第50話 伯爵様と領内開発プロジェクトのご相談

 伯爵様から呼び出されたエリオス君。

ついにこの時が来たかと緊張しながら丁重にご挨拶に向かう。

自分の実家の領主様には流石に緊張する。

館の前で執事のデュランさんが出迎えて頂いた。



「お待ちしておりました、エリオス様。

 伯爵様がお待ちです。

 どうぞ、中までどうぞお入り下さい」



 50歳位の執事さんが入り口でお出迎え。

今回も一応お客様として待遇して頂けるのでホッとする。

館の中に通される。

一室に伯爵様とご隠居様がお待ちかねであった。



「エリオスです。

 伯爵様、ご隠居様。失礼致します」

「うむ。入るがよい」 

「此度はお招き頂き誠にありがとうございます」



 一先ず形通りのご挨拶を。

いかにも嫌そうな顔をした伯爵様と

笑顔で嬉しそうなご隠居様がいた。

何やら曰く付きであった。

エリオス君は緊張して伯爵様の前に立つ。



「村長や商業ギルドから卿の活躍は色々と聞いている。

 領内外の繊維業や雇用を増やしているらしいな」

「・・・勿体無いお言葉、誠にありがとうございます」


 伯爵様の第一声がキルテル村の話で驚くエリオス君。

やはり領主様には情報が流れている。

この話だとお父様も無事事業を拡大している様子で何よりである。

真面目な顔になった伯爵様が言う。



「さて、今回の話だが、正直に打ち明けて欲しい。

 余も正直な話がしたい。卿の活動を信頼している」

「光栄の極み」

「余の領内は正直に言っても辺境であり産業が未発達。

 しかし、周辺諸国に備え軍事を整備しなくてはならない。

 故に金がかかる。だがまとまった金がない」

「・・・」



 伯爵様が正直に心の中の悩みを打ち明ける。

そうであろう。

当時の貴族の共通の悩みは防衛費用。

中世のドイツの諸侯だと軍備を放棄して

傭兵団に盗賊行為を許して顰蹙を買った貴族は多い。

そもそも神聖ローマ帝国など国家の主力が傭兵の時代である。

国家の軍隊がそのまま万単位でまとめて盗賊になる事が多かった。

30年戦争などは略奪でドイツ諸国の大きな衰退した記録が多い。

金を産まない常備軍の時代では無かった。

盗賊が撲滅出来ない理由の一つでもある。

伯爵様は続けて、



「税収を安定化させるためにも産業の発展は重要である。

 しかし、領内にはまともな富裕層がいない。

 キルテル村の村長と商業ギルドからの推薦が卿である。

 卿の助言が余には重要である。

 商業ギルドだけでなく、余と領内を助けては貰えないだろうか」



 苦々しい表情で伯爵様が仰られる。

いや実際苦痛なのだろう。こちらはまだ本当に子供である。

要は産業を、つまり製造業を立ち上げて税収を上げたい。

だが、領内に資本家がいない。投資が出来ない。相談できる相手もいない。

商業ギルドに牛耳られるのも不満だ。

そんな所であろうか。



「伯爵様、ご隠居様。

 我らの領内は確かに小麦などの生産には向かない痩せた土地柄ですが、

 非常に恵まれた潜在性を持っておりまして、将来はバラ色です。

 農業も大麦やライ麦、いも類や豆類の生産は可能です。灌漑は出来ます。

 また森林資源も豊富であり、製紙業や木炭などの一大産地になります。

 将来の需要を掘り起こしましょう。

 優れた鉱山もあり、金銀はともかく石炭や鉄鉱石が取れます。

 ここに工場を立てれば一大産業拠点になります。

 商売の話は得意分野なのでお任せあれ」



 と、よく分かっていないながらも理想論を並び立てる。

この地域は木材や鉱山があり資源豊富であった。農業も頑張れば出来る。

売るものがあれば雇用は増やせるし、工場を作れれば生産量は上がる。

大方は間違っていないはずであるが、

その投資する資本が無いという根本的な問題を抱えている。

そこは大資本が不要な繊維業からだろう。エリオス君は日頃から考えていた。

ご隠居様が嬉しそうに答える。



「ふむ。バラ色の将来とな。

 相変わらず面白い事を言う。

 この貧しい領地を一大産業拠点とな。

 エリオス君の力量に託してみたいものだな」

「父上、判断は早計でございます。

 余は根拠の無い話をまだ信頼できません」 

「嘘をつくな。

 お前はトーマス殿と商業ギルドが苦手なだけだろう」

「・・・」



 個人的な確執だった・・・。

まあ確かにトーマスさんは癖がありすぎるかもしれない。

昔に喧嘩でもしたのであろうか?

