二十刻 思い人
懐かしい音色を聞くたびに、思い出すのは優しい母の姿と、愛おしい、ただ一人の守りたい人の姿だ。繊細な音色を奏でる母の指先と、無邪気に笑うあいつの顔。
守るためなら嫌われてもいいと思っていた。嘘をつき続けることも、隠し続けることも、すべて背負ったままでもいいから、そばにいたいと。そんな身勝手を、あいつは許してくれるだろうか。
隠れて泣いていた弱い俺に、手を差し伸べてくれたその日から、誰よりも大切で、誰よりも守りたかった。それが、叶わぬ思いだとしても。
俺の両親は月光本家の神子だった。とはいえ、俺は父の顔を見たことがない。俺が生まれる前に、父は禍ツ神に喰われて死んでいた。
母は神子であったが身体が弱く、前線に立つような人ではなかった。それでも幻燈の家の子である俺が、月光当主である尊様に目をかけてもらえていたのは、三年前に亡くなった尊様の奥様、
母と親しかった蘭様は早くに父を亡くした俺のことを気にかけてくださり、女手一つで俺を育てるのは大変だろうと、よく俺の世話をしてくれた。尊様もまるで本物の孫のように接してくださり、父がおらずとも、俺が寂しい思いをすることはなかった。
だが、もともと身体の弱かった母は、俺が十歳の時に病床に伏せ、その容体は日に日に悪くなり、回復に向かうこともなく、そのまま俺を置いて逝ってしまった。
幼かった俺はその事実を受け入れることが出来ず、来る日も来る日も母の姿を探し、いないことに気が付いて泣き喚いた。そのたびに、悲しげな表情を浮かべる蘭様が優しく俺を慰めてくれたが、その優しささえ突き放すほど、唯一の肉親を失った事実は、幼い俺にとってあまりにも辛いことだった。
母の姿を思い出すたびに、真っ先に思い浮かぶのは、蘭様と共に楽しそうに縦笛を吹く姿だった。母は幼かった俺にも縦笛を与え、熱心に教え込んだが、その期待に応えられるほど、幼かった俺が上達できていたかはわからない。それでも、母が楽しそうに教えてくれるのが嬉しかったし、どんなに下手くそでも褒めてくれる母と蘭様と共に笛を吹くことが楽しかった。
その思い出を抱えて、母にもらった形見の縦笛を胸に抱いて泣いていた。笛を吹くたびに母の姿を思い出して悲しくなり、それでも笛を吹かないと悲しみに押しつぶされそうだった。心配してくれる蘭様に罪悪感を覚え、物置部屋に隠れながら、母に教えてもらった曲を小さく吹いて、涙を流し続けるばかりだった。
「なにしとるん?」
ある日、急に開いた物置の扉と、目の前に現れた同じ歳ぐらいの少女に驚いて、笛を取り落しそうになった。
「なんで、泣いとんの?」
薄い茶色のサラサラとした髪をなびかせ、目が覚めるような赤い着物を着た少女。栗色の釣り目がちな瞳に、弱々しい俺の姿が映っていた。
「どっか痛いん?」
少女はしゃがみ込み、動揺してなにも言えない俺と目線を合わせた。そして俺に向かって両手を伸ばすと、俺の頬に柔らかい手が触れて、優しく涙を拭った。
「いた~い、いたいの飛んでいけ」
少女が優しい笑みを浮かべながらそう言ったが、俺の涙はとうに引っ込んでいて、目の前の少女を見つめることしかできなかった。
「それ、笛?」
少女が、俺が手に持っていた縦笛を指さす。涙が引っ込んだ俺は、相変わらず言葉を発することこそできなかったが、小さくうなずいた。
「吹けるん? すごい!」
少女は無邪気に目を輝かせる。その様子に嬉しくなって、俺はようやく声を発した。
「吹こうか?」
「ほんまに⁈ 吹いてや!」
少女はわくわくした眼差しで、俺の笛を聞く姿勢になり、俺はドキドキしながら笛に口をつけて、母と何度も練習した曲を吹き始めた。懐かしい音色が部屋に響き、少女はうっとりとした様子で聞き入っていて、その表情に何度か指を間違えて変な音を出したが、少女は目を閉じて聞き入っていた。
