ガチャ400回目:突然の乱入者

『パチパチパチ』


 宙に浮かぶ男は、俺の視線に気付いて尚、拍手を送り続けている。

 敵か味方か分からないが、俺は警戒心を最大レベルまで上昇させた。その一番の理由は、こと戦闘面においては全幅の信頼を置いているアイラにあった。そんな彼女から、過去最高に警戒をしている気配を感じ取ったのだ。それはつまり、あのアイラにすら気配を察知されずに、すぐ近くにまで接近を許したという事。それだけで、相手の実力もまた手練れであることが予想できる。


 俺は奴を視界に入れたままマップを開いた。

 この階層に存在する白点は、目の前にいるこの男と入り口近くの茶屋にいる一般人と協会関係者のみ。あとは俺達のチームを示す青と、黄色の点だけだ。……とりあえず、こいつはソロで、人間ではあるようだな。一瞬『認識阻害』の可能性もちらりと浮かんだが、今はこいつから意識を外すべきではない。

 改めてその男を注視すると、ようやく男は拍手を止め、口を開いた。


「いやー、ブラボー。素晴らしい腕前だった!」

「……お前は、一体なんだ?」

「なんだ、と来たか。そうだね……。僕は君と同じ冒険者だよ、ニュービー」


 発音に訛りはないが、カタカナ英語だけはやたらと流暢に聞こえるし、外国の人だろうか。

 今の世界は昔と違って、ステータスの出現やレベルアップによる体質の変化のせいで、髪色や骨格は外国人かどうかの判断材料にならなくなって来ている。まあ名前が露骨に違うイリーナはわかりやすいが。


「そうか。それで、何か用か?」

「そう警戒……しないでくれよ」

「!!」


 男は一瞬で間合いを詰め、俺の隣に現れた。

 その動きは目で追うのがやっとなほどで、恐らく目を離していたら見失っていただろう。こいつのスピードは、常軌を逸していた。攻撃の意思は感じられなかったから剣は抜かなかったが、正確には抜けなかったが正しいのかもしれないな。

 そして男は、俺が反応できた事に笑みを深くしていた。

 本当に、なんなんだコイツは。


「ふふ、僕は君に会いに来たんだ。世界を騒がす、新境地を征く者にね」

「俺に……? さっきも浮いてたし、その動きも只者じゃない。俺だけ一方的に知られているのも良い気分じゃないし、自己紹介くらいしてくれても良いんじゃないか」

「……その反応を見るに、僕のことは本当に知らないみたいだね?」

「そいつは失礼。一部界隈では知られてるのかもしれないが、俺はあんたの事は知らないな」


 俺は基本的に他人に対してあまり興味がない方だしな。俺の世界を彩るのは、俺とその周囲の人間だけで十分だ。

 ああでも、アイラならこいつの事を知ってるのかもしれんが、あまり他に意識を割きたくはない。こいつのあの動き、意識を集中していたからこそ目で追う事が出来たが、それでもギリギリだったんだ。まだ目は離さない方が良いだろう。


「それは残念だ。僕もまだまだという事か……。では改めて自己紹介をしよう。僕の名はエルキネス・J・サンダース。人呼んで、『スピードスター』。君と同じSランクさ、よろしく頼むよ『先駆者』くん」


 こいつが例の1人か。

 サクヤお義母さんの言っていた、俺に会いにくる中で唯一の、男の『Sランク冒険者』だったっけ。ならあんな動きや、宙に浮かぶような奇術が扱えてもおかしくはないのか。アレ、『空間魔法』とはまた少し違う技術に見えるんだよな。あまりにもが高すぎる。

 しかし、それ以上に気になる事を言っていたな。


「その『先駆者』ってのはなんだ?」

「君の渾名だよ。僕の『スピードスター』のようにね。こういうのは伝統だ、恥ずかしいものでも受け入れる必要があるのさ。ただ実際にはまだ決まっていなくて、『先駆者』『開拓者』『探究者』『求道者』『調停者』『新星』とか、色々候補があがってるみたいだね」

