無料ガチャ027回目:Sランクのニュースを受けて

「お父さん、お醤油とってー」

「はい」

「ありがとー。うん、おいしー!」


 端正に揃えた黒髪を震わせ、どこか幼い雰囲気を感じさせる女性が幸せそうに微笑んだ。彼女の傍らには、幼い子供が好みそうな可愛らしい髪飾りが置かれている。それは所々が劣化しているが、大事にされていることが分かる品で、綺麗に磨かれていた。


「はは、良かった。それにしてもカスミは、いつも幸せそうに食べてくれるね」

「だって、1週間ぶりの実家だもん。やっぱり、お父さんの作ったご飯を食べてる時が、帰って来たって実感できるし」

「うん、ありがとうカスミ」


 そこでは父と娘の2人が食卓を囲んでいた。

 TVから流れてくるのは、スタンピードの早期解決者に関しての事だった。第二のスタンピード事件からかれこれ1週間と少し。第一のスタンピード事件で発生した惨劇は、ほとんどの者にとっては未だに癒えない傷のようなもの。それの再発を未然に解決した人物とは何者なのか。世間から注目が集まっていた。

 そしてその人物に対して、協会は『Sランク冒険者』としての実績を与えると発表し、今日はその現場との中継が繋がっていた。その人物は一体どのような人間なのか、協会は名前や顔写真などの情報を一切として公表しなかった。そんな冒険者の情報がついに、『Sランク冒険者』としてお披露目と同時に公開されるのだ。

 誰もがそのニュースが気になり、発表を待ち構えていた。


 この食卓を囲む娘、カスミもその1人だった。

 父親の方も、普段は冒険者の事にはあまり興味を示さないが、今回ばかりは違うようで、大きな関心をみせていた。


「……こうやってゆったりとした時間を過ごせるのも、あの子とカスミのおかげだよ。本当にありがとう」

「もー、またその話? 良いのよ、私もお兄ちゃんも、お父さんには助けてもらったんだから。恩返しだよ恩返しっ」

「養育費の事なら当然の事をしたまでだし、料理だって趣味のような物だよ。それに、あの子が本当に助けて欲しかった事には、何一つ手伝えなかったし……」

「もー、それはしょうがないでしょ! 私もあんなことになって悲しかったけど、どうしようもないことだって割り切るしかないよ……。低いステータスに対する風当たりが良くなってきたのもつい最近になってからだし……」

「それも第二世代という、冒険者同士の子が普通と違って強すぎて、矛先が変わったからだと聞いているよ。結局、人は自分とはかけ離れた存在を排除したがる傾向にあるんだ。悲しいよね……」

「ほんと、馬鹿みたいだよね。馬鹿にしてるその人達がいなければ、増えすぎたダンジョンを御しきれずに、いつか人類が滅ぶとまで言われてるのに」

「カスミも、盲目的に自分の主観だけを信じてはいけないよ。世界に広がっている全ての要素は、複雑に絡み合っていて、単純な物なんて何一つとしてないんだから」

「うん、わかってる。……はあ、お兄ちゃんに会いたいなぁ。でも私、避けられてるからなぁ……」


 悲しみを湛えた娘の姿に、どうにか話題を変えられないかと思った父の耳に、TVに映ったキャスターの興奮した声が割り込んでくる。


『おお、ついに姿を現しました。彼らが我が国のスタンピードを止めた英雄であり、新たなSランクの冒険者です!』


 カメラが向けられた先には、壇上に向かう青年の後姿が映った。

 そしてそれに追従するように進む4人の美女に、4匹の異形。彼らの姿に観客たちから歓声が上がる。


「噂の彼の登場か。僕も、興奮した友人から聞かされて初めて知ったんだけど、この国にモンスターを従える人が現れるのは、初めての事なんだっけ。すごいよねえ」

「お父さん、ちょっと違うよ。あの虹色のスライムはモンスターだけど、他のはゴーレムらしいわよ」

「ゴーレムって……あのゴーレムコアのかい?」

「そ。お父さんの研究室に、最近ゴーレムコアが流れるようになったの、あの人の功績だって話もあるらしいじゃない」

「ああ、それも彼だったのか。実はここ最近、第一エリアの協会から未知のアイテムやスキルを研究するよう物資が送られてくることが増えていてね。それも全て、あの『レアモンハンター』こと、新しい『Sランク冒険者』の彼が送ってくれているそうなんだ。僕が研究所に入ったばかりの頃は、実験するにも実物が無いことの方が多かったから、こうやって色んなものが現場から届くのはやりがいがあって助かるよ」