曲が終わり、俺が笛から口を離すと、少女は突然俺の両手を掴み、目を輝かせながら、興奮した様子で言った。
「すごい! すごいなあ! めっちゃ上手!」
その勢いに圧倒されながら「あ、ありがとう」と小さく呟くと、少女は満足げに笑い、笛を見た。
「うちも、できるかなあ?」
「……吹いてみる?」
母の形見である縦笛を人に差し出したのは、後にも先にもそれが最後だった。少女は嬉しそうに「ほんま⁈」と目を輝かせ、俺から笛を受け取ると、小さな唇で歌口を咥え、恐る恐るといった様子で息を吹き込んだ。
その瞬間、情けない下手くそな音が出て、少女が慌てて口を離す。お互いに目を見合わせ、声を上げて笑い出した。まだ涼しさの残る初夏の昼下がり。幼い二人の笑い声が、小さな物置部屋から聞こえてくる。
その赤い着物を着た無邪気な少女こそ、当時の宝刀当主だった神崎虎太郎の一番弟子であり、現宝刀当主の不知火沙乃だった。
沙乃と親しくなるのに時間はかからなかった。沙乃の笑顔が、苦しみも、辛さも、すべて忘れさせてくれた。無邪気に俺の手を引いて連れ出してくれる沙乃の背中を追いかけて、暗闇から救い出してくれたその手に縋った。悲しいだけだった母との思い出も、沙乃のおかげで元の幸せなものに変わった。
日の光を反射して煌めく美しい髪も、俺の姿を映し出す瞳も、きめ細やかな肌も、艶めく指先も、そのすべてが愛おしい。
だが、今となっては、その気持ちを伝える勇気も、資格も、俺にはありはしない。神崎虎太郎の隣で笑う沙乃の姿に嫉妬を露にすることは愚かしく、衣織に対して本当の姉のように接する沙乃を見るたびに、もう、あいつの隣にいることが出来るのは俺ではないのだと、幼いころ、手を繋ぎ、並んで歩いたことなどすでに過去に変わり、どんなに願ってもあのころに戻ることはできないのだと、痛いほどに理解している。
愛おしい人に嘘をつき続けると決めたのは、己なのだから。
四年前の大災厄。前宝刀当主、神崎虎太郎は忽然と姿を消し、その後の沙乃の動揺っぷりは、見ていられないほどだった。いつもはその弱さをけして表に出すことのない沙乃が、顔色を真っ青に変え、瞳に涙を浮かべながら、俺に縋り付くように問いかけてきた。
「いったいなにがあったのだ」と。
答えられなかった。ただ、泣き喚く沙乃の身体を抱きしめることしかできなかった。とても大きく見えていた沙乃の背中は、いつの間にか、俺の身体に隠れてしまうほど小さく、儚なげで、強く抱きしめれば消えてしまうんじゃないかと思うほどだった。
尊敬する師を唐突に失い、宝刀当主としての重圧を一身に背負わされ沙乃の辛さは、想像を絶するものだっただろう。それでもけして不安や辛さを表に出さず、師の背中を追いかけて、毅然とした態度で涙の一つも流さない。
悩みがあるとこっそり俺の元へ来て、伏し目がちに悩みを打ち明けていた沙乃の姿はもうなく、当主になってから、沙乃が俺の元に来ることはなかった。
そして、大災厄の次の年、もともと寝込みがちになっていた蘭様が、亡くなった。祖母といっても過言ではない存在がいなくなってしまった悲しみは深かったが、最愛の妻を失った尊様の方が、その悲しみは深かっただろう。それでも尊様は自分の役目を全うせねばならないと、次期月光当主に俺を指名した。
「お前は私の孫のようなものだ。蘭も、死ぬ前に次期当主は翼が相応しいと言っていた。私ももう歳だ。いつ死ぬかわからん。後を頼みたい」