「ほーん。でもなんで急に渾名なんて……」

「それはほら、君が世界を賑わす規格外な実績を叩きだしたのもあるけど、君のチームに名前が無いからさ。呼び方が分からなくて皆混乱してるんじゃないかい?」

「……あ」


 そういえば、チーム名は保留にしたまま放置してたな。


「ははっ! 本当に君は聞いていた通りのダンジョン馬鹿のようだ。富や名声よりも、よっぽどダンジョンでの探索が楽しいと見える! ……安心したよ、『ホルダー』になったのが君のような人物で」

「アンタはそれを見定めるためにわざわざ来たってことか」

「そうさ。僕たちが授かったこの力は、なるべく人には向けたくないものだが、『ホルダー』が危険な思想を持っている相手に渡ると厄介だからね。特に、権限を獲得したばかりの頃が一番の狙い目さ。更には、その国にとって初の『ホルダー』となれば、認識不足から国から派遣される護衛の数も少ないからね」

「……それで、俺はあんたのハント対象か?」


 俺を狩るということは、すなわち俺の彼女達も攻撃の対象となるということ。それを想像しただけで、血が煮えたぎり世界が赤く染まっていくのを感じる。

 俺の思考を理解したのか、エルキネスは両手を挙げ降参のポーズをとった。


「まさか! 君とは良い友人関係でいられそうだからわざわざ姿を出したんだ。本当に殺すつもりなら、姿を見せる前にまず弱いところから……ッ!?」


 エルキネスは飛び跳ねるように後ろに退いた。だがそこは、1歩全力で踏み込めばだ。自然と手が剣へと伸びていく。


「その程度でいいのか? そこはまだ射程内だぞ」

「オ、オーケーオーケー。君の逆鱗がどこにあるのかも分かった。2度と口にしないよ」

「ふー……。言いたいことは、それだけか?」

「ソーリー! すまなかった! 許してくれ!!」


 エルキネスはオーバーリアクションで謝り始めた。

 まだどこか余裕があるように感じるのが癪だが、本気で争う気はないらしい。だが、これだけは言っておかないと。


「……今回は大目に見るが、俺の物に危害を加える奴は許さん。次はないぞ」

「ああ!」 

「態度に出すのも、そういう目で見るのも、想像するのも禁止だ」

「分かった。誓うよ。だからその殺気を止めてくれないか。あとそのも」

「眼?」


 ……ああ、無意識に『恐慌の魔眼』を使っていたのか。それにフルブーストも。

 この酔いしれるような万能感は、恐らく普段はデメリットの関係で使ってない金剛シリーズのスキルも使っちゃってるかな? そしてその状態でも、本気で殺せるかどうかは未知数だと『直感』が告げている。これは本当に相手が強いのか、相手の力量を掴みきれていない為か分からんが、ここまで明確に勝てるビジョンが浮かばない相手というのも初めてだな。

 さすが二つ名持ちの『Sランク冒険者』といったところか。実力が測れない以上、こちらも怒りを抑えて我慢しないとな……。


 とりあえず、コイツが信頼に足るかは不明だが、『恐慌の魔眼』だけは切っておこう。コイツの動きはあれが本気とは思えないが、勝てるかどうかはともかくとして、今の集中力なら彼女達にほんの少しでも敵意を向けた瞬間、絶対に見逃さない。


「で、用件は終わったか?」

「いや、君が噂通りの人物なら、本当に友人関係を築こうと思って、いたん、だけど……」

「……出来ると思うか?」

「そうだね、今日の所は撤退しよう。君達もすまなかったね、怖い思いをさせた」


 エルネキスは彼女達の方へと振り返り、改めて頭を下げた。

 外国人は頭を下げる事はないと聞くが、こっちに合わせてくれてるのだろうか。意外と良い奴なのか? 第一印象最悪だったけど。


「……ふぅー」


 とりあえず、今はどんなに友好的にこようと駄目だ。怒りが収まらん。


「また今度な。……エルキネスで良いか?」

「いや、親しいものはエスと呼んでくれる」

「まだ親しくはないだろ」

「ふ、そうだったね。ではまた会おう、ショウタ!」


 エルネキスはそう言うと、空に飛び上がり、『空間魔法』では出来ない動きで何もない空中を踏み抜いて、光の速さで空中を駆けて行った。空でもあの速度が維持できるなら、このダンジョンからの脱出も数分程度で出来てしまいそうだ。

 なるほど、文字通り『スピードスター』な訳だ。思い返してみれば、攻撃は一切してこなかったし、割と爽やかな奴だったのかもな。

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