ガチャ104回目:黄金の香り

 そしてその格好のままでいると、マキが落ち着いて来たのを確認したアイラが咳払いをした。


「では、話はまとまったようですし、精算を済ませてしまいましょう」


 そう言って、懐から今回の戦利品を取り出した。

 マキがゆっくりと俺から離れ、受付嬢としての顔に戻った。


「精算って、用途の分からないアイテムの事か?」

「はい。『黄金の盃』は結果が出ていないとお聞きしていますので、今回は『黄金の蜜』と『黄金香』ですね」

「……こほん。先ほどの映像を見たときに確認しましたが、どちらのアイテムも、やはりデータベースに存在しません。完全に未知のアイテムですね」

「ふーん。そう言えばチェックしてなかったな。見ればわかるかな? 『真鑑定』」


 名称:黄金の盃

 説明:黄金で形作られた盃?


 名称:黄金の蜜

 説明:黄金鳳蝶が花畑から集めた、金色に輝く蜜。極上の甘味料。


 名称:黄金香

 説明:ゴールデンなフレグランスを楽しめる香水?


 ……ん? なんだ? 説明文にクエスチョンマークがついている??

 まだ手持ちのアイテムは、ほとんど『真鑑定』していないから、これが何を意味するのかわからないが……。たぶん、今のレベルでは見れない情報があるんじゃないだろうか。それを考えれば、盃にも何かしらの隠し効果がありそうだな。

 あと『黄金香』も。けど両方とも、悪い気配はしてないんだよな。


 出てきた説明文を彼女達に説明し、『黄金の蜜』へと手を伸ばした。


「まずは『黄金の蜜』から試してみるよ」

「え、ショウタさん!? 危ないですよ!」

「平気平気。アヤネ、毒だったら治療よろしく」

「は、はいですわ!」


 このアイテムは、ドロップしたその瞬間からジャム瓶のようなものに入っているので、キャップを外し、指につけて舐めてみる。


「……あっま!」


 こういう、花の香がする蜜を、花蜜って言うんだっけ。

 くど過ぎない上品な甘みと香りが口の中いっぱいに広がり、鼻腔を蕩かす。貧乏舌だからどうコメントしていいかわからんが、とにかく美味い。

 とりあえず、次からは砂糖の代わりに使ってみるのもありかも。


「……特に問題ないと思う。皆も舐めてみて」


 皆が恐る恐ると言った様子で手を伸ばし、『黄金の蜜』の甘味を堪能していた。


「アイラ、次から紅茶に入れてみてくれる?」

「はい、承知しました」

「美味しかったら、また狩りに来よう」


 さて、次は『黄金香』か。

 これもまた、不思議なことに人に振りかける事を前提としたかのような、バルブ付きの容器に入っていた。使うどころか持った事すらないので、おもむろに掴んでみたのが間違いだった。


『プシュッ』


「うわっ。ぺっぺっ!」


 持った場所が悪かったのか、中の香水が顔面にクリーンヒットした。

 うーん……? 香りは、最近何処かで嗅いだことのある物だった。

 決して嫌な匂いではないが、思わず顔を顰める。一体どこで……。そう思っていると、皆がこちらを見つめていた。


「「「……」」」


 けれどそれは、心配するような目ではなく、どちらかというと、うっとりするような感じで……。

 疑問に思っていると、三者三様に息を荒げてにじり寄ってくる。


「えっ? うおっ!」


 突然アイラが背後に回り込んで、俺の両手を後ろ手に縛りあげた。


「なっ!? アイラ、なにす――」

「旦那様を見てると、胸がきゅんきゅんしますわ……」

「ショウタ君……好き」

「ショウタさん、大好きです……」

「!?」


 目は虚ろでは無く煌々と輝いてはいるが、皆、明らかに正気じゃなかった。

 顔面にへばりついたこの香り……。どこかでと思ったら、『黄金鳳蝶』の鱗粉じゃないか!!


