ガチャ143回目:受け流す技術

 キラーラビットを100体討伐し終えた俺達の前に、そいつは現れた。


*****

名前:マーダーラビット

レベル:40

腕力:240

器用:300

頑丈:120

俊敏:420

魔力:450

知力:30

運:なし


装備:なし

スキル:俊足Ⅱ、迅速Ⅲ、暗殺術Lv1、限界突破

ドロップ:マーダーラビットの逆刺の鋭角、マーダーラビットの強化革、マーダーラビットのトロフィー

魔石:大

*****


 あいつの角、通常個体と違って捻じれてはいないけど、よく見ると無数のかえしが付いてるな。あれを無理やり引き抜こうものなら、傷口がボロボロになるだろ。

 この兎シリーズ、どいつもこいつも殺意高すぎるんだよな。


『ギゥゥ……!』

「まあ、順当な強化かな」

「ご主人様」

「分かってるって」


 油断は禁物、ってことだろ?

 ま、あの角を見て油断はしないって。


 ……ん?

 気のせいか? 奴の角、何だか妙な違和感を感じるな。


 そう思って目をこすると、その隙をつく形で目の前にいた『マーダーラビット』が姿を消した。慌てて気配を追うと、通常タイプと同じく側面から攻める腹積りらしい。『暗殺術』の効果か、元のと比べても死角への潜り込みが上手い。

 より鋭く凶悪になったその角で、俺の身体を抉りたいようだがそうはいかない。


『ギャリン!』


 剣で受け流そうとして、角と接触した瞬間。俺の全身を得体の知れない衝撃が襲った。


「ぐっ!?」

「旦那様っ!」

「お、らぁ!」

『ギッ!?』


 衝撃に動揺をしてしまったが、優先順位を見誤ってはいけない。俺は相手の勢いと『体術』を使って、明後日の方向に投げ飛ばした。剣での受け流しだけでは弾けないと『直感』が告げたからだったが、その判断は間違っていないようだった。

 幸い、このフィールドに余計な観客はいない。奴は勢いをそのままに、近くに生えていた木へと激突した。その激突音は凄まじく、まるでドリルが突き刺さったかのような耳障りな音を発していた。


「なんだ、今の攻撃は……」

「旦那様、ご無事ですか!?」

「平気だ! あまり前に出るなよ」

「はいですわっ!」


 身体のあちこちを見回すが、怪我らしい怪我は見当たらない。だと言うのにあの衝撃と、腕に残った痺れのようなものが、俺の不安を掻き立てる。


「……ご主人様、次は私がお受けしても?」

「何か予想がつくのか? 気をつけてな」

「おまかせを」

『ギウウウ』


 アイラが前に出たところで、体勢を立て直した『マーダーラビット』が、彼女を攻撃対象と定めた。


『……ギッ!』


 『迅速Ⅲ』の効果か、少し離れた位置にいる俺ですら見失いかねない速度で、奴は動いた。アイラからすれば死角に入られたはずなのだが、彼女はさも当然のように奴を目で追い、その角を短剣で受け流した。

 先程の俺と比べても、より洗練された受け流しに見惚れていると、気付いたら奴は木の根元へと、頭から突っ込んでいた。しかも、先ほどより威力が分散しなかったのか、より深く刺さっている。あれだと、抜け出すのに時間を要するだろう。


 それにしても、あれだけ頭から何度も激突してもピンピンしてるなんて、見えていたステータス以上に『頑丈』だな。

 もしかして奴の『限界突破』のスキルは、丸ごと全部あの角や頭に集約されていたりしないよな?


