骨壺
「お父さんはまだ帰ってこないのかしら?」布団に包まれていた母親がちょっと顔を覗かせて訊ねる。もう、幾度となく繰り返されてきた会話である。が、彼女の虫食いだらけの脳髄は多くの機能を失っている。父親が亡くなって久しい歳月が経っているが、僕はいつも通りの曖昧な解答で
この二人は本当に愛し合っていたのかと疑問に感じない日はない。また、
愚痴を垂れ続ける母親を寝かし付けた後、すっかり伸びきってしまっただろうインスタントラーメンを
砂を噛むような食事を済ませるとポケットの中をまさぐり、タバコの箱を取り出した。その拍子に一枚の紙片がハラリと床に落ちた。それは
「ここにあなたを救ってくださる方がいます。お母様を連れて行ってください。」
紙面には
――こんなものが役に立つとは思えない。誰かが救ってくれるなんて考えは捨てたんだ。それよりも、明日は朝一番で職業安定所に行って仕事を探すべきだ――
しかし、そのような決意は
※ ※ ※
介護士から手渡された紙片に走り書きされた住所は意外な場所を示していた。「〇〇葬儀社」と印字された看板は
自動車の助手席で
こじんまりとした受付に背の曲がった老人が座っていた。ここまで来たもののどうしたら良いものか。母親の皺だらけになった小さな手を握りながら
「何か、御用ですかな?」
僕はポケットから件のメモを取り出して老人に差し出した。すると老人は全て
「お母様のことはお任せください。これから儀式を執り行います。お母様はあの方のお導きで病んだ肉体から解き放たれることになります」
老人は受付から出ると建屋の奥に通じているらしい扉を開いた。僕は母親の小さくなった手を老人に預けた。母親は不安げに僕の顔を見上げたが、やがて全てを許したような
それから数時間後、気が付くと僕は自動車の運転席で
それにしても、葬儀屋の老人が骨壺を手渡した時に扉の隙間から見えたアレはなんだったのだろうか。子供の背丈ほどの真っ黒な
邪悪な怪物に頼ってまで自分は生きようとした自身が情けなくてしようがなかった。骨壺に収められた灰の上に涙が降り注ぐ。葬儀屋の奥に潜む怪物の
(了)
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