長い長い最後の旅

雷雨

第1話 そうだ。王都に行こう


 雪に覆われた大地に倒れこむ魔獣を見ながら、ふと思った。


「そうだ。王都に行こう」







 北の大雪原に現れた馬鹿でかい魔獣の群れを倒してくれ、どうにかして倒してくれ、報酬は弾むから倒してくれ、と、冒険者ギルドを通して北の辺境伯から指名依頼をされたのは半年前の事だった。


 以前から辺境伯は、領内で起こる、騎士団が出張るほどでもない程度のちまちまとした討伐依頼を、冒険者ギルドに出していた。


 俺は報酬の良さに惹かれ、ちょくちょくその依頼を受けていたのだが、どこかで辺境伯に気に入られたらしく、頻繁に指名依頼をされるようになり、そのせいでここ数年、北の辺境伯領で暮らしていた。



 しかし、飽きた。



 最初は物珍しかったこの寒さにも、真っ白い雪に埋もれる生活にも、飽きた。


 つくづく飽きた。


 俺はもともと、雪など降らない土地の生まれなのだ。


 雪原の魔獣の群れの討伐依頼も「悪いが受けられない。明日にでも引っ越すつもりなんだ。もっと暖かい土地に行くつもりだ」と辺境伯に直接断りに行った。


 そんな事が言えるほど心易い関係になるまで、多くの依頼をこなしてきたのだ。


 もういいだろう。


 しかし、若い頃は恐ろしく強く戦上手だったと言うヨボヨボの辺境伯は、いかにも憐れな様子で懇願してきた。


「お、お、お願いだ。わしの時間も後短い。おそらくこれが最後の依頼になる。ランスロー!わしの最後の依頼をうけてくれ!領民達の為に、うけてくれ!」


 目に涙を滲ませた年寄りを、ああ胡散臭いと思いながら眺めていた。


 何がわしの時間も後短いだ。


 何日か前に食事に呼ばれた時には、分厚い肉を噛み千切り「歯はまだまだ丈夫でな」と俺に自慢していたのだ。


 後二十年は生きるんだろうな、と思いながらも結局俺は最後の依頼とやらを受けてしまった。


  熱演に負けたのだ。


 それに、依頼内容を聞いてみると、領民も気の毒だった。




 討伐依頼の魔物の群れは、狡猾なボスが率いているらしく、広い大雪原を荒らしまくり、町を二つと村を五つ潰し、辺境伯の城の近くまで出現するようになっていた。


イノシシ型の巨大な新種の魔獣の群れで、賢く、残忍で、臆病な性格だった。


辺境伯領の強い強い騎士団は、数ヶ月かけて果てしない大雪原を魔獣とぐるぐる追っ掛けっこをした挙げ句、一頭も討伐出来ないうちに、さらに村を二つ潰されたらしい。


「我々も、ただ奴らにしてやられていたわけではない」


 辺境伯に命ぜられ、俺に魔獣の説明をした騎士団長の顔は屈辱で歪み、額には青筋が立っていた。


 そりゃそうだ。


 騎士団は失敗し、騎士団長が敬愛する辺境伯様は、胡散臭い冒険者の若造に討伐依頼をだしたのだ。


 そりゃ青筋ぐらい立つよな、分かるよ騎士団長。


 俺はなるべく誠実そうな顔をして頷いた。


 無駄に敵を増やさない主義なのだ。


 騎士団長はしばらく俺を睨み付けた後、やっと説明を続けた。


「あいつらの逃げ足があれほど早くなければ、とっくに我々が討伐していたのだ!しかし気配を読むのが上手い奴らで、罠は全て見破られた。いろいろと試してみたが、少しでも怪しければ出てこない。もちろん大勢で討伐に行くとさっさと逃げ出しでてこない。少人数で行っても出てこない。一人で行くと出てくるのだが、あいつらは群れで現れる。一人で敵う相手ではない。何人も潰された」


 騎士団長は悲惨な何かを思い出したのか、両手の拳を握り締め、しばらく黙り込んだ後、


「強い一人で倒すしかないのかもしれない」と、俺を見た。


なるほど俺だ。




 それから俺は、半年がかりで切っていった。


 最初は大雪原に一人でノコノコと出かけて行き、案の定現れた群れを切った。


 避けて切り、切って避け、飛び上がって切り、蹴飛ばして切った。


 最初の遭遇で群れを半分ほど切ったのだが、残りの半分には逃げられた。


 放っておくと、また増えて最初からやり直しになる。


 奴らが来そうな場所に当たりをつけ、雪に穴を掘り、あいつらが警戒心を解くほど長くそこに潜んだ。


 雪洞の中で凍えずにすんだのは、奴らから剥ぎ取った毛皮のおかげだった。奴らの毛皮は温かく、雪洞の中でも凍えることはなかった。


 そんな生活に必要なものは、潰された村に行けば、強い目をした生き残りの村人がなんとしても調達してくれた。


 俺は礼として、魔獣の肉や毛皮をごっそりあげた。


 雪に潜み、奴らを切り、また穴を掘って奴らを待った。


 俺は魔獣達に少しずつ勝っていったが、俺の体力も少しずつ削られていった。


 へとへとだった。


 しかしやった。


 依頼から半年経ち、その間に何度も逃げられたボスらしき最後の一頭が目の前に現れた時は、そいつに友情すら感じ始めていた。


 友よ!と俺は心で叫んだ。


 俺もおまえもよく頑張ったな。


 しかしもちろんそいつも切った。


 血飛沫を上げながら雪の上に倒れていく奴をみて、ああ、やっと終わったと思った瞬間、死にゆく魔獣の匂いが鼻についた。


 すると何故か口のなかに、懐かしい料理の味が蘇った。


 この辺境の地から遠く離れた、王都の下町にある店で、どの魔獣肉だか分からないゴツゴツとした肉を、なんだかよく分からない薬草や香料や根っこやらと一緒に大きな窯で煮込んだ料理だ。


 甘みのある脂身、肉汁、独特の噛みごたえが堪らなかった。


 店の中はいつもあの煮込み料理の匂いがして暖かかった。


「そうだ。王都に行こう」


 生きているものが俺しかいない雪原で唐突にそう思った。


「王都に行って、『銀の牡鹿亭』で、あれを食べよう」


 血のついた剣を一振り、鞘に収め、俺は歩き出した。


 

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