第3話 運命のひと

      ◆◆◆神宮寺真希視点◆◆◆


 日曜日


 先日、母が亡くなった。父とは一年前に離婚しているが、葬儀の手配やその他諸々は父が手続きを行ってくれた。元々仲が悪かった訳じゃないので母の訃報を知って悲しんでいた。鬼の目にも涙という言葉がしっくりくる。

 父は厳格で仕事一筋……いや、会社の為なら家族すら道具として使う男なだけに母の死を悲しんでいる姿が信じられなかった。

 会社の為と言い、嫌がる姉に婚約者まで用意したのだから。

 母が亡くなった事で私の一人暮らしが始まると思ったが、双子のお姉ちゃんが一緒に住んでくれる事になった。よくあの父が許してくれたと思ったが、お姉ちゃんに条件を付けたらしい。


一 世間(庶民)に毒されないこと

二 婚約者がいるので男関係の交友は控える

三 習い事や会食の欠席はしないこと

四 これらを破った場合、即結婚し家庭に入ること


 全くふざけた父親だ。お姉ちゃんの婚約者には会った事があるけど正直言って不快でしかなかった。金に物をいわせ女をはべらせ、節制という言葉からはかけ離れた体型をしていた。噂では妊娠した女性を切り捨てたと聞いた。そんな奴に大好きなお姉ちゃんを渡したくない。婚約なんて無くなればいいのに! 私と暮らしてる間は私がお姉ちゃんを守らないと!

 そんな決意を胸に秘め、お姉ちゃんが到着するのをまだかまだかと待つ。


「予定の時間より大分遅いなぁ。連絡もないし……」


 まさかお姉ちゃんに何かあったんじゃ!? と一瞬脳裏を過ぎったけど、父が付けたボディーガードが居るので武装したテロリストでも襲撃しない限り安全だろう。

 あーだこーだと頭を悩ませる位なら直接連絡しようとスマホを手にとったと同時にインターホンが鳴った。


「ただいま~真希ちゃん」

「おかえり。随分遅かったから心配したのよ」

「そう! それ!」

「え、何が?」

「遅れた原因なんだけどね」

「うん」

「運命の男性ひとに出会ったの!」

「……は?」


 何を言ってるのかしら。運命の男性? っていうかお姉ちゃんのテンションが高い!


「どういう事か説明して」

「んふふ~、いいよ~」


 ニマニマとした笑顔で事の顛末を話してくれた。

 マンションに向かう途中で車がエンストを起こし足止めを食らった。ボディーガードさん達が急いで直すと言っていたがお姉ちゃんは歩いてマンションまで行くと言ったらしい。そうしたら案の定ボディーガードがそれを阻止してきた。「私なら大丈夫だから離して!」「いけません! 旦那様に怒られます」といった言い合いになったそうだ。するとその言い合いを聞きつけた運命の男性(お姉ちゃん曰く同い年くらい)が颯爽と現れ、暴漢だと思ったのかボディーガードを一瞬で倒したらしい。

 正直、この部分は半信半疑だ。ボディーガードの採用条件に空手・柔道の両方で三段以上が必要だから。そんな大人二人を一瞬で倒した? お姉ちゃんを疑いたくないけどこれだけは信じられない。

 ボディーガードを倒した青年がお姉ちゃんの腕を掴んでその場から連れ去ってくれ、その後交番近くのコンビニまで連れて行かれた時に初めてまともに顔を見て、目と目が合った瞬間に運命を感じたらしい。


「どう? 格好いいでしょ? キュンと来ちゃうよね!」


 目をキラキラさせて聞いてくる。

 あの馬鹿父が過保護に育てるから男を見る目が終わってるじゃない!


「お姉ちゃんはその人の何処に惚れたの?」

「何処だろう?」

「イケメンだったとか?」

「端正な顔立ちだったよ」

「喧嘩が強かったから?」

「黒服さん達やっつけちゃうんだから凄いよね!」

「シチュエーションに酔ってるだけじゃない?」

「違います~! ビビビッと運命感じちゃったんだもん!」

「だもん! って……」


 あれれ~? おかしいぞ~? お姉ちゃんってこんなに頭お花畑だったけ? まさか婚約が嫌で現実逃避してるんじゃ……。


「で、その人とは連絡先とか交換はしたの?」

「うぅ、なんか急いでるっぽくて名前しか知らない」

「はぁ~、それじゃ諦めるしかないわね」

「そんなこと言うなんて真希ちゃんの意地悪~」

「ま、それは置いといて荷物片付けないとね」

「……わかってます~」


 まさか家の事情を誰よりも詳しく知ってるお姉ちゃんが運命の男性ひとなんて言い出すなんて。本当に何か感じたのかしら? だとしても父の条件がある限りお姉ちゃんの想いは……。


 月曜日


 やっと授業終わった。早く帰ってお姉ちゃん成分を補給しなくちゃ! と思ったけどお姉ちゃんは習い事で遅れるんだった。だったら急いで帰る必要もないか。

 今日の献立を考えながら下駄箱で靴に履き替え、昇降口を出たところで見知らぬ男子に声をかけられた。


「あ、あの、神宮寺さん!」

「うん? 何?」

「あの、昨日暴漢から助けた者なんですが覚えてますか?」

「暴漢……」


 昨日暴漢から助けた? 何を言ってるのかしら――って、それってもしかしてお姉ちゃんの事なんじゃ! なるほど、この男子がお姉ちゃんの言う運命の男性ひとなのね。


「ええ、貴方だったのね」

「えっと、お話がありまして……ここじゃなんなんでついてきてもらっていいですか?」


 ここじゃ話せないこと? 何か企んでるのかしら。


「……はい」


 とりあえず着いて来たけど人気が全くないわね。それに歩き方がどこかぎこちないですし。

 立ち止まった? 何を仕掛けてくるかお手並み拝見ね。


「…………」

「…………」


 凄く緊張している様子だけどこれじゃ埒が明かないわね。


「あの、話っていうのは?」

「は、はい!」

 

 さぁ、どんな手を使ってくるのかしら?


「は、初めて逢った時に好きになりました。運命を感じました! 俺と付き合ってください!」


 え? なに? 付き合ってください? もしかして話って告白の事だったの!

 というかこの男子もお姉ちゃんと同じ様に運命感じたとか言ってるし! いや、この男は告白してきた。ということはお姉ちゃんと私の区別がついてないじゃない! そんなことで運命を感じてるとか言わないで欲しいわね。ここはキッパリ断ってやる!


「……あの……」


 いや、駄目よ! お姉ちゃんの気持ちも考えないと。どうせ振るならお姉ちゃん本人から振られた方がダメージが大きいはず!


「あの、返事は少し待ってくれますか? 明日、同じ時間にこの場所で答えさせて」

「……は、はい! わかりました!」

「ありがとう。じゃあ私は帰るから」

「ッざっす! お気をつけて!」


 ふふふ、お姉ちゃんが帰ったら告白された事を話さないと。運命の男性は双子も見分けられない奴だって。そうすればお姉ちゃんもきっと目を覚ましてくれるはず。


 でももし……もしそれでもお姉ちゃんの気持ちが変わらなかったら私は……。

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