ガチャ079回目:綺麗事ばかりではないらしい
弓を持った女は、睨む俺をあざ笑うかのように続けた。
「強いヒルズウルフに襲われるなんてとんだ災難だったわねー! それに、私が助けなければ危ない所だったわ。あ、礼は要らないよ。代わりに、そのドロップアイテムを貰うから。トドメを刺したのは私なんだし、当然の権利よね。あははは!」
「なあ、さっきのモンスター、異様にデカかったよな。つまり、今のってレアモンスターだったんじゃね? なら、その情報も俺らが貰っとくわ! 協会なら高く買い取ってくれんだろ!」
「「ギャハハハ!」」
連中がギャアギャアと何か言っている。
俺はその言葉を理解できず、アイラに尋ねた。
「あの人型は、新種のモンスターか?」
「いいえ、違うようです。残念ながら……」
違うのか。
「あの高笑いは、腸が煮えくり返るぞ」
「同感ですね」
アイラはいつものようにすまし顔だが、その目はとてつもなく冷たい。
「討伐しちゃダメなのか?」
「害悪な存在ですが、経験値も魔石も手に入りません。無意味かと」
それは残念だ。
「でも気持ちは晴れやかにならないか?」
「一時的にはなるでしょうが、奥方様達が悲しみますよ」
……。
「……そうか。それは避けたいな」
なら、仕方ないな。討伐は勘弁してやろう。
「返事がないってことは、良いって事ね。わかったら退きなさい。これからはFランク風情が、私達の狩場を我が物顔で歩き回るんじゃないわよ」
「あん?」
今こいつ、なんつった?
「おい、誰がFランクだって?」
「あんたのことよ。この万年Fランクのスライム野郎!」
「てめえがFランクなんて誰もが知ってるんだよ! あの辺境じゃ誰もいなかっただろうが、チョロチョロ動いて目障りなんだよ! 低ランクなら第一層でこそこそとゴブリンでも狩ってな!」
こいつら、さては朝の行事を知らないのか? そういえば第二層に降りたときから、こいつらこの場所にいたよな。なら、ナマの情報を知らないのか。
それと気になる発言があったな。アイラにこっそりと聞くか。
「アイラ、狩場にはランク制度なんてものがあるのか?」
「推奨レベルというものはあります。ですが、目安に過ぎません。彼らはそれを笠に、論点をすり替えているのかと」
なるほど。親切の押し売りかと思ったが、ただのクズだな。
「おい! 俺がFランクだから獲物を横取りしていいと?」
「はっ、勘違いすんな。危なそうだから、
「この世界はランクが全てよ。あんたみたいな低ランクに、文句を言う資格なんて無いの!」
「悔しかったらこっちまで登ってきな。ま、3年もFランク続けてるようなてめえには、無理だろうけどな!」
ただの低ランクというだけで、ここまでされる云われはない。
恐らくこの4人からは、何かで恨みを買ったのかもしれない。マキの件とか、『怪力』のスキルオーブとか、その辺かな? もしくは本当に、目障りに感じてるのかもしれないが。
ここで俺のランクをバラしてもいいが……。それだとつまらないな。
こういう手合いには、二度と絡んで来ないように、徹底的に痛い目に合ってもらおう。
「お前らが勝手に助けたと言ってるが、こっちは助けなんて求めてない。だからそれを協会に伝えれば、お前らに罰則が下るんじゃないか」
「はっ。帰って報告しようとしても無駄だぜ。てめえらは鉄装備と鎧無しの2人組だ。対してここは敵の数の方が圧倒的に多い峡谷地帯。助ける判断をするのは妥当だと判断されるぜ」
「Fランクが鉄装備してるだけで言い分は立つんだよ。諦めな!」
確かに今の俺の全身は、鉄装備に酷似した『魔鉄』一式だ。コレの知名度が低すぎるから、そこが舐められる原因の1つになったんだろうな。一応『鋼鉄』よりも上の装備なんだが、見た目に無頓着だと、こんな風にチームメンバーに迷惑がかかるのか。
これはちょっと反省だな。
あとアイラのメイド服は、そんじょそこらの鎧より圧倒的に性能が上なんだが。こいつらじゃ、それもわからんか。
「なあアイラ、こいつらはこう言ってるが、それは通用するのか?」
「場合によりけりですね。確かに言い分としては、悪くはありません。良くもありませんが」
「こういう時、ランクが低いと泣き寝入りになるのか?」
「相手の人数も多いですし、そうなるかもしれません」
それは世知辛い。ランク差と人数差は、こういった時に不利になるのか。
俺が1人で行動を続けていた時に絡まれていたら、勝ち目がなかったかもしれない。
