ガチャ610回目:フライハイ

 昨晩、飛行機で日本に帰ってきたはずなのに、まさか昨日の今日で再び空を飛ぶことになるなんてな。しかも生身で。

 まあ、それを提案したのは俺なんだけども。


「おー。本当に早いな」

「ああ。エンリルのおかげで、1人で飛ぶよりもずっと速度を出せるよ!」

『ポポー!』


 エス+エンリルを使ったフライト便は、想定以上に速かった。まさか飛翔して5分もしないうちに富士山が見えてくるとはな。このまま行けば、半刻もしないうちに到着するんじゃないかな。

 最初はエスが俺を背負い込むようなポーズで飛んでいたんだが、どうもバランスが難しかったらしく、すぐに変更を余儀なくされた。その辺にある高いビルの屋上に着陸して、軽い話し合いののち、二人三脚の形式が一番バランスが取れるという結論に至った。互いの片足はイリスが粘着することで縄の代わりとし、互いに肩を抱き合うような状態で飛んでみると、それが見事にハマった。


『キュイキュイ!』

『プルル!』

『ポポー!』


 アグニは最初から変わらず俺の首元に巻きつき、エンリルは俺の背中に乗って推進力を出す役目を担っている。


「誰かと一緒に空を飛ぶ。これもいつか実現できたらと考えていた事だけど、手数の問題で諦めていたんだ。兄さんのおかげで、夢がまた一つ叶ったよ」


 バブルアーマーを使って本来複数であるはずの俺達を一つの塊として扱い、エスの『魔技スキル』である『風纏い』でバブルアーマーの上から包み込むことにより全体の空気抵抗をなくす。そこにエスとエンリル、2人の『風』から繰り出される推進力を、1つへと集約する。

 まるで俺達の足裏と、背中にジェットエンジンを装着しているような感覚で空を飛べている訳だな。まあ俺に操作権はないが、エスとエンリルの息がピッタリのおかげで、高速での飛翔にもかかわらず、かなり自在に動けるようだった。


「水を差すようで悪いが、その夢ってシルヴィと飛ぶことだよな?」

「そうだね、彼女は受付嬢として多少レベルは上げているけど、それでも僕達からしてみれば、とてもか弱い。だから、あまり無茶な飛翔はできないんだよね」

「それなら別に、こんなに速くする必要はないだろ。確かに速い方がシルヴィもビックリはするだろうが、高速で動かれちゃ景色を堪能する暇もないぞ。だから空デートするなら、ゆっくりで良いんだって」

「え、そうなのかい? あんまりゆっくり飛んでもつまらないだけだと思うんだけど」

「そりゃ、飛ぶことに慣れたエスならそうかもしれんが、お前だって最初の頃は飛行できた時に感動したんじゃないのか? それをすっ飛ばして超速度で飛翔されたところで驚きの感情以外ついてこれないぞ」

「……そうか。そうなのかもしれないね」


 まったく。見た目イケメンのくせに、そういうところがズレてるんだよなぁ。

 そんな風に話していると、遠くに琵琶湖が見えてきた。確か、あそこの湖岸にもダンジョンがあるんだっけか。いつか行ってみたいもんだが、それはまた後だな。


「兄さん、この地域にも複数のダンジョンがあるんだったよね」

「ああ。4個だか5個だか6個だとかあったはずだぞ」

「とても曖昧な記憶だね……」

「俺の興味はもっぱら、手の届く範囲にあるダンジョンだけだしなぁ」

「はは、兄さんらしいや。ところで兄さんは、次はどこを攻めるつもりなんだい?」

「昨日の記者会見でも言ったけど、特に考えてないんだよなー。お前たちがアプローチしてくる前に考えてた候補は、いくつかあるにはあるけど……」


 現時点で興味があるとなれば、割と限られてくるかな。

 例えば、攻略許可を得たアメリカの西海岸沖にあるダンジョンでもいいし、征服王が支配するダンジョンでもいい。サクヤお義母さんが管理する『中級ダンジョン』も気になるし、ゴーレムコアのが手に入る可能性が高い『機械ダンジョン』でも良い。なんなら全部すっ飛ばして『上級ダンジョン』に挑むのだってありだ。

 夢が広がるなぁ。


「ただ、まあ……」

「ただ、なんだい?」

「パンドラの後だと、どれも歯ごたえないんじゃないかなって」

「ははっ、確かにね! でも、安心していいよ兄さん。世界には絶対、パンドラよりも上がいるからさ」

「随分と自信満々だな。見たことがあるのか? あとそれは、大精霊じゃないよな?」

「ああ、大精霊じゃないよ。だけど通常モンスターで、エンキ達と同じくらいの強さを持つ相手だっているのさ。それがレアやレアⅡになればどんな強敵になるか想像もつかない。だから、気落ちするのはまだ早いよ」

