ガチャ258回目:リベンジマッチ

 前方に現れた巨体の存在は、直接目で確認せずともわかる。この気配は間違いなく『オロチ』だ。


『シュルルル……』


 奴がこちらを認識したのか、這いずりながらゆっくり近付いて来るのを知覚する。

 残り10メートル。

 残り8メートル。

 残り5メートル。


『ズズズズズ』


 地面が大きく揺れた。

 奴が持つ『震天動地』の効果だろう。地面を揺らし、驚き目を開けた瞬間に麻痺を入れるつもりなのだろうが、それも予習済みだ。エンキにはさんざん付き合ってもらったからな。足元のぬかるみが『水流操作』の影響で酷くなってる気がするが、それも大した問題じゃない。

 修行では『姿勢制御』と『空間把握』のスキルも併用していたおかげで、多少足元がグシャグシャになろうと、地面が揺れようとも、俺はビクともしなかった。


 そもそもの話、多少地面が揺れる程度で目をかっぴらいて驚く奴は、日本にいないんじゃないか?

 国外のダンジョンだと効果てきめんかもしれないが。


『シュルッ!?』


 目を開き驚いたのは、向こうかもしれない。

 効果がないと理解したのか、痺れを切らしたのか、奴はさらに距離を詰めてくる。だが、地震は継続したままのようだ。


 残り4メートル。

 地震による振動音。それから沼地に溜まった水の跳ねる音が邪魔をして、奴の這いずる音が掻き消されている。上手い方法だと感心するし、並の人間なら聞き取ることは叶わないだろう。通常なら。


 残り3メートル。

 俺の『知覚強化Ⅱ』によって強化され、各種感知スキルによって補正された感覚は、その音の差異を明確に聴き分け、奴の存在を明確に認識出来ていた。


 残り2メートル。

 ここで俺がバカみたいに、闇雲に剣を振り回していたら、死角を突いて裏取をしてきたのかもしれないが……『オロチ』は馬鹿正直に正面からやって来ていた。

 そんな俺は震源地の中心にも関わらず、平然と立っている。もうし少しコイツにまともな知性があれば、警戒して距離を置いていたかもしれないが……。


『……シュル?』


 残り1メートル。

 だが、気付いたところでもう遅い。


 そこはもう、俺の間合いだ。


『斬ッ!』


 剣を振り抜き、ゆっくりと目を開けると、そこには頭蓋ごと両目を断ち切られ、ピクピクと動く『オロチ』の姿があった。

 こんな攻撃を受けても、まだ死亡判定にならないなんて、本当にタフなモンスターだ。


 俺は前回同様心臓を貫き、今度こそ絶命させる。

 『オロチ』の全身が煙へと変わって行く様を見て、ようやく一息つく。


「……倒したか」


 レベルアップ通知はない。俺の今のレベルは83もあるからな。こいつ程度じゃ成長はしないらしい。改めて『真鑑定』をする前に倒してしまったが、『オロチ』はレベル45だったよな。『邪眼』のせいもあるが、レベル45程度の経験値じゃ、こいつの討伐難易度と釣り合ってないよな。しかもスキルも『震天動地』と『水流操作Lv1』だけ。実にしょっぱい。

 あとはドロップアイテムについても文句を言いたい。蛇肉は美味しいって話は聞くけど、こいつらノーマルもレアも皮しか落とさないんだよな。こんなにデカいんだから、可食部くらいあっても良いと思うんだが。


「……おっと、そうだ」


 後ろへと振り返ると皆まだ目を閉じていた。カメラ役でも目を合わせたら痺れちゃうから、こっちから声かけるまで、終わったかどうか分からないんだな。


「終わったよー」

「……お? 問題なかったみたいね!」

「『オロチ』の気配が消えたような気はしてましたが、無事に倒せて何よりです」

「旦那様の頑張りを生で拝めないのは心苦しいですわ……」

「ご主人様、次が本番ですが……問題はないようですね」

「うん。たぶん大丈夫だと思う。エンキ、エンリルはカメラ役の護衛をしてあげて。イリスは別動隊の2人について、もしもの時は助けてくれ」

『ゴ!』

『ポポ!』

『プルル』


 『ラミア』も『邪眼』持ちではあるが、『オロチ』と違って遠距離攻撃持ちだ。目を閉じてカメラ役に徹し続けても、魔法が飛んでくる可能性もある為安全とは言えない。なのでエンキとエンリルには咄嗟の時にアヤネとマキを守ってもらう必要がある。

 『ラミア』は確か、前回は数分程度で湧いていたよな。


「ショウタさん。前回の出現は5分ほどでしたよ」

「え、これも計ってたの?」

「いえ。ですがカメラで撮った映像には、何時何分に録画を開始したか履歴が残るんです。ですので、その履歴と動画時間を逆算すれば連戦の物は測れるんですよ」

「おお、そうなのか」


 動画データに関しては俺はノータッチだから、知らなかったな。


「でも実際に測った場合とで誤差があるかもしれませんから、今回私だけは『オロチ』戦で録画を止めずに回しっぱなしにしています」

「すごいな」

「ふふ、眼を閉じてる関係上、正確にタイマーでは測れないですからね」

「はわ、わたくしそこまで考えてませんでしたわ……」

「でもあまり長時間の録画ばかりしていると、戦闘に巻き込まれたときデータの回収が困難になりますから。アヤネちゃんは、いつものように撮っていてくださいね」

「わかりましたわ!」


 そうこう話している内に煙は膨張を開始。そしてゆっくりと、沼地の中央へと移動していく。

 俺も少し距離を詰め、彼我の距離が5メートルほどのところで立ち止まった。もうそこは、完全に沼地の内部。そんな場所に踏み出せば、足元は膝下まで水に浸かり、ぬかるみも酷く、不快感が襲ってくるだろう。本来ならば。

 だが俺は、沼地の中にいるが、実際には沼地に足を踏み入れてはいなかった。刻印によって強化され、足場として十分な強度を持った『空間魔法』で足場を作り出し、そこを歩いて来たのだ。


 時間があればこのぬかるみをまともな足場に整える事も出来たが……まあ、今回は大きく動き回るつもりはない。この狭い足場で十分だろう。

 深呼吸を入れ、目を閉じ、その時を待つ。


『ズァ……ッ!』


 前方に、以前は感じる事の無かった強烈な圧力を感じた。

 『知覚強化Ⅱ』と『魔力感知』、それから『危険感知』が仕事をしているんだろう。強烈な『魔力』を持った何かが、俺を凝視しているのを肌で感じた。


 ……これは確かに、危険な相手だ。


「『ラミア』だな? この前の借り。そして汚名はここで返させてもらう!」

『シャアアアッ!』


 人間と似た声帯を持った叫びが、すぐ近くで聞こえてきた。

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