ガチャ232回目:害悪モンスター
オークの集落から少し距離を置いたところで見守る事数分。煙は無事に膨張し、モンスターを1匹ずつ生み出した。
『プギ!』
『フゴゴ!』
「3メートルのオークか。……うっ!?」
俺は咄嗟に、片手で顔を覆い隠した。生理的な反応だが、これは避けられない。
そいつらは正に、モンスター。怪物だった。見た目や、強さの話ではない。
湧いたその瞬間から、奴らは周囲に耐えがたいほどの悪臭をばら撒いたからだ。
「くっっっさ!」
「なんですか、これ……!」
「鼻がもげますわ!」
ドブや汚水を何十倍にも煮詰めたかのような臭いを前に、自然と身体が体内に取り込むことを拒絶し、呼吸すら躊躇ってしまう。彼我の距離は30メートルほど。こんなに離れていても感じるその醜悪な臭気を前に、彼女達はうずくまり、俺は後ずさりをしてしまう。不意に、撤退を視野に入れてしまうほどだ。
だが、ここで逃げ帰ってはレアモンハンターの名折れ。こんな連中はとっととぶちのめすに限る。幸い、エンキには鼻がない為平然としているし、アイラも顔をしかめてはいるが、耐えられているようだ。本当に頼りになる。
でも、他のメンバーはめちゃくちゃ辛そうにしてるし、なんなら俺もこれ以上接近したくはないな……。
*****
名前:オークキング
レベル:88
腕力:950
器用:750
頑丈:1000
俊敏:220
魔力:500
知力:70
運:なし
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装備:オークキングの剣、オークの板金鎧Ⅱ
ドロップ:オークの霜降り肉、黄金の丸薬
魔石:特大
*****
『悪臭』。
この最悪な気分にさせてくるのは、このスキルのせいか。そして『風塵操作Lv2』で風を操ってこの臭気をばら撒いていると……。なんて害悪なモンスターだ。
「エンキ、相手の力量を図る必要はない。本気で潰すから少しの間だけ囮になってくれ」
『ゴ!』
エンキが勢いよく前に駆け出すと、連中はこちらの存在に気付いた。だが奴らの視線は、エンキを通り越し、更には俺の後ろで顔を覆っている女性陣へと吸い寄せられていた。
彼女達を見つけた連中は、歓喜するように咆哮を上げた。
『プギョギョ!』
『フゴ、フゴゴ!』
奴らは鼻息を荒くし、前のめりに走り出す。その目は欲望に染まり、良からぬことを企んでいる事は明白だった。
『ゴ? ゴゴ!!』
エンキをただの障害物としか見ていないのか、堂々と左右に広がり通り抜けようとして来る。だが、エンキは見た目は大岩でも、意志を持った大事な家族だ。彼は俺の命令を忠実に守り、奴らの出鼻をくじくために大きく動く。
『ゴシャッ!』
周囲の地面を操り、行く手を阻んだのだ。
『オークキング』達は、突然足場が揺れるだけでなく、隆起してきた岩に足を取られてしまう。エンキはすかさず盾で連中を押し潰した。
『プギョ!? プギギ!!』
『フーッ! ブフーッ!!』
だが、止められてもなお、奴らは彼女達に妄執の目を向け、手を伸ばそうとしている。
その姿に、誰もが身震いした。
「ひぃっ」
「と、鳥肌ものなんだけど! あと、臭いがもっときつくなった!!」
「旦那様! はやく、はやく片付けてくださいまし!」
「ああ! 『雷鳴の矢』『重ね撃ち』!」
オーバーキルだろうがなんだろうが関係ない。俺は一刻も早く、こいつらを目の前から消し去る事しか考えていなかった。
「散れ!」
『ズパァン!』
空気が破裂すると、矢の直線状にいた『オークキング』は、エンキの盾の一部を巻き込んで消し飛んだ。
【レベルアップ】
【レベルが62から102に上昇しました】
『ゴゴー……』
奴らは煙になると同時に霧散し、それを見ていたエンキが落ち込んだような声を上げる。
どうやらオークには『レアⅢ』は居ないらしい。跡地にはドロップアイテムがばら撒かれていた。
「あ、すまんエンキ。巻き込んじゃったか?」
『ゴゴ。ゴゴ!』
エンキの盾は見事に下半分が消し飛んでいたが、幸い身体の方には影響がないようだった。
「しくったな、アレを消し去る事に夢中になり過ぎたか」
『ゴゴ。ゴ』
「あ、悪いエンキ。今はその場から動かないでくれ」
『ゴ?』
エンキが駆けだそうとするのに対して、待ったをかける。
アイラはしかめっ面のままアイテムを回収し、傍に戻って来た。
「残念なお知らせがございます。奴の落とした肉ですが、臭いの残滓がついております」
「せっかくの霜降り肉も、台無しになってる可能性があるのか……」
「同時にドロップした丸薬のせいかもしれませんが。あとやはりと言いますか、エンキにも臭いがついております。直接抑えつけた影響ですね」
「……そうか。次からは、出オチさせる必要があるな」
『ゴゴー……』
エンキが離れた位置で寂しげな声を上げる。
直接的な事は言ってないが、臭いから近寄るなという意味合いが伝わってしまったようだ。どうにかしてやりたいが……。
「旦那様、ウォーターボールですわ!」
「あ、そうか。ビッグウォーターボール!」
直径2メートルほどの巨大な水の塊を呼び出し、エンキの頭上で破裂させる。どでかいバケツを引っくり返したような光景だが、簡易的なシャワーにはなるはずだ。何度かそれを繰り返すと、次第に臭いが取れたのか近付いても何も感じなくなった。
ビショビショになるエンキだったが、ちょっと気持ちよさそうである。
『ゴゴ~』
「俺達にも臭いはついてるかな?」
「どうでしょう。震源地からは離れてましたし、影響は少ないはずですが……」
皆がそれぞれ、自分の匂いを嗅いでみる。だけどこういうのって、大抵自分じゃ気付けないものだ。あんな悪臭を嗅がされたんだし、感覚が麻痺していてもおかしくない。もしもそれに気付かずに人前に出てしまえば、最悪彼女達から悪臭がするなどという謂れもない風評を受けてしまう可能性だってある。
それだけは避けたい。
「みんな、そこに並んで」
ひとまず一人一人抱き寄せて匂いを嗅いでみる。
だが、ちょっと汗の匂いがするくらいで、あいつらの悪臭は感じ取れなかった。彼女達は恥ずかしそうにしていたが、これも皆の為だ。我慢してほしい。
「うーん……。たぶん、大丈夫だと思うよ」
たぶんだけど。
「はぅ……」
「恥ずかしい……」
「旦那様も大丈夫でしたわ!」
「ありがと。それにしても、アイラが一番被害を被ってそうなのに、いつも通りだったのは意外だったな。跡地とはいえ、震源地でアイテムの回収をしてたはずなのに」
「当然防御しました」
流石アイラ。対策はばっちりだったらしい。
「『泡魔法』のバブルアーマーを使えば、私の身体に匂いなど、付きようがありませんから」
「その手があったか」
「もう、気付いていたなら教えてほしいですわ」
「魔法やスキルは使いどころです。咄嗟の出来事にでも、自ら思いつかなければ成長できません」
「「むぅ……」」
命の危険があればすぐにでも共有してくれたんだろうけど、発想力かぁ。ステータスの『知力』とは別の話だから、『思考加速』しようと元が無ければ思いつかないところだよな。
……待てよ? ということは先ほどのしかめっ面も、演技という事か。
はぁ、俺も頑張らないと。
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