■第3章

 私は最近なぜか、非常に疲れていることに気がついた。常にぼーとしている。昔みたいに元気が無い。年齢ということもあるかも知れないが少しおかしい。記憶力も著しく低下しだす。電話番号は記憶しなくなる。人の名前が出てこない。

 私は病院に行くことにした。黒縁のメガネを掛けた白髪の先生が診察室にいた。

「どうされました?」白髪の先生は一度だけ私を確認して言った。

「最近、何かおかしいんです」

「何かおかしいとは?」

「常にぼーとしていて、やる気がしないんです。そして記憶力が極端に悪くなったように感じるんです」

「んーそうですか。最近多いんですよねーなんですかねー」先生は首を傾げて言った。続けて「それではこの二十問の質問リストがあるので該当する答えを書いてください」

「はい、わかりました」私は一度違う部屋に行き書いてすぐ戻る。

「先生、書いてきました」

「はいありがとうございます。えーと該当箇所はっと、十五個ですね。んーこれは若年性認知症ですねえ」先生は質問リストから私の顔へ視線を移して言った。

「まさかっ」私はつい言葉が出てしまった。「本当に認知症なんですか?」

「はい、この数だと可能性が高いです」


 私は薬をもらおうと待っていると、何かおかしいことに気がついた。最初何がおかしいのか分からなかったが、人の目がおかしい。周りの人の目である。そう焦点があっていないというか生気がまるで無いのである。よく見ると、この薬局にいる人全員である。何かがおかしい? 薬をもらい急いで家に帰る。

 家に着いてすぐ玄関を開け妻を探した。

「喜来」返事が無い。リビングの引き戸を開ける。

「なあにい、大きい声だしてえもうっ」彼女の目をまじまじと見た。異常は無い。踵を返し階段を上がり息子の名前を呼ぶ。

「歩」ドアをノックする。応答が無い。私はしびれを切らしドアを開ける。すると息子がスマホを見ていた。急いで息子の目を確認する。焦点があっていない。私はすぐ妻のもとに行き、これまでのいきさつを説明した。

「若年性認知症って、本当なのーあなたがー、それで人の目がおかしいっていわれてもなあ」妻は信用していないようである。

「本当なんだ、何かがおかしい」

「んーあなた疲れてるのよ」

「そうかなー」疲れてると言われればそうかも知れない、最近仕事も忙しいしそう思うことでこの理由のわからない状態を自分の中で納めようとした。


 次の日、私は朝食を取って家を出た。自転車に乗り最寄りの駅までペダルを漕いでいた。暫くすると何か違和感がある。すぐには分からなかったが、そうだ人がいないんだ。人だけではない車も自転車もいない。何だあこれは! 駅に近づくと聞こえるべき音がしない。そう電車の走る音がまるっきりしない。私は駐輪所に止めずに駅のわきに駐輪して改札を急ぐ。やっぱりだ、駅員もだれもいない。電車も走っていない。私は急いでスマホを出そうとして手が滑った。スマホが下に落下した。スマホは割れなかった。すぐ拾って妻に電話する。

「もしもし」私の次の言葉の前に妻が遮った。

「もしもし、あなた大変なことになってるは、早く帰って来て」

「わかった」そう言って説明も聞かず自宅目掛けてペダルを漕いだ。

 急いで玄関ドアを開けて入ると、妻がリビングでテレビを見ていた。

 −−ええ、こちら品川駅です。ごらんのとおり、電車が走っていません。普段は通勤客でごったがえしているのに人も疎らです。そして何よりクレームを言うどころかみんな改札で突っ立っています。−−

 レポーターがテレビの中で叫びに近い声で喋っている。

「あなた見てこれ!」妻は視線をテレビに向けたまま言った。

「ああ、これはどうゆうことなんだ」私は夢でも見ているのか。そう思ってテレビのチャンネルを変えた。

 ……こちら、羽田空港です。飛行機が今上空で着陸できず旋回しております。確認できるだけでも3機の飛行機が旋回しております。……

 ……こちら、銀行です。窓口に行員がいません。ATMも動いていません。……

 −−こちら、渋谷のスクランブル交差点です。信号が機能ぜず衝突事故が起きています。……

 ……こちら、新宿歌舞伎町です。あちらこちらで乱闘が起きています。……


 ――この世は民主主義で非情である。強い者が弱い者を制する。貧富の差は開き続ける。動物の世界もまた同じ弱肉強食である。すなわちみんな悩み・不安・心配をするがこんなものは鼻から無いのである。それを早く気が付かなければなりません。なぜなら民主主義・至上主義・弱肉強食の世界である以上、これらの悩みなどは一生亡くならないということを知ることが大事である。すなわちこの世は地獄、今あなたが食べてる場所も、今あなたが寝ている場所も、今あなたが着替えている場所も悩む必要なんて無いのである――


「おい、これは大変なことになったぞ」私は妻の目を確認しながら言った。

「そうね、なんでこんなことになっているの?」

 妻の目は、まだ生気に満ちていた。さっき駅であった連中は焦点が合わず目が死んでいた。あの連中と妻とは何が違う……よく考えるんだ。息子と妻で何が違う。私と妻でも何が違う。ああ分からない。男と女で違う? これは当たり前か。ん? まてよ男と女の違い? 機械に強いか弱いか? パソコンやスマホに強いが弱いか? そうかコンピューターをよく触っているかいないかか! なるほどスマホやパソコンを良くさわる人がおかしくなっているんだ。

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