本当に俺でいいのかなど、言えるはずがなかった。尊様は俺を信頼してくださっている。親も同然の尊様に頼みを断れるはずがない。
尊様は、俺の能力を高く評価してくれている。他の神子とは違い、神器を二つ持つ俺の守り神は、宮比ともう一人、八意思。八意思は守り神とは異なり、もとは母の形見の縦笛に宿った付喪神だった。人が大切に扱い、長年そばに置き続けたものは、もとより宿っていた小さな神が力を持ち、付喪神という神格を持つようになる。八意思は、もとは付喪神だったが、俺の守り神の宮比と共鳴したことにより、神格が守り神に変わった特殊な神であり、その能力は天候を変えるという人知を超えたものだった。
もちろん、その力を使えば消耗が激しく、神に身体を持っていかれる確率も高くなる。それでも守り神が二人いて、神器を二つ持つということは特殊なことであり、俺の力は多くの人に評価された。
母の思い出と、沙乃への恋心によってできた神。
愛おしい、ただ一人の幼馴染へのこの思いが、報われることなどないことを理解しながら、たとえ隣にいることが許されずとも、守り続けると誓った。この思いはすべて隠して、ただ、沙乃があの無邪気な笑顔を浮かべてくれればそれでいい。
俺は、あの日の真実を知っている。あまりにも残酷で、あまりにも悲しみに満ちた真実を。それを沙乃に話すことなどできない。嘘をつき続けることを決めた。それが、沙乃を守る唯一の手段だと、自分に言い聞かせて。
世界で一番愛している人に、永遠に嘘をつく。もう、無邪気に笛を吹き合ったあの頃に戻れなくても、もう、そばにいることが出来なくても、ただおまえが、笑ってくれればいいのだと。
ずっと、ずっと愛している。残酷な真実を知っているのは俺たちだけで十分だ。業を背負うのは、俺たちだけで十分だ。どれほど罵られたとしても。
遠くで、懐かしい音色が聞こえてくる。
◇
闇に包まれた空間に、美しい旋律が響く。弱々しい旋律は徐々に力強く変わり、手から離れた扇を、翼が掴み取った。
「……か……」
翼の口が小さく動き、かすれた声で呟く。翼は掴み取った扇を強く握り、背後にいる阿修羅に向かって振りかぶった。
「死んでたまるか‼」
扇から発せられた風はあたりを覆う闇を切り裂き、音を立てて空間が壊れる。目を刺すような明るさに一瞬目を閉ざした翼は、自分の身体にまとわりついていた黒い糸を引きちぎりながら、目の前で信じられないというような表情を浮かべている阿修羅に、再度扇を振った。
風は阿修羅を切りつけ、阿修羅の六本の腕の一本を切り落とした。阿修羅が驚いた様子で翼から離れる。闇に包まれた空間から抜け出した翼の身体には穴一つ空いておらず、身体から流れていた生暖かい鮮血も見当たらない。すべては、阿修羅が見せた幻覚だった。
中庭では、阿修羅に切り刻まれたのであろう白虎と朱雀が、身体中から血を流して倒れていた。かろうじて立っている玄武も、傷だらけになっている。
「……まだ、あいつになにも伝えてない……」
翼が悔しげにそう呟いたが、神獣が三体とも傷を負っている状態では、神格解放状態の翼にも負荷がかかる。翼は肩で息をしており、阿修羅はその様子を見てニタリと笑った。
阿修羅が腕を動かすと、倒れている朱雀と白虎に向かって黒い糸が伸びていき、それに気が付いた翼が玄武の名を呼ぶと、玄武が地面を揺らして地面から木々が伸び、黒い糸を蹴散らした。木々の枝が阿修羅に襲い掛かり、阿修羅がそれを避けるためにその場を離れようとして、翼が目の前に迫っていたことに気が付いて目を見開く。
翼は腕を振り上げ、扇を振った。阿修羅が扇を五本に減った腕で防ぎ、その姿が揺らいで消える。気配を感じた翼は、背後に向かって力の限り、扇を振った。