しかし伯爵様を説得するネタならいくらでもある。

しかも現代知識というチート付きである。



「教授と一緒に、製鉄業プロジェクトを立ち上げました。

 地下資源を大量に使い、そして伯爵領から供給します。

 製造した武器大砲は国家の為にいくらでも必要です。

 その収益は全て伯爵領に入るでしょう。

 かなり先になりますが、長期的にみても領内の鉱山は宝箱です」

「ほほう、既に国家権力と結びついて製鉄業とな・・・。

 このわずかな期間に。どうやったのだ。

 これは驚いた。エリオス君の行動力も流石であるな」

「他にも繊維業で雇用は沢山生み出すでしょう。

 キルテル村の糸と織物はこの国では既に有名になりつつあります。

 麻と羊は国内で取れます。問題ありません」



 ご隠居様が感心する。

金儲けのネタは沢山あるのだ。

まとまったお金が無くても出来る提案をしてみる。

心を動かすのだ。



「大規模な産業にはまとまった資本が必要です。

 そこで2つのご提案をさせて下さい。

 資本の不要な産業を先に立ち上げましょう。

 1つは繊維業。これは既に始めています。

 更に生産性を上げて効率化が必要です。

 2つは製紙業。我が領内の豊富な林業を使用して、

 紙面で出版をしましょう。

 本は今や金貨と同じ価値があります。

 まずは教会が独占しているラテン語の聖書を母国語に翻訳しましょう。

 そうすれば人間の数だけ聖書が売れて林業が発達します。

 本の数は人の数、つまり金貨の山となるでしょう。

 翻訳は神学科の学生をお雇い下されば」

「・・・なるほど。聖書か。それはよいな。

 神の正しい教えを母国語で読めるならは素晴らしい。

 教会の金の亡者もいらん。

 余も欲しい。それは余でも手配出来るな。

 卿の考えは確かに面白い」



 ここにきて伯爵様の態度が変わる。

教会に思う事があったのだろう。

それが商売につながるとは思っていなかったはずだ。

本は中世はとても高い。

しかし製紙業と出版技術があれば大量に作れる。

そして人の数だけ需要があるとも言える。


 かなり遅れたマルティン・ルターの真似事である。

まあこちらは宗教論争が目的ではない。

活版印刷の技術は史実では1439年に

ヨハネス・ゲンズフライシュ・ツール・ラーデン・ツム・グーテンベルクが

発明した古い技術である。

実際、この王都でも活版出版は出つつある。

技術的には問題ない。

あとは識字率を高めると共に新聞や聖書などの需要を掘り起こすだけ。

その戦略はこの時代の知識では現代人には勝てないだろう。



「・・・分かった。

 確かに繊維業と製紙業か。次に鉱山資源と製鉄業。

 卿以外の誰からも出ない発想だろう。そして実現出来る力も実績もある。

 余の負けである。認めるしかなさそうだ。

 卿をアドバイザー兼内政官として正式に伯爵家で雇用しよう。

 内政官としての卿の身分は余が保証しよう。

 給料はあまり出せないが領内の産業に協力して貰えないか」 

「有り難くお受け申し上げます。

 お給料はそれほど必要ではありませんが、

 お受けするにあたり一つお願いがあります。

 私に領内で水車を使う権利をお貸し頂きたいです。

 水車を動力として用いれば労働者の上限を超えた繊維の量産が可能です。

 膨大な輸出が期待できます。

 その利益は税収となって領内に還元できます」



 伯爵様の提案は良いが、こちらも得たい物があった。

一つだけお願いしてみる。

水車だけはなんとかしたい。

動力があれば、繊維業の大量生産と省人化が可能になる。

それは膨大な規模の拡大には必要不可欠だ。

この権利だけは領主様にしか頼めない。



「既に戦略があったか。

 水車の利権か・・・。

 それを繊維業の動力にするんだな。

 既存の製粉業をしないのであれば、まあよいであろう」

「ありがたき幸せ」



 伯爵様から了解を頂く。

大きな課題が一つなんとかなった。

これでアークライト型の水力紡績機を導入できる。

開発だ。



「ついでに製鉄業プロジェクトは余も一枚噛まさせてくれ。

 トーマス殿はともかく、将来性に投資したい」

「承知しました。

 教授もお喜びになるでしょう」



 エリオス君は正式にアナトハイム伯爵家の内政官として身分を保証される。

伯爵家で新しい産業を立ち上げて税収を増やす。

ここでやっとWIN-WINの関係が出来上がるのだった。

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