豊漁祈願

 全く、東京とは誘惑が多い場所でございます。大正の世になって十二年が経とうとしておりますが、一歩でも都会を出てご覧なさい。そこには暗澹あんたんたる野性が大手を振るう世界が広がっております。人々は文明人らしく振る舞っていますが、まだまだ、理性とは程遠い生き方をしているように思えてなりません。この街にやって来てから二週間が経ちましたが、僕が考えたことは大体だいたいこんな感じなのです。

 僕は浅ましい浮浪者ふろうしゃの一人に過ぎませんが、この街を行き交う人々よりもさといつもりでいます。ほんの少しだけ、目が開いているつもりでいるのです。それは野性の恐ろしさを知っているからに他なりません。たしか、あなたは雑誌記者でしたね。これから、僕が体験した奇妙な出来事をご披露ひろういたしましょう。

 

 僕は神奈川県のとある寒村で生まれ育ちました。三崎漁港みさきぎょこうから程近い所とだけ申し上げておきましょう。あの辺では十七歳を数える頃になると、次男以下は漁港に出稼ぎに行くことが暗黙の了解となっております。大体だいたいの若者はいくらかの金ができると故郷を捨てます。漁港に留まって漁師になるか、夢を抱いて東京を目指すかの違いはありますが、いずれにせよ、村にとっては都合つごうの良い口減くちべらしのようなものです。無論、僕も例外ではありませんでした。

 三崎漁港みさきぎょこうに辿り着いても職に就けるとは限りません。漁師達は外から来た者をこころよくは思わないようです。うまく乗船できたとしても過酷かこくな仕事を前にして逃げ出してしまう者もおります。漁師達が労働者に向ける視線は厳しいものでした。とは言え、彼らも決して人手を欲してないわけではないのです。村は町へ、町は都へ、若者をしちれることで食い繋いでいるのです。

 漁港を訪れてから五日後に小型動力漁船の水夫として働くことになりました。僕は日雇い労働者としては破格な給与を保障されたことに浮かれて、疑う心をすっかり忘れていました。僕を雇った漁師達は港町でもっときらわれた集団でした。奇妙な風体をした人々で、潮風にねぶられた肌はかさのように荒れて、鼻が曲がる程の腐臭を漂わせていました。全く、あのような呪われた風貌の人間を見たことがありません。

 ああ、忌々いまいましい。僕は一ヶ月前まで彼らに入り交じって仕事をしていたのです。思い出すだけでも怖気おぞけが立ちます。金の魔力とは恐ろしいものです。僕は彼らをほとんど信用していたのですから。欲望は空を一直線に飛ぶ鳥のようなものでございます。

 そのような折に事件は起こりました。たしか、八月七日の夕刻だったと記憶しております。その日は、早朝に三崎漁港みさきぎょこうから船を出して、日暮まで銚子沖ちょうしおき鮪漁まぐろりょうをする予定でした。過酷かこくな仕事ですが、四十円の特別手当が欲しくて船に乗り込みました。欲望が目をくらませていたのです。釣果ちょうかがなくとも金を支払うという船長の言葉を怪しむべきでした。

 漁は順風満帆じゅんぷうまんぱんに進みました。不思議なことに、彼らの仕事はいつだって成功に終わるのです。まるで、何かの加護かごを受けているように魚が獲れます。その日も大漁の旗を掲げて漁港に帰ることになると確信していました。

 真っ赤な太陽が水平線に沈もうとしている時分になって、僕の握っていた釣竿つりざお獲物えものが食らいつきました。僕は竿さおを立てて獲物えものの大きさを計ろうとしましたが無駄でした。くじらでも釣っているのかと思うほどの重みを感じました。天蚕糸テグスを緩めなければ竿さおごと体を持っていかれるほどに獲物えものは巨大でした。

 ええ、僕を助けようとする漁師はいませんでした。そればかりか、船から海に引きずり込まれようとしている僕の姿を見て、彼らはゲタゲタと笑っていたくらいです。事態が焦眉しょうびきゅうに至っていることは明らかなはずなのに、彼らは物見遊山ものみゆさんでもするかのような暢気のんきさで眺めているのです。

 

「おお、海原うなばらべる偉大な父――ダゴンよ。我々に豊穣ほうじょうを約束したまえ。我々は貴方あなたかしずきます!」

 

 突如とつじょ、漁師達の一人が叫ぶように歌い始めました。得体の知れない化け物と格闘することになり、僕はほとん恐慌状態きょうこうじょうたいおちいっていました。それに、漁師達の異様な賛美歌さんびかを耳にして混乱に拍車はくしゃが掛かりました。「生贄を捧げよ!」という誰かの怒鳴どなり声を聞くと同時に、海に飛び込んだことまではわずかながらも覚えています。

 その後のことは不鮮明な記憶しかございません。ただ、あけまる波頭なみがしらを掻き分けて泳ぐ巨大な影を見たような気がします。

 

 八月九日の朝、銚子沖ちょうしおきを漂流していたところを漁船に救助されました。半死半生はんしはんせいの状態でしたが、心尽くしの介抱のおかげで、何とか一命を取り留めたという具合です。

 三崎漁港みさきぎょこうに帰るわけにもいかず、逡巡しゅんじゅんした末に東京を目指すことにしました。ここなら追っ手をけむくのも幾分か容易たやすいように思えたからです。

 しかし、何処どこに逃れても悪夢だけは影法師かげぼうしのようにまとうものでございます。眠れない夜、僕は時々、こんな風にも思うのです。自分が生き長らえたことはあやまちだったのではないか、と。

 

                                 (了)


                              



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