 効果は変わっているみたいだが、俺に魅了されてる……!?


「ちょ、皆落ち着いて……! アイラも離してくれ!」

「あんっ。暴れないで下さい、ご主人様」

「ぐっ、力強っ!」


 腕は恐らく、前回見せてもらった特製の縄で縛られているんだろう。その上、アイラが加減無しに本気で押さえつけてきている為、身動きが取れなかった。

 そうこうしているうちに、3人の顔が吐息が届く距離まで近付いていた。


「んふふ、ご主人様、諦めてください。それにこの状況、抵抗する必要がありますか?」

「……命の危険はないけど、これは彼女達の意思じゃ――」

「いいえ、これは彼女達の意思ですとも。ただ、今まで我慢して、抑えつけていたものが解き放たれただけです。皆様、ご主人様ともっと繋がりたいと思ってるのは本当ですから」


 まあ俺も、この状況は嫌ではない。むしろ嬉しい気持ちもある。薬のせいで興奮しているというところは頂けないが。

 それにしても……。アイラ、随分と理性的に喋るな?


「アイラ、お前正気だろ」

「……はて、なんのことでしょう」


 めちゃくちゃ白々しいな。


「さっき魅了にやられて反省したお前が、そう簡単に同じ手にかかるとは思えない」

「ふふ。過分な評価、ありがとうございます」


 やっぱ素面だったか。


「だというのに、なんでそっち側にいる訳?」

「それは勿論、こうでもしないと進展しなさそうだからです。ご主人様はダンジョンに夢中で、奥方様達はそれを支える事で幸せを享受していますが……。このまま放っておけば、数年経っても関係性に変化は訪れません。ご主人様も、それは自覚なさっておいででしょう?」

「む……」


 アイラから、暗に劇薬を使わないと関係は進展しない。そう断言されてしまった訳だが、反論できなかった。

 女の子と付き合うのも初めてなのに、それが急にこんな美少女や美人が4人まとめてだもん。

 どう接して付き合っていいか、いまだに距離感が掴めていないんだよな。


「ではそろそろ、お喋りはお終いにしましょう。3人とも、お預けを食らって飢えた獣のようになってきていますから」


 見れば、3人とも息を荒げて辛そうにしている。けれどその目は、ハッキリと俺を捉えていた。彼女達からはいつも以上に良い匂いがしていて、俺も一度知覚したら、目が離せない魔力がそこにはある。

 これも『黄金香』の副作用だろうか。


「さあ皆様、ご主人様の許可が出ましたよ!」

「「「~~~!!!」」」


 その瞬間、アキもマキもアヤネも、声にならない声を上げ、一斉に飛び掛かってきた。


「ショウタさん、ショウタさん!」

「好き好き好き好き好き!」

「ポカポカですわ〜」


 ああ、一応3人とも、すんでのところで我慢するくらいの理性は、残っていたんだな。


 代わる代わるに顔のあちこちを啄まれながら、俺はそんな風に考えつつも、貪られる現状を受け入れることにした。

 これも役得だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「作戦成功ですね。これで、今後はキスに対するハードルが急激に下がったことでしょう」


 ツヤツヤとしたいい笑顔でアイラが告げた。

 やっぱり、アイラは『黄金香』の効果がどんなものか予想はついていて、あえて黙っていたな。因みに他の3人は、つい先ほど目を覚まして、真っ赤な顔で撃沈していた。

 キスラッシュの猛攻に慣れてきて、俺が反撃し始めたところで意識が戻ったもんなー。あの時バッチリ目が合っていたし、しばらくは皆、再起不能だろう。


「お嬢様の事は存じておりましたが、アキ様もマキ様も、やはり初心ですね。異性に対して免疫が無さすぎます。私としてはの展開も期待していたのですが……」

「いくらなんでも、それはやりすぎでしょ」

「そうですか?」

「そうだよ。いつかそうなればとは思わないこともないけど、その先は薬なんて無しに、普通にさせてくれ」


 俺が放った言葉を受けて、皆がぴくりと反応し、ゆっくりとこちらを見た。目が合うと顔を背けられたが。


「……仕方がありませんね。周りから割り込まれない為にも肉体関係の構築は急務でしたが、気持ちが無ければ意味が無いのもまた事実。今回はこの辺で、満足しておきましょう」


