第2話 告白

 月曜日、登校するやいなや武人の元へ向かう。


「おっす誠一、今日は遅か――」

「武人! 遂に運命の女性ひとを見つけた!」

「マジかよ! で? 誰なんだ?」

「この間の休みに暴漢から助けた女の子だよ! 目が合った瞬間雷に打たれた様な感覚……否、打たれたね! 間違いなくあの子が運命の女性だよ! なのに武人が無理矢理あの場から連れ出したから何も進展ないじゃないか! どうしてくれるっ!?」


 一気に捲し立てる俺に武人が引いているがそんな事は関係ない! またあの子を探すのに協力してもらわないと俺の気が収まらない。


「お、落ち着けよ。本当に神宮寺さんに運命感じたのか?」

「俺がこんなつまらない冗談言う訳ないだろ! なのに俺はまだ彼女の名前すら――今なんて言った?」

「運命感じたのか?」

「そこじゃない! 彼女は神宮寺さんって名前なのか? っていうか何で武人が彼女の名前知ってるんだ? まさかお前俺から彼女を奪おうってのか?」

「違う違う。『神宮寺です』って名乗ってたぞ! 聞いてなかったのか?」

「まあの時はテンパってて……。だけど名前だけ分かってもどうしようもないだろ」


 いくらSNSが普及しているからって名字だけで探し出せるもんじゃない。


「神宮寺とあの容姿で何も思い出さないのか?」

「ん? 珍しい名字だけど心当たりはないな。容姿に関してはあそこまで美人なら記憶に残ると思うけど全く心当たりがないな」


 俺の人生が掛かってるっていうのに何を呑気な事言ってるんだか。心当たりがあったらとっくに突撃してる。


「お前……マジか」


 そう言って武人はやれやれと肩を竦める。ぶん殴りたい。


「なんなんだよ。言いたい事があるならハッキリ言え」

「あのな、神宮寺さんは同じ学校だぞ。神宮寺真希じんぐうじまきっていって結構有名だ」

「……は?」


 何を言ってるんだこいつは……神宮寺さんが同じ学校? 一年以上この学校に通ってるけどあんな美人見たことないぞ。


「嘘だと思うんならB組覗いてきてみろよ。但し、暴走はするなよ」


 マジなのか? B組に神宮寺さんが居るだと? 


「嘘だったらぶん殴るからな!」


 そう言い放ち、慌ててB組を目指す。俺の教室はE組でB組とは距離があるが、それだけで彼女に一年も気づかないなんてありえない。きっと武人が俺をからかってるんだろう。そんな考えを巡らせている内にB組の前に到着した。

 走ってきたからなのか、神宮寺さんが居るかもしれないという希望からなのかは分からないが、俺の鼓動は早鐘を打っている。スーハーと一度深呼吸してからB組を覗く。


 どこだ、何処に居る? ぐるりと教室を見回す。だが神宮寺さんは居なかった。

 なんだよ……結局武人に揶揄からかわれただけか。

 教室には神宮寺さんは居なかった。だというのに何処かホッとしているのは何故だろう。神宮寺さんが本当に居たら俺はどうしてたんだろう。初めて逢った時みたいに醜態を晒す事になるんじゃないか? だとしたら居なかった方が良かったのかもな。


 いつまでもB組の前に居る訳にもいかないので自分の教室に戻ろうと踵を返した時、正面から神宮寺さんが歩いてきた。同じ高校の制服を身に纏うその姿は間違いなくこの間の女性だ。

 話し掛けるか? いや、まずは挨拶からか? どうなってるんだ俺は! 彼女を目の前にして頭が真っ白になり、どうしたらいいか分からない。


 そんな俺の横を神宮寺さんは素通りしてB組へと入っていく。中からは「おはよー、今日は遅かったね」といったクラスメイトとのやり取りが聞こえてくる。その事で神宮寺さんが紛れもなく同じ高校に通う同級生なのだと認識した。が、何故今まで気づかなかったのかという疑問が残る。

