ガチャ177回目:魅惑と誘惑
俺は今、アヤネの兄であるユズルさんと握手をしながら睨みあっている。
相手はかなり本気で握り潰そうとしてはいるが、俺の膨大な『頑丈』さを前にはその程度、痛くもかゆくもない。だがその反面、俺の握力は実に非力なものだった。
数日前、ガチャ更新の際に手に入れた『弱体化』のスキル。これは高くなったステータスによって、日常生活を壊してしまわないようにするための、言うなればセーフティの役割を持つスキルだった。
レベル1の一般人の『腕力』は、5から10しかないのに比べて、今の俺は『統率』も加味して4000近い数値を持っている。モンスター相手ならば一切の容赦はいらないが、ふとした拍子に彼女達や周囲の人間を傷つけてしまわないか非常に気を使って生活をしていた。
一般的なベテランの冒険者は、徐々に強くなっていくステータスに合わせて力加減を覚えていくものだけど、俺の場合はそれを覚える間も無く急激にステータスが跳ね上がってしまったのだ。おかげで彼女達と深い関係になる直前に、このスキルが得られたのは僥倖だった。
これがあることで、私生活でも自身のステータスを一般人よりちょっと強い程度のレベルにまで抑える事が出来たのだった。
で、なぜこんな話をしたかというと、今もまさに『弱体化』を絶賛発動中なのだ。
『腕力』だけ100程度に抑え、他のステータスはデフォルトのまま。なのでユズルさんからはしてみれば、どんなに力を込めても俺はどこ吹く風で、反撃する力はないというアンバランスな相手に見えただろう。
けど、反撃しないままでいては、力のない弱い奴だと勘違いされてしまう。言葉で納得させられないなら、身体で覚えてもらうしかない。
「アヤネ」
「はい旦那様」
とくに慌てるでもなく、近くで見守っていた余所行きモードのアヤネを見る。
「おい貴様、俺を差し置いて何処を見ている」
「これ、へし折っても良いかな?」
「尊厳もろともお願いしますわ」
「よし」
婚約者の許可が出たし、『弱体化』を解除して握り返した。
「……ぐっ!? 貴様、スキルを!」
「スキル? そんなの使う訳ないじゃん。ああ、握手程度で使いたいならどうぞ?」
そのまま徐々に力を込めていくと、相手の手から骨が軋む音が鳴り、義兄の苦悶の声が聞こえ始めた。
「ぐうぅぅぅ……!」
ユズルは必死に耐えつつ反撃しようとするが、強く握り返された経験は少ないんだろうか。すぐに片膝をついて、歯を食いしばっている。
……痛めつけるのは好きじゃないし、そろそろ許してやるか。
パッと手を離すと、ユズルは自分の手を庇いながらフラフラと立ち上がった。
「貴様、力を抑えていたのか」
「真の強者は力を見せびらかすんじゃなく、隠すもんでしょ? 師範代からはそう聞いたけど」
武術の先生の言葉だ。
宝条院家もお世話になってる武術の先生なのだから、ユズルさんもその教えは受けてるはず。
「……! そうだな。その通りだ」
ん? なんだ、随分と物分かりが良いな。
改めて彼をみやれば、先ほどまでの尊大な雰囲気は霧散していて、柔らかい空気を纏っていた。よくわからんが、少しは認めて貰えたのだろうか。
ユズルさんはお付きのメイドさんから治療を受け、改めてこちらをみた。
「君のレベルを聞いても良いだろうか」
「アイラ」
「はい、ご主人様」
アイラに紙を貰い、ささっと『204』と書き込み手渡す。今までの俺ならぺろっと口で答えていたかもしれないが、それは駄目だと師範代に先日教えて貰ったばかりだ。紙を見たユズルさんは驚きつつも口には出さず、そっとこちらに返してきた。
とりあえずこれはアイラに処分してもらうとしよう。
「確かにそれほどの実力があるのならば、第二の副隊長という座は役不足だな」
「役不足以前にやる気ないので勧誘は勘弁願えますかね」
「だが、優秀な君を野放しには出来ない。必ずや君に相応しい役職を用意すると約束しよう」
