第4話 さあ王都へ向かおう


 俺に王都は遠かった。




 まず馬車乗り場まで歩いて行く途中で、腰に下げた剣が重く感じた。


 え?何これ、どうしたの俺。


 戸惑いながら歩いていると、肩に背負ったそれほど多くもない荷物まで重く感じはじめ、更に歩き続けていると、息が切れはじめた。


どうしたの、俺?


 そういえば辺境伯に「ひと月ほど城で療養すれば体も元にもどるだろう。まあ、完全に元通りと言うわけにはいかないだろうが、多少マシにはなっておるはずだ」と言われていたが、二週間もしないうちに追い出されたのだったなあ。


 粥生活からは抜け出せていたが、俺の体は自分で思っていた以上に衰えていたらしい。


 でもまあ嘆いても仕方がない。金ならいっぱいあるのだから、その辺の茶屋でちょっと休むか。


 店を探す為、辺りを見回すと、俺がいるのがまだ城の門が見える距離で、騎士達がまだ微動だにせず俺を見送っている事に気づいた。


 ええ?見えなくなるまで見送る気なのか?


 クソ真面目な騎士団長の顔を思い、さっきまで感動的な場面にいたあの騎士達の事を思うと、ここで一休みは出来なかった。


 俺は必死になって足を進め、なんとか城の門から見えないところまで進むと道端に座り込んだ。


 どうしよう、俺。


 馬車乗り場まではまだ遠かった。乗り場まで辿り着いたとしても、馬車に長旅など、今の俺に耐えられるだろうか。


 このまましばらくこの辺の宿に泊まり、長旅に耐えられるくらいまで回復するのを待つか?でも俺は早く王都に行きたい。早くあの煮込み料理が食べたい。


 早く早くという思いに急かされ、なんとか立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。



 しかしすぐ、立ち止まる事になったのだ。






 俺が歩いていたのは、城から続く大通りで、北の辺境伯領の中でも一番活気があり華やかな場所だった。人通りも多いが、行き交う馬車も多い。


 その馬車の中の一台が、一度俺を追い越した後、慌てたように止まった。


 そして止まると同時にドアが開き、中から屈強な体つきの男が飛び出してきた。


 その男は、どう見ても俺と同じ荒事の得意な冒険者なのだが、着ている服は裕福な商人のもので、なんともチグハグな感じがした。


 そのチグハグな男は真っ直ぐ俺を見つめた後、俺に駆け寄りまた見つめ、俺の周りを一周しながら更に見つめ、最後に間近で俺の目を見つめた後、指を全開にした両手を顔の近くで上下に振りながら、


「あなた、強いですよね!?」


 と顔に似合わぬ丁寧な口調で聞いてきた。


 何この人?と思いながらも正直に答えた。


「うん、まあ強いよ」


「冒険者ですね?」


「うん、そうだな」


「職業は剣士ですね?」


「ああ、そうだよ」


「歳は二十、、、六くらい?」


「最近歳を数えてないから分からないが、それくらいかもしれないな」


「旅に出るところでしょう?」


「まあ、そのつもりではあるな」


「向かう場所は王都ですか?!」


「ああ、そうだが、なんだよあんた、気持ち悪いな!占い師かなんかなのか?!」


 剣を腰に下げ旅支度した俺だが、行き先までは見た目だけでは分からないはずだ。


 気味が悪くて引いている俺の前で、男は跪き、


「ああ!この地を守る白き精霊様よ!あなたのお導きで我々は救われました!」


 と叫びだした。


 いやいや、この北の地を守っていると言われる白き精霊様なんてただのおとぎ話だぞ。


 この半年の間、必死に魔獣を切っていた俺を、一度も助けてはくれなかった。


 俺は冷めた気持ちで男を残し、立ち去ろうとしたのだが、びっくりするほど勢いよく立ち上がった男に回り込まれ、縋りつかれた。


「行かないでください!私は怪しいものではありません!強い護衛を探しているだけです!私はこの北の辺境伯領で商会の支店を任されております商人です。妻が王都の出身で、王都にいる両親を恋しがるものですから、今回、王都に向かううちの商会の商隊と一緒に、妻の里帰りをさせる事にしたんです。もちろん私も一緒です。しかし最近は魔物が増え、これまで通りの護衛をつけても、無傷で王都まで辿り着けるのか怪しいのです。可愛い妻にそんな危険な旅をさせたくない!強い護衛を増やしたいのですが、こう魔物が増えてしまっては、強い護衛は奪い合いで、なかなか見つからないのです!お願いします!あなたを護衛として雇わせてください!」


 なるほど。俺にとってはいい話しだな。


 いい話しすぎて怪しいくらいだ。


 俺はまた立ち去ろうとした。


「待ってください!料金は倍出します!」


 そりゃいいけど、今は別に金に困ってないしなあ。


「妻がいくので、使用人も一緒に行きます。あなたの身の回りのお世話などもさせましょう」


 身の回りのって言っても、洗濯ぐらいのものだしなあ


「ま、待ってください!料理人も一緒に行きます。あなたには、我々夫婦と同じ食事をお出ししましょう。野営中の料理など味気ないものばかりですが、うちの料理人のつくる料理は違います!簡単な料理でもたまらなく美味しいのです!」


 へえ、美味しいのか。


「たとえば、どんな料理がでてくるんだ?」と俺は聞いてみた。


 男は目を輝かせ、また指を全開にした手を顔の前でぐにゃぐにゃと動かしながら、熱弁をふるい始めた。


「うちの商会では、各地から取り寄せたスパイスやソースも取り扱っているのですが、うちの料理人は、それを扱うのが天才的に上手いのです!たとえば肉の塩漬けにも、スパイスがまぶしてあります。そのスパイスの組み合わせ方、まぶす量が絶妙なのです。ああ、あの味をなんと表現すればよいのでしょう!たまらない味になるのです!その肉を焼いて薄切りにしてパンに挟むも良し。シチューに入れても良し」


「良し。護衛を引き受けよう」


 即決だった。


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