ガチャ593回目:ミラーマッチ

 昨日の作戦会議のことを頭の中で思い出し、反芻しているとエスがポンと肩を叩いた。


「兄さん、それでどうする? 複数の群れに囲まれた時の対処も決めてはいたけど」

「ん。いつでも行ける」


 エスの準備は万端のようだ。もう片方の手で風の力を集約させている。ミスティも二丁拳銃形態のケルベロスを構え臨戦態勢だ。


「ならここはプランAだ。エスは左、エンリルは右の集団を吹き飛ばせ!」

「了解!」

『ポポ!』

「行くよエンリル。エアプレッシャー!」

『ポポポー!』


 エスとエンリルが無色透明な空気の壁を作り出し、敵の集団を弾き飛ばした。ダメージはなくとも魔法による物理的な法則の影響は受けるので、変身可能距離の外から近づかれる前に場外へポイ捨てすることは可能なのだった。

 そして今の技は、『風魔法』でもなければ『風雷操作』によるものでもない。エスの開発した『魔技スキル』の1つだ。エンリルが使えた理由は単純で、エスが自分だけの『魔技スキル』をエンリルに指南してくれたのだ。

 まあ流石にこの短期間では、エスの開発した中でも、簡単なものしか伝授はできなかったみたいだけど、それでもそのおかげでエンリルの戦力は爆上がりした。

 特に嬉しいのは、その威力を身をもって体験した『ブレイクアロー』を使えるようになったことだな。あとは奥の手としてエンリルにも『結界破壊』のスキルをあげたいところだが、魔力の消費がネックだし、何よりドロップ先が大精霊しかいないってのがな……。


「ん、ショウタ。感心してないで行こう」

「ああ、すまん!」


 連中が戻ってこないうちに、正面の集団から排除しよう。遺した奴らは、現在出現する中で最大数の6体集団だ。

 これを軽々と突破できなければ、この階層では生き残れない!


「行くぞ!」


 3人同時に吶喊し、20メートル以内に侵入した途端、視界が突然煙に覆われた。

 そして視界が晴れると俺の正面には『金剛外装』と『超防壁』を纏ったと、エスとミスティ、更にはエンリルとエンキ。遠くには拠点と、そこで待機しているイリスとセレンの姿も見えた。

 どうやら、立ち位置を入れ替えられてしまったらしい。

 早速『思考加速』を使って、戦況の把握に努める。は調べるまでもなく全員敵だ。全部で3体いるうちの1体は、まだ外装を張っていない。何か言うつもりなのか口を開こうとしているが、問答無用で切り捨てる。


『斬ッ!』


 俺の姿の偽物が1体、煙になって消え失せた。案の定こいつも、ドロップはキャンディと魔石だけだな。

 そしてエスとミスティは……。


『『パパパパパン!』』

「「「風よ!」」」


 、全員が寸分の狂いもなく同じ行動をしていた。

 なんでも、対象の知識や記憶を参照するためか、シェイプシフター戦での戦い方が身体に染み付いているほど、初手の動きは重なるらしい。

 逆に俺みたいに経験の浅い者や練度の高くない者は、初手の行動が定まってない分ランダム性が発生するようだ。それで外装を張ってないマヌケがいたんだな。

 まあ、外装を覚えたての頃は強敵相手に使い忘れることもあるにはあったから、あんまりバカにはできないんだが。


「んで、標的は俺か」


 左右にいるエスからは、俺を挟み込むようにして風の塊を発射してきた。ソレは乱気流を極限まで圧縮したかのような威力が秘められており、外装があっても吹き飛ばされかねない。そして正面にいるミスティは俺目掛けて乱射をしてきた。

