ガチャ303回目:ダンジョンの境界線

「ふぅー……ようやく到着か」


 俺達はダンジョンと思しき洞窟へと到着した。そこには下へと伸びる階段が続いており、その奥は真っ暗な世界が口を開けて待っている。今は海が割れて太陽光が届いているからいいけど、本来なら深海の底みたいに完全な闇に閉ざされていて、不気味な様相を呈してるんだろうな。

 それにしても、ここまで10キロくらい走って来たんじゃないか? 足元が最悪だったからスピードは出せなかったけど、それでも30分くらいかかってしまった。やっぱこのダンジョン、利便性は最悪だよな。徹底的に利用するとするなら、ダンジョン前に海底施設を造って、そのまま上に伸ばして浮島を作るくらい下準備が必要そうだ。

 正直そこまでして得られる物があるのかどうかといったところだが……。ああでも、ダンジョンボスにあんな怪物が出るという事は、このダンジョンはレベルが高い事を意味するんだよな? とすると、『上級ダンジョン』のような、リターンの大きい何かがある可能性が……。


 って、そういうのは俺が考える事じゃないな。


「まだ誰も立ち入った事のない、生まれたばかりのダンジョン……。緊張しますね」

「ドキドキしますわ」

「ここはご主人様が一歩を踏み出すべきでしょうね」

「ショウタ君、準備は良い?」

「ああ」


 そしてその一歩を踏み出そうとしたとき、猛烈に嫌な予感が全身を駆け巡った。


「……!!」


 俺の目の前にはダンジョンを降りるための階段。あと一歩を踏み出せば、そこはもうダンジョンの中だ。そこには特に何もなく、危険な存在は見つからない。スタンピードは終結し、モンスターは全て吐き終えたはずだ。モンスターが残存している気配もない。……なのに、一体何が俺を怯ませたのか。


「ショウタ君?」

「どうしましたの?」

「凄い汗です……!」

「特に危険な反応はありませんが……。私が行きましょうか?」

「……頼む」


 アイラが行く分には、嫌な反応はない。大丈夫なはずだ。


『ピチャッ、ピチャッ』


 アイラが音を立ててを降りて行くが、特に目立った変化はない。アイラも無事だし、他の皆も問題ない。だが、相変わらず俺が踏み出すことを想像するだけで、嫌な予感が警鐘を鳴らし続ける。

 なんなんだ、この感覚は!?


 俺は再びアイラ、ダンジョン、そして皆を順番に見て回り、最後に手元に握られた『モーセの杖』へと視線が吸い寄せられた。


「……?」


 俺は、杖を持っていない反対側の手を真っ直ぐに伸ばす。

 すると、いつぞや感じた空気の壁を突き破る感覚。『ハートダンジョン』の時に感じた漠然とした感覚ではなく、ハッキリと『境界線』が認識出来ていた。


「……そういうことか」

「なになに?」

「旦那様、教えてくださいませ」

「とりあえず皆、俺に抱き着いてくれ」

「はいですわっ!」


 アヤネがノータイムで飛びついてくる。突然の提案にアキとマキはお互いに顔を見合わせたが、遅れて引っ付いてくれた。


『プルル?』

『ポポ』

「お前たちはそのままで良いぞー」

『ゴゴ』

『~~』


 さて、やるか。


「アヤネ、合わせて。バブルアーマー」

「バブルアーマーですわ!」


 泡が全身を包み、一塊となった俺達を包み込む。そしてそのままダンジョンに乗り込み膜を通り抜けると、背後から轟音が鳴り響いた。


『ドドドドドド!!』


 振り向かずとも何が起きているか分かっている。『モーセの杖』の効果が切れ、無理やり広げられていた海が元に戻ろうとしているのだ。先ほどから襲ってきていた悪寒は、この事を指していたのだ。『モーセの杖』の効果は、ダンジョンの境界線をくぐると効果を失うと。

 俺が真っ先にくぐっていれば、彼女達はその瞬間海に吞まれてしまっていただろう。気付いて本当に良かった。


 だが、安心しては居られない。

 最初の難関は突破したとして、次の問題が控えている。ここが海に沈むという事だ。呼吸はバブルアーマーが何とかしてくれるとして、勢いの付いた波は依然として脅威だ。だからダンジョンにいつ海水が浸水してきても良いように、勢いを落とす事に集中すればいい。


「セレン、手伝ってくれ!」

『~~♪』


 俺とセレンは境界線へと手を伸ばし、押し寄せる波を『水流操作』と『濁流操作』で押し留めようとした。


『ドドドドド!!』


 ……しかし、いつまで経っても波はこちらへとやってこなかった。


「……あれ??」 


 明らかに境界線の向こう側は濁流に呑み込まれているのに、ダンジョン側には一滴も海水が入って来なかったのだ。俺の力が作用している感じもないし、どうなってるんだ?


「セレン、お前の力か?」

『~~?』

「違うのか。……アイラ、分かるか?」


 バブルアーマーを纏ったアイラが隣へと並んだ。アイラは俺がバブルアーマーを纏ってダンジョンに入った瞬間、全てを察して皆と同じように俺にくっついていた。


「恐らく、この境界線が外の世界からの干渉を受けないようになっているのだと思われます」

「でも、この階段の濡れ方からして、海水に浸かっていたんじゃないのか?」

「スタンピードの際にはこの境界線が崩れ去ります。それによりダンジョン内の階層を渡って、レアモンスターなどの強力な相手が登って来るのです。その際に、海水が入って来たのではないでしょうか。恐らくモンスターが出ていくための呼び水として使われたのかもしれませんね。そしてスタンピードが終結した今、ダンジョンは元通りとなり、海水はダンジョンに入れないようになっているのかと」

「なるほどなぁ……。って、今更だけど『クラーケン』って、この階段を登ってきたのか? あの図体からして通れそうにないんだが」

「巨大なモンスターは、スタンピードの際は煙となって外に出て来るようです。スタンピードの記録映像にその瞬間が僅かですが痕跡が残っていました。実は以前にその映像を見たときは突然現れたように見えていたのですが、改めて先日確認してみれば、薄っすらと煙が形を変えてレアモンスターが生まれる瞬間が見えたのです。恐らく、レアモンスターは煙から誕生するという話をご主人様から教えて頂く前と後で結果が違って見えるようですね」

「なにその不思議現象。……そう言えば、義姉さん達からもスキルの『Ⅱ』や『Ⅲ』を知らなければ、『鑑定』の結果にも載らないしドロップもしないって話をこの前聞いたな。それと似たようなもんか」


 それを考えるに、どうやらダンジョンには、条件を満たさないと正しい情報が得られない仕組みがありそうだな。そしてそれは、ダンジョンの管理者も同じことが言えそうだ。

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