無料ガチャ033回目:サンダース兄妹1
目的の人物と出会い、満足したエスは今、ダンジョンから脱出し、空を駆けていた。
拠点としているホテルの最上階にあるスイートルームへと到着すると、出掛ける時と同様に窓を開け、中へと侵入する。部屋の明かりをつけると、彼の目の前には2つのベッドがあった。片方は無人だがもう片方は布団が膨れ上がっており、中から紫色の触覚が飛び出ているのが分かった。
日本だと、アレをアホ毛と呼ぶのだったか。エスはそんな事を考えながら、布団にくるまる人物に呼びかける。
「戻ったよミスティ。まだ寝てるのかい?」
「んんー……」
布団がもぞもぞと動き、ミスティと呼ばれた紫髪の少女が気怠そうに顔を出した。
「あれ、もう朝……?」
「朝を通り越してもう夕方だよ。さっきも出かける前に声をかけたんだけど、やっぱり起きてなかったんだね」
「んー……?」
「ミスティ、時差ボケを直さないと明日から大変だよ」
「……おきる」
ミスティはぼーっとした様子でゆっくりと布団から出てきた。
「あぁ、なんてことだ……」
エスは頭を抱えた。
何故なら、布団にダイブしていた時は着ていたはずの寝間着はどこにもなく、下着どころか完全に素っ裸だったからだ。
「エスは良いよね……いつでもベストコンディションを保てるんだから。私もそのスキルが欲しい……」
「はは、ごめんね。これは僕の生命線だからあげられないよ。あと、寝間着と下着はどこにやったのさ」
「……しらない」
ぷいっと顔を逸らすミスティに、エスはシーツを羽織らせる。しかしよくみると、ベッドの向こう側に脱ぎ捨てられたソレが散乱している様子が見えた。
「……こんな所に。ミスティ、寝てる時に服を脱ぎ捨てるクセ、まだ直ってなかったのかい? ミスティも大人なんだから、人前で裸族になるのは勘弁してよね? ダンジョン内でやるとただの変態だからね」
「平気。戦いでは、ちゃんとしてる」
「ミスティの活躍は耳にしてるけど、生活面が心配になってきたなぁ……」
彼女の名前はミスティア・J・サンダース。『スピードスター』エスの双子の妹であり、冒険者としては彼女の方が先輩でもあった。2人とも冒険者になった経緯は似たようなものであったが、歩んできた道のりは全く違うものだった。
ミスティが冒険者となった辺りから関係が疎遠となり、今回の遠征はとある理由から行動を共にする事となり、再会したのは実に3年ぶりだった。久しぶりという事もあり、エスも最初はどうすればいいか戸惑っていたが、ミスティは昔と同じように接してきた。エスは失った時間を取り戻すように妹と触れ合うのだった。
昔から無気力でぼーっとしているところはあったが、この年になっても変わりないミスティの様子に、エスは不安を覚えた。数年ほど遅れて冒険者登録をし、史上最速でSランクに到達した栄誉から『スピードスター』の称号を賜ったが、こんなことならもっと早くに合流して、一緒に冒険するべきだったのではないか、と。
「はい、お水」
「……ありがと」
ベッドに腰掛け水を飲むミスティだが、相変わらず服は着ていない。あまりにも無防備すぎる姿に、今後の事も心配になってくる。これからの展開次第では、再び別行動になる可能性もあるのだから。
「それと、起きたんだから服を着てくれないか。目のやり場に困る」
「見なきゃいいじゃん」
「無茶言わないでくれよミスティ。部屋にいる間ずっと目を閉じてろって言うのかい?」
「……仕方ないなぁ」
ミスティは渋々といった様子で服を着始めた。流石に昔みたいに服を着せる役割をせがまれることはなく、自分でちゃんと着替えをしている様子にエスは少しだけ安堵した。
部屋着に着替え、顔を洗ったミスティとテーブルで向かい合うと、ミスティは思い出したかのように口を開いた。
「あ、そうだ。エス、目的の人には会えた?」
「ああ、会えたよ」
「……どうだった?」
不安半分、期待半分といった様子のミスティに、エスはくすりと笑う。
元々、ショウタがA+ランクになった際、数々のレアモンスターを発見し討伐する実績から、各国がSランクを派遣し、唾をつける為に来日する予定だったが、スタンピード事件により間が空いてしまった事で色々と状況が変わってしまっていた。
第一に、ショウタがSランクに昇格したこと。
第二に、ショウタが史上初の複数ホルダーとなり『楔システム』の起動をしたこと。
第三に、ショウタの地力の高さが、スタンピード平定の様子の映像公開により判明したこと。
以上の事から、複数の国は慎重に動く事を余儀なくされた。
国営の組織に属しているメンバーはもちろんのこと、来訪予定だったSランクの冒険者は所属国から慎重に接触するよう厳命を受け、迂闊に動けない状況に陥っていた。そんな足並みが乱れた状況の中で真っ先に動けたのが、独断で動く裁量を持ち合わせ、ずば抜けた行動力と移動力が売りの『スピードスター』だった。
「そうだね……。会った感想としては、悪の大王といった雰囲気ではなかったかな。彼の婚約者達との関係も良好そうだったし、お互いに確たる信頼関係を築いていた」
「ふんふん」
「ただ、当初得ていた情報とは違って、人数が増えていたんだ。婚約者は4人どころか、10人いたよ」
「え、もう10人? この前、Sランクになったばかりだよね? まるで『征服王』みたい……」
「あれと比べると少なく見えるけど、そうだね。ミスティが不安がるのもわかるよ」
兄妹が思い浮かべた『征服王』とは、故郷を代表するSランクの一人であり、組織に属した権限とSランクの特権をフル活用して、気に入った女性を未婚・既婚問わず、何十人も手を出している獣である。だが、それをしても許されるほどに強く『ホルダー』でもあるため、誰もその男には逆らえないでいた。
「聞いたよ、ミスティもアレに口説かれたんだって? 災難だったね」
「あんなのに抱かれるくらいなら、死んだ方がマシ」
「はは、全くだ。僕も最初はその手のタイプかと警戒したんだけど、どうにも違うようなんだ。彼女達に危害を加える可能性を告げただけで滅茶苦茶怒ってたんだ。あの迫力は凄まじかったよ」
「ふーん? でもそれって、ただ独占欲が強いだけじゃないの?」
「それもあるんだろうけど、彼が彼女達全員を『俺の物』って言ったら、皆緊張しながらも嬉しそうにしてたんだ。顔に出さない子もいたけど、心臓の鼓動は嘘をつかないからね」
「エスの前で嘘は付けないもんね。……でもそっか、『征服王』が同じことを言っても、何人もの女性が嫌そうにするよね」
「だろう?」
そうしてエスはミスティに、あの場で起きた事を事細かに説明して行く。
「その人、エスの動きについてこれたんだ。すごいね」
「ああ。そして彼は彼女達婚約者を全員大事にしている。仲良くしたいなら、そこは気を付けるべきだね」
「それ、エスは大丈夫なの? 話を聞く限り、嫌われてそうだけど」
「あの手のタイプなら、一晩眠れば落ち着くと思うよ。禁忌を犯さなければ、根に持たれることはないさ」
「ふーん? ……ところで『ハートダンジョン』だったっけ。あそこはどうだった?」
「世界一安全で美しいダンジョンと謳われるだけの事はあるかもね。あの安全度で『解放』されてないなんて恐れ入るよ」
「へー。楽しみかも」
そうして2人は夜遅くまで、ショウタやダンジョンの事で語り合うのだった。
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