「……そうか。そうだな。まだ5つしか攻略してないもんな。見限るにはまだまだ早すぎるか」

『ポ! ポポ!』


 そうやって話していると、エンリルが声を上げる。どうやら目的地が見えてきたみたいだな。


「エス、エンリル。あの家を目指してくれ。あそこが俺の実家だ」

「了解した!」

『ポ!』


 俺の家目指して急降下し、徐々に速度を落としていく。そして30メートルくらいのちょうどいい高さに来たところで、彼らに合図を送りつつエアウォークを設置。全員でそこに乗った。

 眼下では俺の実家の前に、沢山の記者と無数の野次馬が群れをなしていて、取材がどうのと声をあげている。あれはまあ確かに迷惑だよなぁ。それが仕事なのかもしれんが、その結果俺の恨みを買うとは思わんのだろうか。

 もしかしたら根拠のない自信で大丈夫だとか思ってるのかもしれない。


「まさかここまでとは。……あの光景を見てると、段々と怒りが湧いてきたぞ?」

「どこの国でもああいうのはいるよね、情報伝達のためなら何してもいいし、全権を持ってると勘違いしてる人達。モラルがないというか……。実に美しくないね」

「……エス、ちょっと撮影頼めるかな? 明日以降Sランクの授与式が執り行われるだろうけど、あそこにいる局や雑誌は全部出禁にするから」

「ああ、任せてくれ。なんなら聞こえないように呟いた小声すら拾ってみせようか」


 さすが高性能集音機。


「任せる。んじゃ、見るに耐えんし、早速行くとするわ」

『プルプル』

『キュイ』


 アグニとイリスはエスのそばに残るらしい。俺から離れてエスに絡まった。


「行ってらっしゃい兄さん」


 エスがそういうと、『風纏い』が消える。続けてバブルアーマーを解いた俺は、家の前に群がる連中の真横を狙って飛び降りた。


『ドガアンッ!』


 ちょっと勢いをつけすぎたらしい。

 飛び降りた先のコンクリを完全に粉砕してしまった。これはまああとで直すとして、昔からやってみたかったスーパーヒーロー着地が成功して何よりだ。


「えっ?」

「何だ!?」

「一体何が……?」


 騒いでいた連中は、突然空から現れた存在に目を見開き、驚いている。そこへ俺は畳み掛けるように気配とオーラを全開。更にはスキルの『圧』シリーズ3点セットに、ダメ押しの『悪意のオーラ』を纏ったまま言い放った。


「俺の家に何の用だ?」


 そう告げると、彼らは慌てて道を開けようとしてくれた。けど、ほとんどの奴が腰を抜かしてしまい、動けなくなってしまった。その中でも一握りの連中は、這いつくばってでも逃げてくれたが。

 ちょっとやりすぎたかな? でも『恐慌の魔眼』を使わなかっただけ、優しさを感じて欲しいところだ。


「……」


 誰も彼もが過呼吸になり、まともに言葉を紡げない様子だった。

 ……まあいいや。俺は地面に縫い止められたオブジェを無視して、堂々とど真ん中を通って玄関の前へとやってきた。


「さて……」


 チャイムを鳴らそうとして、やめる。

 最悪居留守されるかもしれない。外が静まり返ったことと、俺のオーラで気付けるかもしれないが、この前お別れした時とは俺のレベルが段違いだからな。気付くのも難しいかもしれない。

 そう思って懐から端末を出そうとしたところで、家の中にいた気配が、まっすぐこちらに向かってくるのを感じた。


「おお」


 どうやら、気付いてくれたみたいだな。

 お兄ちゃんは嬉しいぞ。


「お兄ちゃん!?」


 扉が勢いよく開かれ、危うく扉と激突しそうになるのを何とか回避する。


「おう、来たぞ」

「ええっ……? で、でも、第一エリアの新居にいたんだよね? 連絡してから30分も経ってないよ!? どうやってきたの!?」

「お前のために飛んで来たんだ」

「なんだかわかんないけど……とっても嬉しい!」


 そう言って飛びつくカスミを抱きしめると、無数のフラッシュが焚かれるのだった。ほとんどが腰を抜かした体勢のまま頑張っていた。商魂逞しいなぁ。あとでレッドカードで退場してもらうけど。

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