 始業のチャイムが鳴り、慌てて自分の教室に戻るが頭の中は疑問符でいっぱいだった。


 授業が終わると同時に武人の元へ赴く。


「その様子だとちゃんと確認出来たみたいだな」

「ああ、ビックリしたよ。だけど何で俺は今まで神宮寺さんに気づかなかったのかわからないんだ」

「それは誠一のじいちゃんの所為せいかもな」

「じいちゃんの?」

「ああ」


 じいちゃんと神宮寺さんに何の関係があるんだ? もしかして俺の知らないところでじいちゃんが暗躍してた……なんて事はないな。


「誠一はさ、小さい頃から勉強やら武道やら厳しく躾けられてただろ?」

「そうだな。最初は辛かったけど今は感謝してる。だけど、それとこれは関係ないだろ?」

「いや、お前は気づいてないかもだけど、じいちゃんが死ぬまでお前は女子に全く興味を示さなかったんだ。ただひたすらに鍛錬に打ち込んでてさ」

「う、言われてみればそうかも」

「だから最初にお前が運命の女性ひとを探すって言い出した時は驚いたんだ」

「なるほど。良くも悪くも俺はじいちゃんの影響を受けすぎてたのか」

「だからさ、別に運命の女性に拘る必要は無いんじゃないか?」


 ん? 何いってるんだ? 俺が女子に興味持たなかった事と今回の事は別だと思うけど。


「いや、俺は神宮寺さんがいい! あの時確かに運命を感じたんだ」

「そうか。なら、どうする?」

「そんなの決まってる。告白だ!」


 そう! 運命を感じても行動しなければ出逢わなかったのと同じだ。たとえ玉砕したとしても悔いだけは残したくない。


 放課後、昇降口の前で神宮寺さんが出てくるのを待つ。最初はB組まで行って声を掛けようかとも思ったが、友人達の前で呼び出すもんじゃないと武人に助言をもらった。

 昇降口から流れる人もまばらになった時、神宮寺さんが姿を現した。友人と一緒かと思ったが一人のようなので思い切って声を掛ける。


「あ、あの、神宮寺さん!」

「うん? 何?」

「あの、この間の休みに暴漢から助けた者なんですが覚えてますか?」

「暴漢……ええ、貴方だったのね」

「は、はい。えっと、お話がありまして……ここじゃなんなんでついてきてもらっていいですか?」

「……はい」


 武人曰く、告白は人気のない場所でしろ! ということなので、校舎と部室の間の通路まで移動した。

 歩みを止めて振り返る。神宮寺さんも歩みを止め、真っ直ぐ俺を見ている。

 走っても居ないのに心臓は早鐘を打ち、息苦しい。告白ってこんな思いでするものなのか。世のカップル全てがこれを乗り越えたと考えると尊敬の念すら覚える。


「あの、話っていうのは?」

「は、はい!」


 神宮寺さんにバレないよう深呼吸をして呼吸を整える。


「は、初めて逢った時に好きになりました。運命を感じました! 俺と付き合ってください!」


 い、言った……言ったぞ! ヤバい、心臓が破裂しそうだ! 早く! 早く返事を!


「……あの……」


 うわああああぁぁぁ!? やっぱりムリムリムリ! 言わないで! 怖い怖い怖い! って何弱気になってんだ俺! 天国のじいちゃんに叱られる! でもごめん、じいちゃん。やっぱり怖いよ。


「あの、返事は少し待ってくれますか? 明日、同じ時間にこの場所で答えさせて」

「……は、はい! わかりました!」

「ありがとう。じゃあ私は帰るから」

「ッざっす! お気をつけて!」


 神宮寺さんは踵を返し、元来た道を歩いていく。その後姿が見えなくなるまで立ち尽くすと一気に身体の力が抜けた。

 返事は明日ってことはまだフラれてない? 希望が残ってるって事なのか? 待てよ。OKならこの場で出してるんじゃないか? もしかしたら振る時の文言を考える為に明日にしたんじゃ?

 

 その日の夜は神宮寺さんの返事が気になって一睡も出来なかった。


  

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