「いや、だから」
「ではまた会おう、弟よ。パーティーを楽しんで行ってくれ」
「おい話聞けよ」
こちらの制止の声もむなしく、馬鹿兄貴は足早にどこかへと行ってしまった。
なんだったんだあいつは。
「……はぁ。なあアヤ――」
「さっきの貴方、凄かったわ。ユズルをあんな風に追い払うなんて」
「そうねぇ。なよっとしてる割には、結構やるじゃない」
そう言って俺の両腕に柔らかい物を押し付けつつ、二人の美女が挟み込んできた。彼女達は確か、サクヤさんと一緒に現れて、ユズルの後ろに控えていた人達だよな。前に出てこないからメイドの人達かとも思ったが、ドレスを着ている以上やはり宝条院家の人間なんだろう。
つまり、馬鹿兄の次は義姉の2人というわけか。
「初めまして。宝条院家長女、タカネよ。力強い人って好きよ」
「あたしは宝条院家次女、ユキネよ。ねぇ、あたし達とお話ししましょうよ」
「そりゃどうも。でも話は――」
「よく見ると、貴方可愛い顔してるじゃない」
「そうね。それにユズル兄さんを退ける力を持ってるもの。あっちの方も期待出来そうだわ」
後ろにいるアヤネを呼ぼうにも、彼女達は矢継ぎ早に言葉を投げかけて来て、俺に余裕を与えないつもりらしい。タカネさんは上半身を、ユキネさんは下半身を密着したまま撫でて来る。
少し前までの俺なら、こんな風に美女に囲まれて耳元で囁かれたらドギマギして動けなくなってたかもしれない。けど、そういうのはこの間の旅行で散々彼女達にやられてきたしな。
俺もだいぶ耐性が出来たというか、慣れたというべきか。それとも愛しの彼女達ではないからそこまでときめかないと見るべきか。ともかく、彼女達の攻勢に対して俺の心は酷く冷静だった。
「すみません、俺には大事な婚約者達が居るのでそういうのはちょっと」
そうやんわりと断ると、彼女達は驚いたような反応を見せる。この反応、俺ってチョロイ奴だと思われてた?
だが俺の塩対応に火が付いたのか、彼女達はもっと身体を押し付けてきた。
「私達、魅力ないかしら?」
タカネさんは一切の隙間が無いほどに身体を密着させ、首元に抱き着いて来た。強制的に顔を向けられ、否が応でも谷間が強調されたドレスに目が行く。透き通るような肌に、長いまつ毛に泣き黒子。気を抜くと吸い込まれてしまいそうな瞳。これがあの『魔女』の娘なのか……。
だが、少し嫌な感じがしたものの、サクヤさんほど心を鷲掴みにはされなかった。俺の心が強く拒絶している。
「申し訳ないですが」
タカネさんの抱擁から抜け出すと、今度は次女のユキネさんが俺の手を掴んで自分の豊満な部分へと無理やり押し付けてきた。
「ねえ、今ならこの身体を好きにして良いのよ。だから、奥の部屋に行かない?」
「間に合ってます」
「そんなっ!?」
確かにこちらも魅力的なお誘いではあったが、浮気をするつもりはない。それもこんな公衆の面前で。いや、誰もいないとしてもしないけども。あと、これは香水か? 甘くて脳がとろけそうになるが、既視感と共に忌避感を感じさせた。
邪念と共に邪気を払うつもりで俺は頭を振るう。
「……やっぱり、
「失礼な」
やっぱりってなんだよ。やっぱりって。
そう思っていると、アヤネが姉達との間に割って入って来る。
「旦那様はわたくしだけでなく、先輩方もアイラも等しく愛してくださっていますわ。ですので、お姉様達に靡いたりはしません。お引き取り下さいませ」
「「んなっ!?」」
毅然とした態度で言い放つアヤネの足はわずかに震えて見えたが、頑張って戦う姿に俺は思わず抱きしめてしまった。
「アヤネはいい子だなー。よし、皆の所へもどろうか」
「はい。お供いたしますわ、旦那様っ!」
俺達は唖然とする義姉2人を置いて、遠くで見守っていた大事な家族のもとへと向かった。
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