ガチャ283回目:砂地トレーニング

「ではご主人様、早速修行を始めましょう」

「よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


 アイラと向き合い、互いに頭を下げる。

 普段はふざけ合っていても、修行の際はアイラが一番の先生だ。こういう事はきっちり形から入らないとな。


「では初めに、足元が砂ですから普段できないことから始めましょう」


 そう言ってアイラが左右に短剣を投げ放ち、砂浜に突き立てた。


「2つの距離は約200メートルほどです。まずは速度スキルなし、『姿勢制御』スキルはありでこの2つの間をひたすらシャトルランしてください。そして切り返しの際は手を使わず、勢いは10メートル以内で殺しきってください。もしも制限距離を一定回数オーバーするようでしたら、その時は罰として休暇を一日ずつ伸ばしていきます。ダンジョン探索が遠のきますので、手は抜かれないように」

「わかった」

「もちろん、200メートルラインを超えるまでダッシュも全力です」

「わかってる」



◇◇◇◇◇◇◇◇



『ドンッ!』


「ご主人様、もっと足裏で地面を掴んでください! 勢いを殺しきれていません!」

「くっ……こうか!?」


『ドパンッ!!』


「そうです、今の感覚を忘れないように!」

「ああ!」


 ショウタがシャトルランしている光景を、アキは全体を俯瞰する為にエンキの頭上でパラソルを広げて、観察していた。

 マキとアヤネはそれぞれの終点にカメラを設置したあと、エンキの足元でドリンクやタオルなどの準備をする。彼女達にとってはいつもの修業風景だが、外野からすればそうでもないのだろう。

 初めてショウタの修業を見たタカネとユキネが、恐る恐るやってきた。


「……ねえ、アヤネ、マキちゃん」

「なんですの?」

「はい。あ、椅子をご用意しましょうか?」

「ううん、そういうんじゃなくてね」


 アヤネは2人の事が苦手だった。

 けれど、それは過去の話だ。先程の一幕の後、改めて姉達と話し合うことで、その感情は克服されつつあった。何故ならもう、彼女達の瞳の奥に宿っていた得体の知れない感情が、今ではもうすっかりと消え去っていたからだ。


「弟君って、いつも休みの日にこんなことしてるの?」


 義姉達は不思議でならなかった。

 一般的な冒険者にとって、休みの日は数日かけて羽を伸ばすものだからだ。自分達もそうだったし、まさか南国ビーチに来てまで修行する奴がいるとは想像もしていなかった。


「そうですわ。初日はいっぱい遊んで、二日目以降は夜を除いてずっと修行ですの。旦那様はストイックな方ですのよ」

「お2人はサクヤさんから、ショウタさんの事をどこまで聞いているんですか?」

「んー……。タカ姉、これ言って良いのかな?」

「良いのではないでしょうか。お母様からも、嫌われないよう親睦を深め、可能な限り手を貸すようにと言われていますし」

「次! 『姿勢制御』スキルなし、両手使用あり!」

「応!」


 一定時間シャトルランをしきったショウタに、アイラが休みなく次の設定を告げる。


『ドパンッ!』


「『伝説レジェンダリー』以上の秘匿スキルを持っていて、強さの成長加速度が天井知らず……ってくらいかな?」

「……姉様、なぜお母様がそう思ったのか教えて頂けますか?」


 タカネとユキネは顔を見合わせた。この情報は宝条院家の中でも限られた者しか知らず、トップシークレットだ。しかし、アヤネは血族であるし、ショウタとその婚約者達はいずれその親族に加わる存在だ。タカネは宝条院家長女として、問題ないと判断した。


「今からお伝えする情報は極秘の話です。外部に漏らさないと約束してくれますか」

「それはお互い様ですわ」

「ふふ、そうでしたね」


 タカネは周囲の状況を確認する。

 このビーチにいるのはショウタとその婚約者。そして眷属と、自分達姉妹だけ。宝条院家が雇った施設管理者や護衛などは聞こえる距離にいない。


「お母様は、相手のオーラを見れるスキルをお持ちなの」

「オーラ、ですか?」

「そう。そしてそのオーラは、その人物が持つスキルのレア度によって輝きが変わって見えるそうなの。以前の親睦会でショウタさんを直接視た時に、『伝説レジェンダリー』か『幻想ファンタズマ』の色である虹色のオーラが視えたそうです」

