ガチャ643回目:お酒の聖女様
エスと話していた国外Sランク冒険者、最後に残ったのはワインをガッポガッポと飲み続ける呑兵衛な聖女様だ。
他の3人の紹介が終わっても、彼女はお酒に夢中のようでこちらの状態に気付いていない様子だった。エスも若干困り気味に紹介してくれる。
「あー……。兄さん、彼女の名前はマリジェンヌ。『撃滅聖女』なんて物騒な名前をもらってはいるけど、聖女と言われているのにはちゃんと理由がある。彼女がダンジョンで手にしたのは『聖魔法』。それも、本人の成長とともに自動でレベルが上がるという特殊なタイプだったんだ」
「へえ」
それはそれは……。今の情報は、今日の中で一番驚いたかもしれないな。スキルにはレベル制スキルと非レベル制スキルの重ね掛け型の2種類があるけど、まさか成長型のスキルまであったなんて。今聞いたのが初めてだし、それだけレアなのは間違いないが……。今後ガチャで出るだろうか?
いやでも、俺はレベルという観点から見れば成長しては下がっての繰り返しだから、スキルも成長できないかもしれないか。最悪、ガチャを回すとスキルのレベルも下がるかもしれん。
うん、高望みはしないようにしよう。
「むはー! やっぱり日本のワインも美味しいわねぇ……ヒック」
「あれが聖女ね……」
「あはは……」
どうやら、彼女は各国のワインを飲み比べしているらしかった。そしてあれは2周目か3周目か。随分長い間飲みまくっているように感じる。
しっかし、だいぶ出来上がっているように見えるけど、あんなにボトルを開けてその程度で済んでいるのは、『酒耐性』を持っているのか、それともデフォルトで強いのか。
「兄さん、彼女は見たまんまだと自堕落なダメ人間のように見えるけど、ちゃんとしてる時はちゃんとしてる人だよ。ちゃんとした二つ名を持ってるくらいだし」
「……つまり、ミスティってこと?」
「あー……はは。そうかもね……」
オフのミスティは本当にダメダメだからなぁ。
流石のエスも否定できなかったか。
「マリーさん、君の番だよ!」
「はぇ~? もう私の番が回ってきたん~?」
「そうだよ。クリスやシャル、それからテレサは挨拶が終わったから、残るは君だけだ」
「まあ無理強いはしないぞ。挨拶するよりもワインの方が大事だってんなら好きにしてくれ」
「ああっ、ごめんなさい~。私も勇者様にはご挨拶したいです~」
「今度は勇者か」
今日は色んな呼び方をされる日だな。英雄に、使徒に、勇者か。
マリーは残っていたワインを飲み干すと、覚束ない足取りでやって来て俺の目の前で跪いた。
「おぉ……?」
こちらに到着するまでは不安でしかなかったが、祈りを捧げるポーズに入った瞬間、彼女からは厳かな気配を感じた。その姿は正に聖女そのもので、
何かのスキルか?
「勇者様、お初にお目にかかります。私はフランスから派遣されたマリジェンヌと申しますわ」
「……取り繕ってもさっきまでの醜態は無かった事にはならないぞ?」
「うっ。……勇者様は、酒を飲む女はお嫌いですか?」
「嫌いじゃないが、ハメを外し過ぎるのはよくないんじゃないか。あんた、一応聖女様なんだろ?」
「うぅ……。だって、ワインが美味しかったから……」
しょんぼりしてしまった。その素直な理由に、もうこの時点で彼女の事を気に入ってしまった。
「補足させてもらうと、彼女は自国ではあまりお酒が飲めない立場なんだ」
「そりゃまたなんで? フランスって、ワインの名産地じゃなかったっけ」
「彼女は体質上、悪酔いはしない代わりにすぐにほろ酔いになるんだ。けど、その状態の彼女は口調が砕けてしまってね。とても聖女とは呼べない状態になるんだ」
そういやさっきも「むはー!」とか言ってたな。
学んだばかりの日本語ですらそれなら、母国語だとどうなるやら。
「彼らの国も彼女のクセを治そうとしたらしいんだけど、一向に改善はしなくてね。結局、聖女らしくないって理由で公の場でのお酒は禁じられたんだ」
「聖女にもオフの日くらいあるんじゃないの?」
「残念ながら。外では監視され、自宅の酒は全て没収。ダンジョンにいる間に飲もうとしたようだけど、政府にそれがバレてからは彼女だけ持ち込みが禁止されてる。帰ったら国の上層部のパーティーに御呼ばれしたり、政治的理由で振り回されたりで飲める機会はゼロ。彼女にとって自由な日なんてないのさ」
そりゃまた可愛そうな。
「……じゃあ、ここには?」
「今日は1人で来ましたわ。取り巻きも連れていませんし、周りにいるのは数少ない友人と、あとは他国の知らない人達だけ。ですから今日は久々のオフの日でしたわ」
「なるほど」
「……ですが、勇者様の事を忘れて飲み暮れてしまった事は事実ですわ……。本当に、申し訳ありませんでした」
「いや、別に怒ってはいないんだけどね」
むしろ、面白い人だなって思ったくらいだし。
うちのメンバー、お酒を嗜む人が現状アキだけだから、仲良くやれそうなきもするんだよな。……って、待て待て。今、俺、完全に迎え入れる気満々の思考回路だったぞ。危ない危ない。
けど、それも別に悪くないかなって思っちゃうくらい、今のやりとりだけで彼女の事を気に入ってしまったかもしれない。とりあえず、彼女のやってきた理由は聞いておかなきゃな。
「それでマリー、話は変わるけど、君が俺に会いに来た理由を聞いても良いかな?」
「は、はい。宜しければ、我が国の最難関ダンジョンを、勇者様に攻略して頂けないかと思いまして」
「ふーん。どんなダンジョンなの?」
「あまり大きな声では言えませんが、巨大墓地のような物を想像して頂ければと」
それって所謂、カタコンベってことか? カタコンベってイタリアのイメージがあるけど、お隣のフランスにできちゃったのか。
「実はそのダンジョン、入り口が2つあるみたいでね。片方がイギリス、片方がフランスにあるんだ。だから度々喧嘩になってるようだよ」
「お前、ほんと他国の情勢に詳しいな……」
「なんせ『風』使いだからね」
エスは鼻高々といった様子で言い放った。しかし、入り口が2つあるダンジョンとは、中々面白いが……。たぶん、攻略したらしたで国際問題になりそうだな。それに『楔システム』も、この場合どうなるんだろうか?
まあでも、それはそれでサクヤさんとかに丸投げしちゃえばなんとかしてくれそうな気もする。うん、面白そうだし、いつか攻略したいところだな。
「で、マリー」
「はい、勇者様」
「今のは建前として、本音は?」
「……!!」
隠し事がバレたという表情と共に、マリーは非常にショックを受けていた。
「ど、どうして……」
「いやあ、マリーの人となりを見れば、祖国の問題なんて些細な問題だろうと思ってさ。ていうか、ここまで自分の趣味を禁止してくる国になんて、普通愛想尽かしてるだろ」
「……勇者様に隠し事はできないのですね」
「大体察しはついてるが、こういうことは本人の口から聞きたいな」
「……」
マリーは恥ずかしそうにモジモジしたあと、俺にこっそりと耳打ちをしてくれた。
「うぅ。こんな理由で勇者様に会いに来たなんて、恥ずかしいですわ……!」
「良いじゃん。そっちの方が人間味あって好きだよ」
「勇者様……」
彼女にとってはお酒がそうであるように、やっぱり好きな事は誰にも邪魔されずにやりたいよな。俺だって、ダンジョン攻略が政府の意向とか民意だとか、そんなくだらないものに左右されたらキレる自信がある。
うんうん、気持ちはわかるぞ。
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