第19話 懐中時計
初デート記念? 真希の初デートなのか、それとも俺との初デート?
というか、今日の買い物はデートなのか? 付き合ってと言われたから買い物に付き合ってるだけだ。でも、男女が一緒に買い物というのが一般的にはデートなのか? デートの定義が分からない。
「き、今日ってデートだったの?」
「私はデートだと思ってる……」
「そ、そっか。デートか」
「迷惑……だった?」
瞳を潤ませて見つめてくる。
「迷惑なんかじゃないけど……俺には真澄さんという彼女が居まして……」
「そう……だよね」
そう言って俯く真希の肩が僅かに震えている。え? もしかして真希は本気で俺のことを――?
「いや、あの、迷惑とかじゃないというか、凄い光栄というか」
「……っく……」
「す、凄く嬉しいよ! 楽しかったし」
「くっ……ふふ」
さっきよりも身体の震えが大きくなり、泣いているのか声が漏れている。
とりあえずなにかしなくちゃと肩に手を置いたと同時に、真希はお腹を抱えて笑い出した。
「あははは、ひぃ、苦しい~」
「え?」
「冗談よ冗談。どう? 驚いた?」
「じょ、冗談?」
「そうよ。誠一はお姉ちゃんの彼氏なんだから当然でしょ?」
「はぁ~、冗談でよかった~。でも迫真の演技だったな。目に涙まで浮かべて」
「当たり前じゃない。コッチは伊達にお姉ちゃんのフリしてないわよ」
言われてみれば演技してる時の真希は、真澄さんと区別が付かないくらいソックリだった。
「でもさ……」
「なに?」
「私はデートだと思ってる」
「え?」
「さてと! そろそろ帰りましょうか!」
「ちょっ」
真希は俺の反応など気にせずに、椅子から立ち上がってスタスタと店から出ようとしている。
慌ててカフェラテを飲み干して跡を追いかける。
「うーん、色々周ったから疲れたわね」
「いや、そんな事よりも最後のアレは何だったんだよ」
「さぁ~、なんでしょう」
「わかった! また揶揄ったんだな?」
「ま、どっちでもいいじゃない」
そう言った後、「この話題はこれでおしまい!」と言って、俺が何を言っても返事を返してくれなかった。
「それじゃ、私はコッチだから。今日はありがとね」
「うん、俺こそ財布ありがとう」
「大事に使ってね。じゃあね」
「おう、またな」
その日の晩に古い財布から新しい財布にお金やカード類を移し替え、改めて真希へお礼のメッセージを送った。真希からは、ぬいぐるみの写真が送られただけだったが、『お礼』というのが伝わった。
その後、明日のデートに着いて真澄さんとメッセージを交わす。
前回のデートでは美咲に見つかり失敗してしまったので慎重にデート場所を選ばなければならない。
<それでしたら、誠一さんの家に行ってみたいのですが>
<えっ! お、俺の家!>
<はい。駄目でしょうか?>
<俺の家は遊ぶ物とかないですけど>
<ゆっくりお喋りして過ごしたいです。それに、誠一さんが育った家を見たいという下心もあります>
<分かりました。では駅まで迎えに行きますね>
<はい、お手数お掛けします>
メッセージが終わり、俺は枕に顔をうずめた。
俺の家に真澄さんが来るなんて夢みたいだ。どうしよう、今からドキドキしてる。
首を横向きにし、チラッと机の上を見る。そこには真澄さんと付き合い出した時に武人から貰った避妊具がポツンと置かれている。
ゴクリッ……。
いやいや、流石に無いだろう。まだ付き合って数週間だし、真澄さんを大切にするって決めてるんだぞ!