 銃弾は本物に比べたら威力もなければ速さもない。慌てず、先に到達した銃弾を全て斬り落とす。そして左右から迫る風の対処に移行する。


「よっと」


 まずは跳躍する事で回避を試みたのだが、失敗。

 追従してきたので、そのまま互いを衝突させ相殺させる。

 一般の冒険者なら、こんな風に一度でも乱戦になれば、どれが本物か偽物か分からなくなるだろう。攻撃してきた相手にも本物がいるかもしれないと混乱するし、そんな戦場の中で偽物を見つけ、正解を導き出す必要がある。

 だが、俺達はマップさえ見れば、誰が敵で誰が味方なのか、一目瞭然だった。なので、対抗策として奴らもマップを使ってこちらを混乱させてくるかと思ったが……。その素振りを見せる様子はない。

 ……もしかしてこいつらは、マップが使えないのだろうか? 色々と制限があるみたいだな。


「おらっ!」

「くっ!」


 まずは紛い物のエスから倒すべく、近かった方に斬りかかる。弁明か、許しを乞うためか、騙すためかは分からないが、その口が動く。だが聞く耳を持たない俺は、抵抗の上から何度もエスを攻撃して、袈裟斬りに斬り捨てた。


『斬ッ!』


「ははっ、兄さん。僕相手に容赦ないね」

「本物のお前はこんな弱くはないからな!」


 話しかけてきたエスは、方角と口の動きからして本物のようだ。エスなら『魔技スキル』なしにことができる為、声のする方向だけが正しいとは限らないのだから困りものだ。

 そして本物のエスとミスティは、偽物の俺と対峙していた。


「ミスティ、ここで死んでくれ!」

「ん。ショウタはそんなこと言わない」

「ショウタこそ死んで!」

「エンキ、エンリル、助けてくれ!」

『『……』』

「エス、実は俺、お前のことが嫌いだったんだ!」

「僕は兄さんのこと好きだよ」

「背中がぞくりとするから戦闘中にそれ言うのはやめてくれ」

「兄さん、僕こそが本物だよ!」

「はいはいそーですね」

「ははっ!」


 本物と偽物によって繰り広げられる舌戦の上で行われる、全力の殺し合い。これが第五層か。思わず頬が緩む。

 そうして気を緩めていると、偽物の俺がそれぞれの敵対者に手を掲げた。あの動きは……!


「「『視界共有!』」」

「「うっ!」」

「エンキ!」

『ゴゴ!』


 『視界共有』による視界の増加。たとえ目を閉じても、増加させられた視界は本人の意思に関係なく強制的に映像を見せられる。そのため、術者が出鱈目に視界を動かすだけで強制的に対象を酔わせることが可能だった。

 本来ならこれも相当面倒なスキルではあるのだが、これも事前に取り決めをしていた。まともに身動きが取れなくなるところを、エンキに守らせるのだ。そして予想通り、エンキ達は偽物の俺に惑わされることはないようで、即座に俺の命令に合わせて動いてくれた。

 その間に俺は、スキルの無効化に動く。


「『重ね撃ち』『破魔の矢』!!」

「風よ!」

『ポポー!』


 邪魔をしてくる偽物のエスに対して、エンリルが迎え打つ。両者の間で暴風が激突し、その隙に2本の矢が偽物の俺へと向かっていく。『破魔の矢』はそのまま『超防壁』『金剛外装』を無効化し、更には『視界共有』の効果までも中断させ致命傷を与えた。


「「ぐっ!」」


 流石に『シェイプシフト』の効果までは吹き飛ばせなかったようだが、普通にこっちの方が『結界破壊』より便利かもしれない。


「ん。バリアさえなければこっちのターン」


『パパパパパン!』


 偽物の俺は2体とも頭を撃ち抜かれ煙となり、フリーになったエスが自分とミスティの偽物を斬り刻むのだった。


「ふぃー。皆、お疲れ!」

『ゴゴ!』

『ポポー!』


 初戦から随分とハードな戦いだったが、これをあと94体か。最後を締めくくるには、中々やりごたえがあるじゃないか!

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