 そう言ってアイラは、ハードルが下がった事を実現するように、唇同士のキスをしてきた。


「んむっ!?」

「「「……!!?」」」


 先ほどのような勢いに任せた行為とは異なり、想いのこもった不意打ちに、ドキリとする。撃沈してた3人は、その場面を見て少し悔しげだった。


「んふ。では改めて『黄金香』の効果をまとめておきました。媚薬……とまではいきませんが、フェロモン増加の効果がありますね。『黄金鳳蝶』の鱗粉と比べ、香りや効果が劣っています。恐らく、原液を希釈したマイルドバージョンといったところでしょうか。効果時間は約30分ほど。恋人相手であれば愛情が溢れて止められないくらいのものですが、そうではない一般的な男女の間で使われた場合……。最悪、短絡的な惚れ薬に分類されかねません」

「うへぇ……」


 それってかなりヤバイ物なのでは?

 そう思っていると、同意するようにアイラは頷いた。


「はい。第二級、もしくは準一級の『危険指定アイテム』に分類されるかと」


 『危険指定アイテム』。

 それはダンジョンから得られるアイテムの中で、協会が定めた一般人に流れてはいけない禁製品の総称だ。ダンジョンから出土されるアイテムは人類の役に立つものが多いが、中には扱いを誤ると危険な代物が出てくることがある。

 俺も見るのは初めてだが、実際に体験した以上危ないことがよく分かるな。


 てか、それが分かった上で主人に使わせたのか。このメイドは。


「協会への報告は必要だよね」

「はい。ですが後回しでいいかと」

「え、なんで?」

「報告すれば『黄金鳳蝶』に対して『討伐危惧種』などの指定が施されて、狩りが禁止になる可能性がありますよ」

「げ。それは困る」


 『討伐危惧種』。それは戦うことで、逆に危険性が増してしまうモンスターの事を指す。例えば他所のダンジョンには、撃破すると香りを出して周囲のモンスターを呼び寄せるといった、困った性能をしたモンスターもいるらしい。

 今回の場合は禁制品が増産される懸念がある以上、狩ってはいけない対象に含まれかねないというものだ。


 『黄金鳳蝶』を禁止にされると、『黄金蟲』も連座して禁止にされてしまう可能性がある。『黄金の種』の量産計画も頓挫してしまうし、『黄金の蜜』は本当に美味しかったから集めておきたい。こっちには別段、中毒性とかなさそうだしな。

 スキルも有用だし……。うん、お口にチャックだな!


「それじゃ、皆、内緒ね!」

「あ、ショウタさん。それでもお母さんと協会長にだけは、伝えさせて下さい」

「ええー。でも『討伐危惧種』に指定されると困るし……」

「はい。ですがそれによって、ショウタさんの活動に支障が出ることの方が、協会にとっては痛手となります。Aランクであれば、協会から『討伐危惧種』の討伐許可も得られますので安心してください。『黄金香』の扱いに関してのみ厳重注意が出されるかもしれませんが、禁止にはさせません」

「もしも第三者からバレた場合、どんな横槍が飛んで来るか分からないからね。こういうのは、協会を間に挟んで責任を分割しておいた方が後々楽でいいのよ」

「……そういうことか。分かった、その辺のバランス調整は2人に頼むよ」

「はいっ。任せて下さい」

「お任せあれー」


 そう言って微笑む彼女達は、まだ顔に朱色が残っていたが、見惚れるほど美しく見えた。

 あー、さっきのアレもあってか、めちゃくちゃ意識しちゃうし、皆の事がもっと好きになったかも。

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