ガチャ489回目:『風』の応用
「それにしてもコイツ、ずっと入口から動いてないよな。映像付きで見ても、なんかすげー苛立ってることは理解できるし、怒鳴ってる感じもしてるが、何してるんだろ」
「……ふむ。どうやらご主人様の位置を特定できずにイラついているようですね。そして彼らの仲間にその怒りをぶつけているのでしょう」
「ええ? そうなのか? ていうか、アイラはついに他人の心すら読めるようになってたのか」
「とんでもございません。こんなのはただの読唇術です。英語のため多少精度は落ちますが、ほとんど合っているかと」
「それはそれで凄いだろ」
ほんと万能だなこのメイドは。
「流石アイラですわ!」
「ん。アイラはすごい」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をするアイラだが、頭を下げ切る直前、口角が上がっていたのを見逃さなかった。再び顔を上げた時にはいつもの仮面を被っていたが、あとでめいいっぱい褒めて……いや、今褒めるか。
「アイラー」
「遠慮しておきます」
俺の動きで何をされるのか理解したんだろう。アイラが瞬時にその場から移動して俺から距離を取った。
「そう言うなって」
だがその反応も予想の範疇だった俺は即座に詰めてジリジリと迫る。
アイラは他の人がいると甘えないからな。たまに甘やかそうとするとすぐ察知して逃げるんだよな。その反応がまた面白いんだが、あまりやりすぎるとその日の晩に手痛いしっぺ返しを食らうからほどほどにじゃれ合う。
そうこうしているとエスが頷いた。
「……うん。アイラ義姉さんの言うように、兄さんを探しているのは間違いないみたいだ。兄さんや義姉さん達もそうだけど、僕やミスティも気配を遮断する術は持っているからね。仲間に探らせたって、いつまで経っても出て来やしないだろう。けど、完全に遮断しきることはできないから、この階層にいることは把握されているようだね。だから他所の階層に移動せず、ダンジョンから出て行かれないようああして入口に陣取ってるようだ」
「まあ俺も彼女達も『気配断絶Ⅲ』を覚えてるからなぁ。意外と役に立つんだな、このスキル」
「スキルってものは、いつ何が必要になるかわからないんだよね」
「ところで……。さっきの言い方から察するに、お前も読唇術が使えるのか?」
「まさか。直接聞いて来ただけだよ」
「どうやって……」
そう聞くと、エスはわざとらしく耳を澄ませるように片手を添えた。
「こうやってさ」
『奴は間違いなくこの階層にいるんだな!?』
どこからともなく、荒っぽい声色の怒号が聞こえて来た。
「ん。あのゴミクズの声」
『ま、間違いありません。昨日闘技場で直接見た時と同じ気配を感じるんです! ただ、気配が常にぼやけていて……。恐らく、気配を散らすスキルかアイテムを持っているかと……』
『ちっ。使えねえな! オーラも併せて探れるオモチャも持ってくりゃ良かったぜ』
『も、申し訳ありません!』
『おい、お前! あっちは変わらずか?』
『は、はいっ。スウェイ様は変わらずです』
ぐっとエスが拳を握ると、彼らの会話が不自然に途切れた。
今の会話や息遣いを聞く限り、写真の男の周囲にいた白点は、全て女性だろうか。まるで王様気分でメンバーをこき下ろしてやがったな。今の会話だけでも、俺とは友人にはなれなさそうなタイプであることが分かる。
「やはり、1人ではなかったか」
「ん。ホートン兄弟が来てる」
「色々と突っ込みたいところはあったが……。まずエス、今のはお前の仕業だよな?」
「ん? ああ、僕の力は知ってるだろう? だからちょちょいっと向こうの音を運んで来たのさ」
「近くにいなくても、ましてや視線の届かない場所にいても、お前には筒抜けになるのかよ……」
なんつーか、『風』のスキルは使い方によっては幅が広そうだなとは思ったが、本当に何でもできるなこいつ。
「本当はこんなに万能な技じゃないんだけどね。こんな事ができるのも、兄さんのおかげだよ」
「ん、なんで俺?」
「だって、『風』の力で音を運んでくるにしても、相手が何処にいるのか分かっていないとそもそも無理なんだよ。音を拾ってくる事はできても、兄さんみたいに視線を飛ばすことなんてできやしないんだから。今までは、無作為に『風』を飛ばして、反応があったところから音を持って帰って来て確認するしかなかったから、欲しい人物の会話を盗み聞きするのも一苦労だったよ」
「今は……そうか。『アトラスの縮図』か」
「そういうこと。今回はこの男だったけど、例え顔を知らない相手が対象でも、マップに映り込んだ時点で白い点として反映されるからね。あとは、その場所に直接『風』を飛ばして、会話を拾ってくるだけ。今までとは精度も確度も段違いさ。……ただ、操作能力の関係上、階層を跨ぐなんて無茶は流石に無理だけどね」
「それでも十分すぎるだろ」
「ま、つまり僕の能力は、兄さんがいてこそ完成するのさ。夢の共同作業ってやつだね」
「ん。羨ましい」
「羨むなって。俺はほとんど何もしてないんだから」
エスの能力についてまだまだ気になる所はあるが、今は置いといて……。
「そのなんとか兄弟ってのが、今回来てる俺の敵ってことでOK?」
「ああ。確認するけど、マップに映ったコイツ以外にまともなオーラを発している相手はいないんだね?」
「ああ。……不慣れなだけかもしれないが、特に強そうなオーラは感じないな」
「そうか……。なら、もう1人は僕達と同じように気配だけじゃなくオーラも隠しているんだろうね。とにかく、どちらも良い噂は聞かない奴らだから兄さんも気を付けて」
「ちなみにどんな噂なんだ?」
「まず、弟のスウェイは他人の秘密を暴くのが得意らしい。そして、兄のラシャードは他人の大事な物を奪うのが得意だそうだ」
「得意分野が泥棒のソレじゃん」
「はは、困った事にね。でも、なんでかな。兄さんなら何の問題もなく切り抜けてくれそうだ」
「信頼は嬉しいが、お前の事も頼りにしてるからな」
「ああ、任せてくれ」
俺とエスはハイタッチを交わした。
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