬だけ目がスッと細められたが、すぐに元の柔和な瞳に戻る。
「自己紹介も終わったようだし、部屋に案内するよ」
「では私はお昼の準備を済ませてしまいますね」
「お願いします。お手数かけてすみません」
「いいえ、
誠一は気付かなかったみたいだけど、いま婚約者を強調された気がする。
天翔院さんはそのままキッチンに向かったのか、着いては来なかった。
誠一の部屋に案内され、適当に腰を下ろすと同時にドアがノックされた。
天翔院さんが飲み物を運んできたらしく、誠一が受け取るとそのまま戻っていった。
「昼飯はもう少し待ってくれ」
「それは構わないけど……」
「ん? どうかしたか?」
「婚約者に居座られて困ってるって言ってた割に仲良くやってるじゃない」
「そりゃ善意でやってくれてるのに
「じゃあこのまま結婚するの?」
「それとこれとは話が別だ」
「ふ~ん」
「な、なんだよ」
「べっつに~」
誠一の性格からすると、放っておいたらこのままズルズルと結婚まで行きそうだわ。
まさか天翔院家はそれを狙って同棲させてるんじゃ?
「この間話した時にも言ったけど、いきなり過ぎて俺も混乱してるんだよ」
「まぁ、話が急なのは認めるわ。それにタイミングもね」
「タイミング?」
「だってそうでしょ? お祖父さんが亡くなって、誠一に跡継ぎの話が出た途端姿を現すなんて出来過ぎよ!」
「じゃあ真希は天翔院家に裏があると言いたいのか?」
「そこまでは言わないけど、許嫁ならもっと早くに紹介されててもいいじゃない。ウチはそうだった」
「う~ん、言われてみればそうかもしれない。でもじいちゃん自体が許嫁の事忘れてたっぽいし」
「お祖父さんは忘れてても相手は覚えてたんでしょ? だから今回の件がある訳だし」
そもそも本当にお祖父さんと約束したかも疑わしいわね。今となっては相手の言う事を信じるしか出来ないし。
二人してうんうん唸っていると、ドアがノックされ「食事の準備が出来ました」とドア越しに天翔院さんが伝えてきた。それを聞いて私達は居間に向かった。
居間に着くと、テーブルの上には料亭で出てきそうな料理が綺麗に配膳されていた。
「まだまだ修行の身ですが、精一杯作らせて頂きました」
なんて言ってるけど、どの料理も手が込んでいてとても一朝一夕では作れない。
「神宮寺さん、どうですかお味は?」
「とても美味しいです」
「それは良かった」
悔しいけど、今の私じゃここまでの料理は作れない。
でも! 誠一は私が作ったお弁当を美味しいと言ってくれたし、ここはおあいこね。
「あ、天翔院さんの作る玉子焼きは甘いんだ」
「ええ。お口に合わなかったでしょうか?」
「そうじゃないけど、誠一はしょっぱいのが好きだから」
「へぇ、それは初耳ですね。誠一さんが神宮司さんの手料理を食べていたなんて」
そう言って天翔院さんが誠一に視線を向ける。
「別に隠してた訳じゃないですよ? ただ話す事でもないと思ったので」
「では玉子焼きの味付けに関しては? 今までお世辞を言っていたんですか?」
「違いますよ! 本当に美味しいと思ってます」
「そうですか。次回からは玉子焼きは塩味にしますね」
「…………」
誠一の視線が『余計な事言うな!』と物語っているが、気づかないフリをする。
「そ、そういえば二人共せっかく知り合ったんだし苗字じゃなくて名前で呼び合えばいいんじゃないか?」
居心地が悪かったのか、強引に話題を変えてきた。
それに食いついたのは天翔院さんだった。
「名前でですか。何故です?」
「何故って、二人には仲良くして貰いたいからだけど」
「仲良くですか……私は構いませんが
「わたしも構わないですよ
「では改めて、よろしくお願いしますね、真希さん」
「こちらこそ。京華さん」
「「ふふふふ」」
その後、さらに空気の重くなった食事の中、誠一は触らぬ神に祟りなしといった感じで黙々と箸を口に運んでいた。
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