第2話 王都に向かいたい、今すぐに
王都は遠かった・・・
まず北の辺境伯領を出るのに時間がかかった。
「お、おまえ、ランスローか?生きていたのか!?」
討伐依頼完了を報告するため訪れた辺境伯の城で、顔馴染みの門番から、使用人、騎士団長、辺境伯に至るまで、同じことを叫ばれた。
真剣な顔でそう叫ばれると、え?俺って生きてるよな?と疑問に思い、ペタペタと自分の顔や身体を触って頷いた。
「うん。生きてる」
ヨボヨボの辺境伯などは、座っていた大きすぎる椅子から立ち上がり、俺に駆け寄り自らペタペタと俺の身体を触って「生きておる!」と、喜んだ。
「よくぞ戻ってきてくれた!しかしこんなに痩せておるではないか!あんなに大きく立派な身体をしていたのに、何故こんなになるまで連絡してこんかったのだ!支援はいくらでもすると言ってあっただろう。わしはもうてっきりおまえは奴らにやられたと思って、どれほど涙に暮れたことか!」
「痛いよ、じいさん」
俺の肩を掴んだ辺境伯の骨張った手は大きく、指の力は強かった。
じいさんと言われた辺境伯は、嬉しそうに笑った。
ボスらしい最後の一頭を倒したと報告すると、辺境伯は「誰か!すぐに確認に向かえ!」と、張りのある声で叫んだ。
あと20年は生きそうな声だった。
俺は無事依頼も完了したし、報酬をもらって、さっさと王都に向かうつもりだった。
そして『銀の牡鹿亭』へ行くのだ!
しかし何故か俺は辺境伯の命を受けたやたらと腰の低い使用人達によって、風呂に入れられ、こざっぱりとした服を着せられ、医者に見せられ、どろっとした粥を食べさせられ、客用のベッドに押し込まれた。
なんでこんな事をさせられているんだ!俺は今すぐ王都に行きたいんだ!
憤りながらも、ふかふかのベッドで目を閉じ、目を開けると、心配そうな顔をした使用人から五日も眠り続けていたと聞かされた。
え?ほんとに?
「疲れておったのだよランスロー。おまえが倒した魔獣たちは、雪原のあちこちで凍りついておったわ。よくもまあ、あれほど多くの魔獣を倒せたものだ。おまえが最後に倒したらしき奴も先日城まで運ばれてきたが、あんな巨大な魔獣を一刀で仕留めているではないか!その若さで何という強さだ!もう我が領民はあいつらに怯えて暮らさなくてもよいのだ。よくやった。よくやったぞランスロー。しかしまあよくも一人でやり遂げたものよ!」
また風呂に入れられ、新しい服に着替えさせられ連れて行かれた辺境伯との会食の席で、大興奮の辺境伯が喋り続けているのを聞きながら、俺はまたドロっとした粥を食べさせられていた。
疲れ果て、ろくに食事もとっていなかった俺の身体には、まだ粥の方がよいだろうと医者が言っているらしい。
くそっ。
俺が憤っていると、辺境伯は自分の皿の上にある分厚い魔獣肉のステーキを軽快にナイフで切り分け、フォークに刺して俺に見せつけた。
「ふふん。この肉はな、おまえが最後に倒した魔獣の肉だ」
まじか、我が友よ!
「この肉は、お前のその粥にも入っておるぞ」
ここにもいたのか、我が友よ!
粥をかき分けると、小さな小さな肉をみつけた。
俺はスプーンで奴を掬い上げ、おまえもよく頑張ったよ、と最後の追悼をし、遠慮なく食べた。
勝った方が負けた方を食べてもよい、というのが、俺が昔に決めた魔獣と俺とのルールだった。
なるほど、粥ばかり食べさせられた後の肉は、小さくても美味かった。
しかし俺が食べたいのは、『銀の牡鹿亭』の煮込み料理なのだ。
俺がぼんやり煮込み料理の事を考えていると、辺境伯が改まった調子で話し出した。
「なあ、ランスローよ。我が領の恩人よ。この機会に、わしの領地に根を下ろしてはどうだろうか。騎士となり、わしに仕えてくれんか?わしはおまえのことが気に入っておる。家も妻も全ての物を用意しよう。どうかこの年寄りの最後の願いを聞いてくれんだろうか?」
周りに控えていた侍従や騎士達が、はっと息をのんだ音がした。
「おまえは領民の救い主なのだ。だれも反対する者はおらんはずだ。そうだな、おまえたち」
辺境伯が辺りを見回し問いかけると「もちろんです!」「反対などするものですか!」「ランスロー殿を心から歓迎いたしましょう!」「我らが英雄ランスロー様!」
室内に感動的な空気が流れている。
それは分かっているのだが、それに流されるわけにはいかない理由が俺にはあった。
俺は静かに皆に告げた。
「悪いが、断る。俺はすぐにでも王都へ向かわねばならないんだ」
かなり長い沈黙があった。
その間に俺は粥をすっかり食べ終わり、おかわりをもらえるだろうかと器の底を眺めながら考えていた。
最初に叫んだのは、もちろん辺境伯だった。
「何故だ、ランスロー!何故断るのだ?おまえにとっても良い話ではないか!何故王都になど行く必要があるのだ?寒さのせいか?雪のせいか?ではお前にはこの領地で一番暖かい場所に、寒さなど感じないほどの良い屋敷を建ててやろう!領地で一番美しい娘を妻にしてやろう。これでどうだ!」
鼻息も荒く言い放った辺境伯に、俺は首を振ってみせた。
「俺は屋敷などいらないし、心の通じない男と女が一緒に暮らすなんて気の重いこともしたくはない。寒さも雪も飽きたが、王都にいくのはそれだけが理由じゃない」
「では、どんな理由だ!わしが納得出来る理由でなければ、わしの領地から一歩もおまえを出さんぞ!」
辺境伯は、怒りで体を震わせ、周りの者たちも殺気立っていた。
しかし、だからと言って、やめるわけには行かないのだ。
俺は皆に向かって語りはじめた。
最後の一頭を倒した後、俺を襲ったあの衝動。
王都に行きたい、王都に行って『銀の牡鹿亭』へ行きたい、あの店の魔獣の煮込み肉を食べたい。
あの煮込み肉の旨さ、あの店の暖かさ、俺の思いを切々と語った。
やがて皆の殺気が消えていき、少し呆れた様子の辺境伯が言った。
「つまりおまえはその煮込み料理を食べたいが為に、わしの差し出す全ての物を断ると言うのか?」
「そうだ。いや、討伐報酬は欲しい」
俺が言うと、また皆は沈黙した。
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