「ではそのオーラは、その人が持つスキルの中から最高レアリティの一種類しか視えないのですか?」

「そう聞いています」

「なるほど。奥様は興味深いスキルをお持ちなのですね」

「!?」


 アイラがいつの間にか隣にいて、タカネは声を出さずに驚いた。

 しかし彼女もまたショウタの婚約者であり親族予定者。元々は部隊出身のメイドとはいえ、今はハッキリとした立場がある。邪険に扱うわけにもいかなかった。


「……あまり驚かさないでくれますか」

「これは失礼しました」

「アイラはいたずら好きなのですわ」

「いやー、あたしも気付かなかったわ。あなた、弟君の所にいく前と比べて格段に腕を上げたわね?」

「恐縮です。……次! 『姿勢制御』スキルなし、両手使用なし!」

「応!」


 話は聞きつつも、アイラの意識はショウタへと向けられていた。

 休むことなく走り続ける彼に、アイラは次の指示を出す。


「どわああ!?」


『ドッパアッ!!』


 しかしショウタは、スキルも補助もない状態での切り返しに、バランスを上手く保つことが出来ず、盛大にすっ転ぶのだった。そのまま起き上がるそぶりを見せないショウタに、アイラが追い打ちをかける。


「……もうお休みですか? 休むには早すぎますよ」

「わ、わかってる。ちょっと考えてただけだ」


 ショウタは起き上がり深呼吸をすると、再び走り込みを始めた。全身から汗を噴きだしながらも走り続ける彼の姿に、アイラは満足げに微笑む。

 しかしそれも一瞬の事。再び無感情の仮面を被って、タカネへと目を向けた。


「それでお二方は、ご主人様の修業の手伝いをしてくださるのだとか」

「ええ、そのつもりよ!」

「貴女なら私達の能力はよくご存じでしょう? 存分に活用なさいな」

「ではお言葉に甘えて。『空間魔法』の使い手のタカネ様、そして『外典魔法』の使い手のユキネ様。あなた方の技能があれば、ご主人様の修業レベルも大きく引き上げられるでしょう」


 タカネの『空間魔法』はLv6と高く、10枚近くの足場を形成できるだけでなく、それらの足場を色付きで展開させることも可能としていた。その為、自分だけでなく仲間もその足場を活用する事が出来、戦いの面において味方には見やすい足場を、敵には見えにくい足場を展開する事で戦場を陰からサポートすることを得意としていた。

 そしてユキネは4属性とは異なる氷と雷の魔法を操れる『外典魔法』を扱う数少ない術者だ。また本人は近接攻撃も得意としており、物理と魔法両方を器用にこなすオールラウンダーな戦いを主軸としていた。

 そんな2人が修行を手伝ってくれるとあらば、出来る事がかなり増える。

 今後もショウタを強くするためにも、強力なスキルは率先して覚えて欲しい所ではあるが、修行の幅が広がるという点においては、有用スキルはそこそこに分配して欲しいとも思うアイラであった。


「ですが、そんな都合の良い話があるわけありません」


 そう告げた直後、アイラからは底冷えするほど冷たい冷気が発せられた。


「本当の目的はなんです? ご主人様の手伝いは、でしょう?」

「……何の事かしら」

「お話してくださらないのでしたら、お引き取り願うまでですが」

「……」


 アイラとタカネは睨みあい、その様子をマキは静観し、何も知らないアヤネとユキネはオロオロとしていた。


「閑散期ならともかく、このに重要な戦力であるお二方をこのような僻地に移動させるなど、奥様が認められる訳がありません」


 しばらくの間両者の間に沈黙が訪れる。

 唯一聞こえてくるのは、ただひたすらに走り続け、砂を蹴飛ばす足音だけだった。


「……はあ、お手上げだわ。流石は元お母様直属の『赤い死神』ですね」

「昔の名です。それで、確度はどの程度ですか」

「予想も付いているのですね。……8割強です」

「なるほど」


 そう答えたアイラは、冷気を収めて再びポーカーフェイスへと戻った。


「では、その時が来るまでご主人様には秘密にしておいてください。雰囲気でバレますので奥方様にも伝達は不要です」

「何故です? この情報は……」

「ええ、分かっていますとも。ですがご主人様の為にもなりそうですし、一度は経験しておくべきことですから」

「スパルタなのですね」

「愛情と言ってほしいところです」


 2人は意味ありげな笑みを交わし合う。


「次、『俊足』あり! 『姿勢制御』あり!」

「応!」


 そうしてる間も、ショウタはひたすらに走り続けるのだった。

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