「……で、俺達のような高ランク冒険者としては、どういう風にお灸を据えるのが好ましいんだ?」
「そうですね。まず、この会話は全て録音してあります」
マジで? 抜かりないな。
「矢が刺さった瞬間から起動させましたが、今までの発言程度では、強めの罰則は期待出来ないかもしれません。もう少し引き出す必要があるかと」
「なるほど。ちょっと小突いてみるか」
アイラもかなり怒ってくれているらしい。その気持ちは嬉しいな。
「そして引き出した後は、録音を理由に任意同行を求めます。尤も、高確率で逃げるか、この端末を奪いに来ると思いますので、その時はボコボコにしてひっ捕らえます。手口にも慣れを感じますし、前科持ちの可能性が高いです。他にも被害者がいるかと」
「了解した」
俺達がボソボソと会話しているのを、言い負かしたと勘違いしたのか、連中はヘラヘラとしながらクレータの中にまで降りて来ていた。
一応魔法使いと弓の2人は距離を置いているが、重装備の2人はもう目の前までやって来ていた。
「お前ら、いつもこんなコソ泥みたいなマネしてるのか?」
「はっ。負け惜しみか?」
「弱いお前らが悪いんだよ!」
「万年Fランクなんてゴミが、私達Dランクに楯突くんじゃないよ! さっさと道を開けな!」
男2人は俺達を押しのけ、『ボスウルフ』の亡骸へと近付く。ドロップを確認する為だろうが、ここで『ボスウルフ』の次が出たら楽しい事になりそうだな。
けどトドメがこの弓女じゃなー……。
『運』は俺の100分の1以下。出現することはまずありえないだろう。
あと、こんな状況になっても、残りの2人は現れないようだった。マップで見ても少し離れた安全地帯にいるようだし、あの剣士2人も、こいつらにとっての獲物だったのかもしれないな。
まあいいや。それもあとで聞いてやろう。
先ほどの発言で、アイラ的には証拠は十分と判断したらしい。アイコンタクトを寄こした彼女は、おもむろに録音した音声を流し始めた。
彼女の突然の行動に連中は驚き、録音データが流れるほど、その場の空気は剣呑になっていく。
『ボスウルフ』の煙は消え、そこには牙と毛皮だけが残されたが、奴らの視線はアイラに釘付けだった。
「この情報を協会に提出します。証言だけでは勝てなかったかもしれませんが、この証拠があればあなた方の方に非があるのは、明らかでしょう」
「ちっ」
弓使いが突然、俺に向けて弓を引き絞り、魔法使いも杖を向けてきた。
「その端末、こっちに寄越しな! あんたのご主人が酷い目に遭うよ」
「弓を引き絞り、こちらに向けましたね? この会話も、別の端末で録音中です。あなた方の資格剥奪は確定ですね」
さすがアイラ。またまた抜かりない。
「うるさい! さっさと寄越しな!!」
後ろの重戦士達も、ゆっくりと剣を抜いた。
「アイラ、後ろを頼めるか」
「お任せを」
「何をごちゃごちゃと!」
盗人どもがまだ何か言ってるが、俺は気にも止めず前方に駆けだした。慌てた弓使いが矢を放つが、こいつの弓の腕前は
『予知』と俺のステータスがあれば、簡単に避ける事ができた。
「なっ!?」
レベルの恩恵を受けた以上、相手はモンスターと同じく手ごわい相手だ。捕えるなら、無力化が一番好ましい。
「男女平等、腹パンチ!!」
「ゲボッ!」
「ぐぼァっ!?」
一番ムカつく弓使いと、魔法使いの男に一撃を叩き込む。
ここでも『暗殺術』が働いたのか、綺麗に鳩尾に決まった。奴らは胃液をまき散らしながら吹き飛び、何度かバウンドしてようやく止まった。
喧しかったその口からは、もう泡しか出てこなかった。
「てめえ!」
「なにしやがる!」
「それは、こちらの台詞ですね」
重装備の2人を相手に、アイラは素手で対峙した。躊躇なく剣を振るう辺り、
重装備相手に手刀でワンパンか……。ほんと強いな、このメイド。
「ご主人様。『俊足Ⅱ』と『迅速Ⅱ』の効果、ずっと有効にされていたのですね」
「まあ、効果時間の無いスキルだからね」
「これらのスキル、実は発動中ずっと『魔力』を消費するそうですよ」
「え、そうなの? 気付かなかったな」
そんな暢気な会話をしつつ、俺達は4人を縛り上げた。
アイラのバッグにはなぜか当たり前のように縄が入っているし、縛り方も履修済みのようでやり方を教えてもらった。
録音の件といい、このメイド、万能すぎる。
「メイドですから」
「こんなメイドが何人もいてたまるか」
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