第3話 旅立ちは邪魔されるものなのだ
俺の願いは聞き入れられた。
「報酬はもちろん払おう。しかしひと月ほど待て。おまえは食い意地のはった愚かで呆れ果てたやつだが、わしらの恩人であり、英雄なのだ。そんな痩せ細った体で王都への長旅をさせるわけにはいかん。城での滞在を許可しよう。ここでしっかりと食べ、しっかりと休み、体を戻せ。その間に衣装も靴もつくってやろう。お前の着ていた血まみれの魔獣臭い服は全て燃やさせた。おまえの剣もひどいものだった。よくあれで魔獣が切れたものだ。新しい剣を用意しよう。王都に行くのなら、それもよい。しかし、準備を終えてから行くがよい」
辺境伯は疲れた様子でそう言った。
すぐにでも出発したかったのだが、仕方ない。
俺は大人しく従う事にした。
それから辺境伯は、健康状態の確認を名目に俺を毎日呼びつけては、茶や食事を共にしたがった。
「しかし、その『銀の牡鹿亭』の煮込み料理は、そんなにも旨いものなのか?」
呼ばれる度に聞かれたので、毎回同じ事を話した。
あの煮込み料理の味、匂い、食感。
何度も話しているうちに、
「わしも一度食べてみたいのう」と言い始めた。
その数日後、バタバタと部屋に押しかけてきた使用人達に、新しい服に着替えさせられ、新しい剣を持たされ、長旅に必要な物がつまった袋と、たっぷりとした金貨のつまった小袋を渡され、城から追い出された。
追い出された俺と、城の門の間には、酷く怒った顔をした騎士団長と大勢の騎士達が立ちふさがった。
騎士団長が一歩前に出て、俺に言った。
「閣下が辺境伯の地位を御子息にお譲りになり、おまえと共に王都に行くと言い出されたのだ」
まじか、それはもしかして。
「そうだ、『銀の牡鹿亭』の煮込み料理を食べるためだ」
まじか。
「お前のせいだ」
確かに。
「閣下はご高齢なのだ。王都までの遠い旅に耐えられるとは思えない」
いや、案外いけると思うぞ。
「我々は敬愛する閣下をまだ失いたくはないのだ!」
いや、誰の話しをしてるんだ、あの元気なじいさん以外に別の閣下がいるのか?
「お前をこれ以上閣下のお側に置いておくわけにはいかん。これ以上閣下にあのくだらない煮込み料理の話をお聞かせするわけにはいかんのだ!すぐにこの領地から出て行ってもらおう」
そりゃそうだな、と、俺は肩をすくめてみせた。
「わかったよ。世話になったな。これはみんな俺が貰っていっていいのか?」
「全ておまえのものだ。おまえの冒険者登録証も更新しておいた。持っていけ。今回の依頼も冒険者ギルドを通してある。依頼達成の成果もギルドに報告済みだ」
「そうか。じゃあ貰っていくよ」
俺は登録証を受け取り、それに書かれた名前を確認すると、懐の奥に仕舞いこんだ。
「世話になったな。皆、元気でな」
荷物を担ぎ直し、立ち去ろうすると、「待て!」と呼び止められ、騎士達が式典のように整列し始めた。
なんだなんだと見ていると、騎士団長が一歩前に出た。
「貴殿の尽力に心からの感謝を!」
一斉に胸に拳を当てる騎士の礼をされた。
まじか、騎士の礼なんて、ただの冒険者に向かってするようなものじゃないぞ。
騎士達は微動だにせず俺を見つめている。
どうしよう。
騎士の礼の正式な受け方なんて知らない。
「あ、ありがとう」
なんと言っていいのか分からず、なんとかそれだけを告げると、「それじゃあ」と小声で言いながら、カクカクとした動きで歩きだした。
「ランスロー!その煮込み料理とやらを気がすむまで食べたら、またここへ戻ってこい!我々と共に騎士となれ!」
騎士団長が叫んでいる。
俺は軽く手をあげて応えた。
ただの冒険者である俺が 騎士になる未来など、 考えたこともなかったな。
歩きながら、そんな未来を考えて思わずにやにやしてしまったのは、二度とここへは戻ってこれないを、その時はまだ知らなかったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます