ガチャ611回目:肉団子状態

 全力で甘えて、キスをせがんで来るカスミを落ち着かせる。キスシーンを撮られたところで俺はなんともないが、カスミが後で恥ずかしい思いをするだけだ。

 そう説明するとカスミも我に返ってくれた。


「カスミ、父さんは?」

「今日も研究所だよ。今朝連絡したら、今晩には帰る予定だって」

「そっか。なら、父さんに話すのはまた後でだな。んじゃカスミ、皆の所に行こうか。準備はできてる?」

「うん。お兄ちゃんの気配がしたから、必要な物は持ってきたよ」


 見れば、玄関口には防具用のアタッシュケースと、刀が置いてあった。流石カスミ、実家に居ようと常在戦場の心持ちだな。


「でも、引っ越しの準備はまだできてないの」

「ああ、安心しろ。そのフェーズはまた後でもできるから」

「うん!」

「それじゃ、他の子達も迎えに行こうか。ここから近いのは、ハヅキの道場だな」

「わかった。でもどうやっていくの?」


 カスミは荷物を持って家の鍵を閉めると、ちらりと俺の背後に視線を向ける。野次馬は動けるようになった者から順番にクモの子を散らしたように消えていなくなったが、記者達は失った戦意を徐々に取り戻し、チャンスを伺っている様子だった。

 まったく、無駄なことを。まあ、ここでレッドカードを突きつけるのも面白くない。手ぶらで帰ってもらって、そのあと上司やらなんやらから死刑宣告を受けてもらうとしよう。


「兄さん、手伝おうか?」


 上空からの声に、記者達とカスミが顔ごとそちらに向ける。俺もゆっくりと視線を動かすと、エスが『風』でホバリングしながらこちらを見下ろしていた。その肩にはエンリルとイリス、それからアグニがくっ付いている。

 まるで飼い主がそっちになったみたいに見えなくもないな。


「その必要はないよ。第一から第二なんて長距離ならまだしも、数百メートルくらいなら自前で何とでもなる。カスミ、荷物は全部ここに入れて」

「う、うん」


 カスミは装備類を『魔法の鞄』へと収納していく。その間に、俺は視界の端に映る粉砕されたコンクリを『氷結魔法』『蒼炎操作』『風雷操作』『砂鉄操作』を駆使して、粉砕されたコンクリと魔鉄を混ぜ込み、一カ所に集めて溶かし、冷却し、乾燥させる。その工程を経るとあら不思議。粉砕されたコンクリは元通り。若干頑丈になって回復した。


「お兄ちゃんが、なんか手品みたいなことしてる……」

「これ、カスミ達もできるんじゃないか? 魔法スキルセットはこの前送ったろ」

「そうかもだけど。流石にすぐには扱いきれないよー。私、今まで魔法を使ったこと無かったんだからね」


 それもそうか。

 さて、カスミの準備もできたみたいだし、お姫様抱っこで抱え上げる。


「よし。そんじゃ、しっかり捕まってろよー」

「うん!」


 そうして『跳躍』からの『虚空歩』+『神速』で宙を蹴り、疑似的な飛翔を再現。それを何回か繰り返せば、俺達は一瞬でハヅキの道場へと辿り着くのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 そこからは、『疾風迅雷』チームに再会する度に記者や野次馬を蹴散らし、抱える人数も増えて行く。けどまあ、現在メンバーの1人を欠いている状態だからか、同時に抱えるという離れ業はギリギリなんとかなっていた。左右にカスミとハヅキ。前と後ろにハルとイリーナ。そしてイリーナに覆い被さるようにレンカが掴まっている。


「お兄さんすごーい!」


 レンカがキャッキャと喜んでいる。他の面々も喜びの感情は出ているものの、直接肌を重ねている関係かレンカとは種類の違うものを感じた。まあ、再会を喜んでくれているのなら純粋に良かったかな。

 そうしてその格好のまま『ダンジョン協会086支部』へとやってきていた。

 側から見たら異様な光景だっただろう。こっちでも記者が集まっていたけど、無視して進んでいく。流石にBランクチームが纏わりついているのがSランク冒険者じゃ、突撃取材するのも躊躇われるらしい。

 まあこっちに来ている記者は、免除の対象にしてやるべきだな。複数に分かれてうちの子達に迷惑をかけたところは、徹底的に追い詰めるが。

 しっかしまあ、第一から第二では、こういった連中の民度というか、読んでくれる空気のレベルが全然違うよな。以前、俺がアメリカに行くことを決意してそれを発表をした際にも、俺の知らないところで一部の政治家や記者から、表でも裏でも反発があったらしいが、その翌日には彼らは役職を追われたとかなんとか。

 けど、直接体験していなければ感じる悪感情も小さなものだ。

 やっぱ、陰ながら支えてくれるサクヤお義母さんには感謝してもし足りないや。次会ったら、何かして欲しいことがないか聞いてみよっと。


「すいません、うちのイズミいますかー?」


 肉団子状態のまま受付嬢に声を掛けると、向こうもすぐに察してくれたようだ。


「は、はいっ。すぐ呼んで参りますので、こちらへどうぞ!」


 そうしていまだに離れる気のない彼女達を引き摺りながら案内された先は、支部長室だった。まさか、顔パスでここに通されるとは。


「086支部へようこそ。歓迎するわ、アマチショウタくん」


 支部長席に座っていた巨漢が立ち上がり、バチコンとウィンクをかました。女性の格好をしているがどう考えてもそのオーラと気風とガタイはおと……。いや、この人はオトメだ。そう思うことにしよう。

 にしても、中々キャラの濃い人が現れたな。


「ここの支部長を務めるダイゴロウよ。フレンドリーにダイちゃんって呼んでも良いわよ」

「どうもー」

「それにしてもいい男ね。あたし、ときめいちゃうわ」

「ところでイズミはどこに?」


 こういうのに深く関わると疲れるだけだからな。


「ああっ、無視するなんてひどいわ!」

「お兄様、来たわよー! ……って、何よこのカオスな状況は」


 イズミは部屋に現れるなり飛びつこうとしてくるが、やめた。カスミ達がいまだにくっ付いてるからな。


「もー! あなた達、ここにくるまでずっとくっついてたんでしょ。いい加減離れなさい。お兄様と落ち着いて話ができないでしょ!」

「……そうね。皆、一旦お兄様から離れよう。イズミが堪えてるんだし、我慢しましょう」

「ぶー……」

「久しぶりの兄上の温もり。それがしは幸せでした」

「これも神の与える試練と思えば……」

「ボク、イリーナの上からだから、まだ直接は抱きついてないんだけどなー」

「文句言わないの。……あたしだって我慢してるんだから」


 どうやら、オーバーレベルの暴力で、皆俺から離れ難い気持ちにさせられるらしい。そういえば『696ダンジョン』攻略後は、うちの彼女達も俺と引っ付きたがってたな。

 ある意味平常運転ではあったから、違和感なんてなかったけども。

 イズミがギリギリのところで踏みとどまれているのは、有り余る『運』のおかげかな? 俺が『パンドラの箱』からの誘惑を完全に断ち切っていた前例もあるし、『運』には『直感』だけでなく、そういうのに対する耐性なんかもあるんだろうか?

 サクヤお義母さんの前では無力だけど。あれはレベル差が原因であると思いたい……。


「じゃあレンカ、代わりにアグニでもモフるか?」

『キュイ?』


 ひっそりと付いてきていたエスの首元から、アグニが飛び降りる。そこでようやくアグニの存在に気付いた面々は、彼のところに殺到した。


「え、モフるー!!」

『キュイキュイ!』

「きゃー! 可愛いー!!」

「ああっ、スベスベモフモフ……!」

「お手手がちっちゃくて、最高!」

「んまー! 可愛いわねぇ!」


 そうしてその場で巨大化したアグニは、女性陣+@から揉みくちゃにされるのだった。ちなみにここでも出遅れたイズミだったが、ソファーに座った俺の隣が空いてることに気付くと、途端に満足気な表情を浮かべるのだった。

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