「……なるほど」


 手の感覚を確認していたアイラは、答えを見つけたのか満足げな顔をしていた。


「恐らく、スキルにない系統外の特殊能力持ちですね。奴の角から放たれる衝撃は、受け止めた物質に留まらず、貫くようです。さしずめ、『振動貫通』と言ったところでしょうか」


 アイラの言葉には納得がいった。ダメージこそなかったが、あの痺れは身体全体を貫くものだった。

 それに、俺の感じた違和感も、彼女は見通していた。


「振動?」

「奴の角をよくご覧になってください。静止しているかのように錯覚してしまうほど、高速で振動しているのが見えませんか?」

「……ほんとだ」


 あの時感じた違和感は、これだったのか。『知覚強化』で感覚が鋭くなったおかげで違和感に気付けたが、言われてようやく気付くんじゃ意味ないな。

 それにドリルと称したのも、あながち間違いではなかったか……。回転するドリルを剣で受け流すなんて真似、不可能に近いだろう。だから俺の『直感』は警戒信号を発したわけだ。


 ……だが、アイラはやってのけた。

 

「さてご主人様、奴の危険度合いは今ので十分伝わったはずですが、どうされますか?」


 それは、動画を見る人達に向けて、ということだな。

 なら後は、決まってる。


「当然慣れるまで続ける。せっかくの機会だから、アイラ並みに完璧に捌けるようになっておきたい。さっきの受け流し、もう何度か見せてくれる?」

「畏まりました」


 そこから、アイラによるスパルタ教室が始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



【マーダーラビットのトロフィーを獲得しました】


【レベルアップ】

【レベルが54から57に上昇しました】


「ふひー、疲れたー……」


 煙になって四散する『マーダーラビット』を見届けると同時に、俺は大の字になって寝転がった。訓練時間は30分ほどだったと思うが、俺の体感時間はそれの数十倍はあった気がする。技を真似るって、口で言うのは簡単だけど、実際にやるとこんなにきついのか。

 『直感』と『予知』に加え、『体術』『剣術』を駆使して動きをトレースすることで、なんとかモノに出来た。アイラは短剣で、俺は長剣ということもあってその辺の差異は戦闘中に無理やり修正するしかなかった訳だが……。


 ああ、頭が痛いし糖分も欲しい。


 それに、モノにしたとはいっても完璧には程遠かった。所詮最低限の動きを真似ることが出来ただけの付け焼刃のようなもの。俺の動きは、見惚れるようなアイラの美しさとは比べるまでもない。

 今後も鍛錬あるのみだが……。


 今は、考えたくない。

 しばらくここから動きたくない。


 目を閉じると、心地よい疲労感に襲われる。そんな中、彼女達から労いの言葉がかけられた。


「短い訓練時間でしたが、ご主人様の吸収力には驚かされるばかりです。あれほどの動きが出来るのであれば、近いうちに会得することも可能でしょう」

「旦那様、お疲れさまでしたわ」


 頭を持ち上げられ、柔らかい物が敷かれる。目を開けると、アヤネの顔が近い位置にあった。


「えへへ。わたくしもやってみたかったのですわ」


 ……ああ、膝枕か。

 手を伸ばして、彼女の頬を撫でると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。


「旦那様の疲労は、わたくしが癒してみせますわ」

「ああ、ありがとう……」


 疲労と、丁度良い心地よさから睡魔に襲われ、俺は目を閉じた。


「おやすみなさいませ、旦那様」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 目を覚ますと、甘い香りが鼻孔をくすぐった。

 ゆっくりと起き上がって辺りを見渡すも、場所は変わらず林の中にぽっかりと開いた謎の空間……レアモンスターの出現地点だった。


 だというのに、アイラはどこからともなくカフェテーブルとお洒落な椅子を取り出していた。まるで、緑豊かな庭先でお茶会が開催されそうなその様子に、俺は面食らった。

 テーブルには、当然のようにケーキと紅茶が並べられている。


 ……ここ、ダンジョン、だよな??


「ご主人様、おはようございます」

「……あ、ああ。おはよう?」

「お嬢様を起こしてくださいますか。ご主人様の寝顔を見ていたら、一緒に眠ってしまったようで」


 振り返ると、アヤネは座ったまま眠りこけていた。

 ああ、もう。アヤネも寝転がれば良かったのに、律儀に膝枕を続けて……。可愛い子だな、本当に。


 そうしてアヤネを優しく起こして、俺は心と身体が猛烈に欲していた糖分を、めいいっぱい摂取することにした。

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