ブンブンと頭を振り、避妊具を机の引き出しに仕舞った。
(そりゃ俺だって男だからシたいと思うけど今じゃないよな)
布団を頭から被り、煩悩を打ち消すべく眠りに就いた。
翌日の昼過ぎ、俺の家の最寄り駅まで真澄さんを迎えに行くと、やはりというべきか、約束の三十分前だというのに真澄さんが木陰のベンチで本を読んでいた。
「相変わらず早いですね」
俺が声を掛けると、本に落としていた視線を俺に向け、パタンと本を閉じる。
「誠一さんこそ早いじゃありませんか」
「なんとなくもう着いてるんじゃないかと思って」
「ふふ、私達は以心伝心ですね」
その場で少し他愛もない話を少ししてから、「それじゃあ家まで案内します」と言って、真澄さんと肩を並べて駅を後にした。
俺の家は元々じいちゃんの生家という事もあって、大きな古民家の様な感じだ。武家屋敷と言った方が近いかもしれない。
観音開きの木製の門の前で立ち止まる。
「ここが俺の……というかじいちゃんの家です。今は俺しか住んでませんが」
「すごく良い雰囲気のお屋敷ですね」
「ただ古いだけですよ。あ、入る時は横の小さな門から入ります」
「なんだか昔にタイムスリップした感じでワクワクします」
俺の部屋に案内し、飲み物を持って部屋に戻ると、真澄さんが写真縦の前で驚いた表情をしていた。
「どうしたの?」
「この写真の方が誠一さんのお爺様ですか?」
「うん。じいちゃんには感謝してる」
「お名前は何ていうんですか?」
「源一郎っていうんだ。龍宮源一郎」
「っ! ……そうなのですね」
「じいちゃんがどうかした?」
「いえ、とても優しそうな方に見えましたので」
「躾けとかは厳しかったけど、優しかったかな。それよりお茶持って来たから適当に座ってよ」
とは言ったものの、俺の部屋にはテーブルが無い為、仕方なく机に飲み物を置いて、その横に椅子を並べた。
すると、今度は机の上の懐中時計に興味を持ったのか、見せてくれと頼まれた。
「随分古いみたいですね」
「なんでもじいちゃんが若い頃に買った物らしいからね」
「それでも動いてるなんて凄いです」
カチッカチッと針が動く音を聞いてると心が安らぐ。
懐中時計を俺に手渡しながら、今度は財布に興味を持った様だ。
「そちらのお財布は随分新しいですね。最近買われたんですか?」
「あぁ、これは昨日真希から貰ったんだ」
「真希ちゃんから?」
「ぬいぐるみのお礼らしい」
「そうなんですね」
昨日の買い物について何か言われるかとドキドキしたけど、何も話してないっぽいな。だったら俺が勝手に喋っちゃマズイかな。
お茶を飲みながら真澄さんの愚痴(主に習い事)を聞きつつ、近況報告のような話をした後、真澄さんが急に立ち上がりお礼を言ってきた。
「どうしたんですか? いきなり」
「最近、真希ちゃんが良く笑うようになったんです」
「そうなんですか」
「真希ちゃんは男性を毛嫌いしていたんですが、誠一さんに出逢って変わりました」
「そんな、大袈裟ですよ」
「家では笑顔で誠一さんの話ばかりするんですよ」
「なんか照れますね」
真澄さんの言う通り、最初の頃と比べて、刺々しさが無くなった気がする。それどころか、昨日デートに誘ってきたりもしたし――って違う! 昨日のは只の買い物に付き合っただけだ。
かぶりを振って意識から追い出そうとすると、真澄さんは続けてこう言った。
「真希ちゃんのこと、よろしくお願いします」
え? それってどういう意味? もしかして俺今フラれた?
頭が上手く回転せず、口をパクパクさせていると、「ふふふ」と真澄さんが笑う。
「変な意味じゃないですよ。これからも真希ちゃんと仲良くして欲しいって事です」
「な、ビックリしましたよ~」
「ふふ、申し訳ありません」
なんだ、友達として仲良くしてって事だったのか。おれはてっきり……。
「そういえば机の中には何がはいってるんですか?」
と言って、机の一番上の引き出しを開けてしまった。
慌てて「別に珍しい物は入ってませんよ」と言って閉めたが、真澄さんの手には"例のブツ"があった。
真澄さんは顔を真っ赤にし、"例のブツ"を手渡しながら小さな声で呟いた。
「だ、男性なら当然ですよね……」
「こ、これは武人に無理矢理渡されたやつでして、決してやましい事は考えてないですよ!」
「……私は考えたことはあります」
「……え?」
「い、いえ! なんでもありません!」
「そ、そうですよね! あははは!」
「…………」
「…………」
き、気まずい。何とかして話題を変えないと!
と頭をフル回転させていると、真澄さんが「お願いがあるんですけど」と切り出した。
「その懐中時計をしばらく貸していただけませんか?」
「別に構いませんが、こんな古い物でいいんですか?」
「はい。針の動く音を聞いていると、なんだか誠一さんを感じられるので」
「分かりました。どうぞ持って行ってください。返すのはいつでもいいですから」
「有難うございます」
懐中時計を手渡すと、大切そうにポシェットに仕舞った。
「これでいつでも誠一さんを感じられます」
そう言って笑う真澄さんは何処か寂し気だった。
「今日は有難う御座いました」
「いえいえ、何もおもてなし出来なくて申し訳ないです」
「とんでもないです。今日はこの家に来られて良かったです」
「やっぱり誠一さんは運命の人でした」と聞き取れるかどうかの小声で呟く。俺には何の事か分からなかったので、聞こえていないフリをした。
そして駅まで送り、改札前で別れの挨拶を交わした後、不意に真澄さんの顔が目の前に現れたかと思うと、唇に何かが触れた。
「私の初めてです」と言って、走って改札から姿を消してしまった。
しばらくの間、触れた唇の感触に浸っていた。
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