 父親の楽しそうな顔を見ていると、こっちも嬉しくなる。

 母は私を産んだ後すぐに亡くなり、父はそんな私と兄を男手一つで育ててくれた。父は私達の為に趣味をすべて捨てて、必死に働きながらも毎日朝食やお弁当、晩御飯まで作ってくれて、自分の時間を持てないでいた。そんな父が、お金の心配をしなくなったのは2年前のある日。

 兄からの仕送りの金額が徐々に増え始め、私も冒険者としてダンジョンで活躍出来るようになった頃だ。

 その頃の兄の冒険者ランクはEランク。お世辞にも高いとはいえない、一番下から数えて2番目という、あまりにド底辺のランクだった。地元から逃げるように入った全寮制の高校を卒業し、その学校からもまた離れるように第一エリアへと引っ越ししてしまった。死亡した場合、協会の冒険者表からは抹消される。一人暮らしを初めた兄が、1年経っても生きてくれていることは素直にうれしかったが、ランクは悲しいほどに低位置だった。

 にも関わらず、兄からの仕送りは月日が経つごとに増え続けた。到底Eランクではありえない稼ぎを仕送りしてきた。連絡先も分からないまま、一方的に送ってくるそのお金は、兄からのメッセージなのではとカスミは考えていた。

 『こっちは何の心配もいらないぞ』って。お兄ちゃんが頑張ってくれているのは、素直に嬉しかった。


「それにしても、あの子はあっちで何をしているんだろうね。月に100万円なんて大金を送ってくる以上、良い暮らしをしていると思うんだけど」

「どうだろ。お兄ちゃんって昔から無頓着なところがあるから、稼ぎの大半を仕送りに使って、自分は質素な暮らししてる可能性も考えられるわね」

「ああ、やっぱり連絡を取るべきかな……。協会経由なら、連絡先も教えてくれるって話だったよね」

「うーん、去年の年末に見た時もEランク冒険者として登録は続けてるみたいだったし、連絡手段は残してるかも……? でも、私から声をかけるのは気まずいよぉ……」

「僕だって気まずいよ。けど、こんなに頑張ってくれてるんだし、いい加減僕達も覚悟を決めないとね。近況確認をするというていで、電話をしてみようかな」


 そう話していると、一際大きな歓声がTVから流れてくる。どうやら授与式のメインイベントを見逃してしまったらしい。


「あちゃー、タイミング悪いー」

「そうだね。結局、どんな顔でどんな名前をしてるのかも分からなかったね」


 どうやら重要な場面を逃しちゃったみたい。

 でも『Sランク冒険者』なんてビッグニュースだし、協会の情報ページでも後で見に行こうかな。なんて、その時の私は考えていた。


『皆様に朗報です。これより長らく協会によって秘密のヴェールを纏っていた『Sランク冒険者』。彼は一体、どのような人物なのか。皆さんも気になっている事でしょう。そんな我々に対し、ダンジョン協会は各放送局に2回ずつの質問権を与えて下さいました!』

「おおー。ナイス協会!」

「盛り上げ方を分かってるね」


 だが私達は、ここで思いもよらぬ名前を耳にする事となった。


『ではまずは、ご本人をこちらにお呼びしましょう。新『Sランク冒険者』アマチショウタさん!』

「「……えっ?」」


 耳に入ってきた名前を、私はすぐに理解できなかった。

 けど、画面に映っているのは何年も前に別れたはずの人物で、その自信に満ち溢れた表情はダンジョンが出現するよりも前、ステータスなんてものに縛られていなかった、昔の大好きだった兄そのものだった。


『はい。あ、立ち位置はここで良いかな?』

「お、お兄ちゃん!?」

「ショウタ!?」


 その後繰り広げられる質問攻めを、ショウタは時には淡々と答え、時には回避しつつインタビューをこなしていく。長男は冒険者を止め、稼ぎの良い仕事に就職したと考えていた2人は、実は『Sランク冒険者』へ昇格していたという事実を飲み込むことが出来ず、ただただ口を開けて眺めているのだった。

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