第38話 ヒートアップ

 食事が終わり、今は誠一の部屋でくつろいでいる。

 後片付けを手伝うと申し出たけど、お客様だからと言って断られてしまった。

 

「なぁ、何であんなこと言ったんだ?」

「あんなことって?」

「玉子焼きのことだよ」

「え~、だって事実じゃん」

「それはそうだけど、別にあのタイミングで言う必要はなかっただろ」

「それはそうなんだけどね……」


 京華さんに嫉妬した! とか言えないよね……。

 でも、京華さんが居る限り、ずっとモヤモヤした気持ちになるのは嫌だなぁ。

 それに、二人は同棲してるんだし、万が一って事もありえるし……。

 いっその事、私の気持ちを伝えちゃおうかしら。


「誠一はさ、京華さんの事はどう思ってるの?」

「どうって、何もかもが急すぎて混乱してるよ」

「なら、落ち着いたら好きになったりする?」

「分からないよ。人を好きになったのは真澄さんが初めてだったし」

「ならさ……私は?」

「え?」

「だから──」


 コンコン


 ドアをノックする音で我に返った。今、私は何を言おうとしてたの?


「片付けが終わりました。それとお茶をお持ちしました」

「ありがとう京華さん」

「いえいえ、私がしたくてしているだけなので……おや? 真希さん、どうかなさいましたか? お顔が赤いですが」


 京華さんに指摘されて、慌てて取り繕うとしたが、京華さんがさらに言葉を重ねる。


「ご存じだと思いますが、誠一さんは私の婚約者なので色目を使うのは止めて頂きたいですね」


 ちゃっかりと誠一の隣に座りながら言ってくる。

 なんなの? いつ! 誰が! 色目使ったっていうのよ! もーーあったまきた!


「勿論知ってますよ。でも誠一が好きなのは私のお姉ちゃんですから。残念でしたね」

「でも既にお亡くなりになっているのでしょう? なら関係ありませんわ」

「妹の私が許さないわよ!」

「なぜ真希さんの許しが必要なのか理解できません」

「それは、私も誠一のことが好きだからよ!」


 あ、しまった! 勢いで言っちゃった。


「真希、本当なのか?」


 誠一が驚愕の表情で聞いてくる。

 あーあ、これじゃもう隠せないわね。せめて誠一がお姉ちゃんの事に区切りをつけてからって思ってたんだけど……。


「本当よ。誠一がお姉ちゃんと付き合ってた頃から好きだった」

「え、いや、でも……」


 こんな事言われたら動揺するわよね。

 それに比べて京華さんは眉一つ動かさないわね。少しは焦ったりしなさいよ!


「もしやと思っていましたが、やはり誠一さんに言い寄る悪い虫でしたか」

「虫はどっちかしら。後から出てきて許嫁でしたって言われてもねぇ」

「事実ですから仕方ありません」

「それが怪しいって言ってるのよ。本当に誠一のお祖父さんが約束したのかしら?」

「それこそ愚問ですね。私の祖父と源一郎様は旧知の仲でしたし、現に今会社を動かしているのは祖父です」

「でも誠一が会社を継いだら決めるのは誠一よね。だから押しかけてアピールしてるって訳ね」

「あなた、誰に物を言っているか分かっているんですか?」

「さぁ? どこぞの泥棒猫じゃない?」

「何を言って──」

「やめろ!」


 誠一の制止で我に返る。京華さんも驚いているようだ。


「お互いののしりあって何がしたいんだ! 俺の事が好き? こんな言い合いを見せられる俺の気持ちにもなってくれ!」


 場が凍り付く。

 確かに誠一の気持ちを考えられていなかった。

 それは京華さんも同じようで、何も言葉を発せられずにいる。


「京華さん」

「……はい」

「俺、言いましたよね? 今でも彼女の事が好きだと」

「……はい」

「この際本当に婚約の約束があったかどうかなんて関係ありません。人の気持ちを考えられない人との結婚なんて考えられません」

「…………」


 それに、と今度は私の方を向き、悲しそうに口を開く。


「真希が俺の事を好きなのには驚いた。でも、真希も知っての通り、俺は今でも真澄さんの事が好きだ」

「……うん、それは分かってる」

「だけど真希の気持ちを最初から全否定するつもりはない」

「……ありがと」

「それでも、京華さんに対しての言動は許容出来ない。別に京華さんの肩を持つって意味じゃないのは分かってくれるよな?」

「……うん」


 そう言って誠一は「ふぅ」と息を吐くと私達に立つように指示した。


「さっきも言ったけど、二人には仲良くして欲しいんだ。俺なんかの為に仲違いなんてしてほしくない。だからここはお互い謝って、仲直りしてくれないか?」


 そう提案して、私と京華さんを見る。

 京華さんを見ると視線が交わった。そしてどちらともなく手を差し伸べて握手をする。


「先程は言い過ぎました。申し訳ありません」

「ううん、私こそごめんなさい。許嫁の京華さんに嫉妬してた」

「私も、真希さんに嫉妬してたんだと思います。私には誠一さんとの思い出がありませんから」


 誠一との思い出が無い。だからこそ京華さんは焦っていたのかもしれない。


「いい切っ掛けだし、これから私の事は真希って呼び捨てでいいですよ。実際私の方が年下ですし」

「でしたら私の事も京華と呼んでください。同じ人を好きになった恋敵ライバルですから」

「分かったわ。改めてよろしく!」

「こちらこそ。手加減はしません」


 お互いに微笑を浮かべて笑いあう。その光景を見ていた誠一がやれやれと肩をすくめた。


「いつの間にかこんな時間になってたのね。そろそろ帰らないと」


 かなりヒートアップしていた所為か、結構な時間が経っていた。


「なら、駅まで送るよ」

「ありがと」


 帰り支度をしていると、京華が不敵に笑いながら


「またいつでも遊びにいらしてください」


 と言ってきたので、「必ず来ます」と返した。


「準備出来たか?」

「うん、大丈夫……あっ!」

「どうした?」

「これ、お姉ちゃんから預かってた物だから返すわね」


 そう言って鞄から懐中時計を取り出し、誠一に手渡すと、京華が勢いよく割り込んできた。


「その懐中時計はまさか源一郎様の物ですか?」


 と言って、ワナワナと驚愕の表情を浮かべながら震えていた。

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