扇が受け止められ、ガキンと何かがぶつかり合う音が響く。渾身の一撃を受け止められたことに苦悶の表情を浮かべた翼は、もう一度攻撃を仕掛けようとした。
「目を覚まさんか。馬鹿弟子」
聞こえた声に翼が目を見開き、目の前で自分が振った扇を八尺瓊勾玉の光を変形させて作った剣で受け止めていたのは、尊だったことに気が付いた。驚きで声も出なかった翼は、ふいに足の力が抜けてその場に倒れそうになる。その身体を尊が受け止め、翼にしか聞こえないような小さな声で呟いた。
「よくやった」
その言葉に翼の目に涙が滲む。その時、尊の背後に現れた阿修羅に気が付き、翼が声を上げた。
「尊様‼」
咄嗟に翼が尊を守ろうとして動こうとしたが、身体に力が入らない。阿修羅は不敵に笑いながら腕を振り上げている。尊は翼の声を聞いてもなお、翼を受け止めたまま動こうとしない。
その瞬間、あたりに大きな雷の音が鳴り響き、阿修羅に向かって雷が降った。阿修羅は雷をその身に受け、甲高い悲鳴を上げる。
「遅くなって申し訳ありません。翼君。もう、大丈夫ですよ」
翼に優しく言いながら現れたのは、雷を纏った槍を持った八作だった。尊は翼の身体を支えながら端の方に連れていくと、翼をそこに座らせる。
「休んでおけ」
翼にそう言うと、尊は雷で痺れている阿修羅に鋭い眼光を向けた。八作が素早く阿修羅との間を詰め、さらに阿修羅に攻撃を仕掛けようとしたが、阿修羅はギッと八作を睨みつけるとその姿を消し、八作の背後に回り込んだ。
八作に向かって手を伸ばしてくる阿修羅に、八作は槍を頭上で一度回転させると、阿修羅に向かって薙ぎ払うように槍を振った。雷を纏った槍をくらった阿修羅の腕が一本崩れた。
「
槍が纏っていた雷が炎のように阿修羅の身体を伝っていく。阿修羅が雷から逃れるように身をよじり、八作から離れた。
『ギィィィ‼ ニクイニンゲンオロカナリニンゲンンンッ‼』
阿修羅が三つの顔を手で覆いながらうめき声をあげると、黒い糸が八作に襲い掛かり、八作の頬が切りつけられる。八作が槍を振って糸を薙ぎ払うが、糸はあたりのものを滅茶苦茶に切りつけながら襲い掛かり、八作は素早くその場から離れた。
「
その瞬間、阿修羅の身体を光の矢が貫いた。阿修羅が甲高い悲鳴を上げ、身体に亀裂が入り、亀裂から黒い煙のようなものがあたりに溢れる。
尊は静かに阿修羅に向かって八尺瓊勾玉をかざし、槍を構えた八作が阿修羅に向かっていくと、阿修羅は顔から手を外して、あたりに溢れた煙の中から赤く充血した目玉が大量に現れ、目を開いた。
目玉と目が合った尊と翼が、闇の世界に引きずり込まれる。尊があたりを見回すが、光の一切差し込まない闇が続く世界は、無音で誰の姿も見えない。八作も同様に、異様な空間に眉をひそめた。
「これは……」
八作が呟いた途端、闇の中から阿修羅の笑い声が響き、尊と八作の身体を阿修羅の無数の腕が貫いた。二人の身体から血が飛び散り、口から血が溢れる。阿修羅の腕が引き抜かれると、二人の身体には無数の穴が開いていて、地面におびただしい量の血が流れ、赤い血だまりが出来上がった。
身体中に穴が開いた二人を嘲笑うように阿修羅の笑い声が響く。身体から血を流しながら立っている二人はゆっくりと顔をあげると、違う空間にいながら同時に言った。
「
八作が何もない空間に向かって槍を突き刺し、尊が持つ八尺瓊勾玉が眩い光を放った途端、空間に亀裂が入り、音を立てて割れる。阿修羅の悲鳴が響いたかと思うと、八作と尊は元の場所に戻り、目の前にいる阿修羅を八作の槍と尊の八尺瓊勾玉の光が貫いていた。
阿修羅の身体には無数の亀裂が入っており、今にも崩れそうで、六本あった腕は四本が崩れ落ちて残り二本になっている。
『イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ』
阿修羅が苦しげに叫び、その姿が消える。八作は素早く槍を持ち直すと、尊の後ろから現れた阿修羅に向かって槍を突き出した。
「
槍から放たれた雷が獅子に姿を変え、阿修羅に噛みついた。阿修羅の身体がゴトリと音を立てて地面に落ちる。
腕が一本まで減り、身体の半分以上が崩れ落ちた阿修羅は、崩れた身体から溢れた煙を身に纏いながら、憎しみのこもった目で二人を睨みつける。三つの口が一斉に口を開き、言葉を発した。それは呪いのような言葉の羅列で、阿修羅は明確な悪意を二人に向けていた。
『ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ』
三つの口が口をそろえて近づいてくる尊に言い続ける。尊は阿修羅に近づくと、八尺瓊勾玉をかざし、八尺瓊勾玉が淡い光を放ち始めると、阿修羅が甲高い悲鳴を上げた。
「眠れ」
尊の言葉に反応するように八尺瓊勾玉は光の強さを増し、光が阿修羅の悲鳴を飲み込んでいく。目を刺すような光があたりを包み、八作と翼が目を閉ざした。
『コロセ』
最後に聞こえた声は、今にも消え入りそうなほど小さく、光が晴れると、阿修羅がいたはずの場所には手のひらほどの大きさしかない、薄汚れた阿修羅像が転がっていた。尊が八尺瓊勾玉から手を離し、八尺瓊勾玉が消えると、阿修羅像を拾い上げる。
「……崇められ、祀られ、歪められる。悲しいかな。神は人が存在する限り消えることが出来ない。たとえ、どれほど歪んでしまっても」
阿修羅像を握りしめ、尊が悲しがに呟いた。八作も静かに槍から手を離し、神器を消すと、座り込んでいる翼に駆け寄った。気が付けば翼の神器は姿を消していて、倒れていた朱雀や白虎、玄武が消えている。うなだれていた翼は八作が近づいてくる気配を感じ、顔を上げた。
「翼君、大丈夫ですか?」
八作が心配そうに問いかける。顔を上げた翼は尊を見つめて、口を開いた。
「……が……」
「え?」
「時輪美雨が攫われました」
翼の言葉に八作が目を見開く。尊は翼に鋭い眼光を向けた。
「誰に?」
「わかりません……私も衣織に聞いただけです。ですが、おそらく、邪術師の仕業かと」
「おのれ……‼」
尊の感情をあらわにした声に、八作が驚いて尊を見る。尊は表情を歪め、悔しそうにしていた。
「衣織、沙乃を神木村に向かわせました」
「私もいく。お前はしばし休んでから向かえ」
「待ってください!」
足早にその場を去ろうとした尊に八作が声をかけた。
「先ほど話していた陰魅真澄というのはいったい誰ですか? あなたは美雨のなにを知っているのです?」
尊が振り返る。その瞳はどこか悲しそうだった。
「……陰魅真澄は、私の娘だ」
「娘?」
「神子の世界に嫌気がさして、男と共に駆け落ちし、この家を捨てた私の娘。勘当同然で家を飛び出した娘を連れて行った男は、時輪という名字を持っていた」
「え……?」
八作が信じられないというような表情を浮かべる。
「時輪真澄。時輪美雨の母であり、私の娘。時輪美雨は、私の孫娘だ」
八作は声も出せずにその場に立ち尽くした。尊の普段感情の現れない瞳は、なんとも言い表せない感情をあらわにしている。
「……勘当同然で出ていった娘は消息を絶ち、探そうにも決心がつかず、気が付けば、もう戻らなくなっていた。時輪美雨だけは、失うわけにはいかんのだ」
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