第7話 手作り自宅研究所設立
エリオス君は色々考えたが、衣食住の生産性効率の改善は第一優先。
産業革命としては軽工業の繊維産業が設備投資負担が低い。
小型で木材主体でも作れて衣類の需要がありかつ労働が大変。
初手としては狙いめである。
まずは麻、綿花や羊毛など原材料の供給確立が課題である。
例えば寒い気候のヨーロッパでも作れる麻、高級品として羊毛、
そして肌触りの良い温暖湿潤な気候で作れる綿花。
それらを混ぜ合わせて作る絶妙な肌触りと耐久性。
複数の繊維材料源を確立しないと村内の繊維産業が成立しない課題。
村内と村外の調査と原材料の調達が重要不可欠。
で、とりあえず自宅研究所を設立した。
とは言っても今は家庭内のおもちゃ作りレベル。
エリオス君の様な子供には予算が無いので手作りで出来る所から。
贅沢を言えないので仕方が無い。
まずは繊維から糸を作る糸車の改良。
糸を作るのは非常に大変なので不足する。
特に綿として取れる綿花に至っては絶望的な手間である。
人の手でゴミを払い、人の手で選り分けて、人の手で捻って糸状にする。
一時期ヨーロッパを席捲した近世のインドの綿産業が有名である。
対策として設備を導入する。
より少ない工数で、より少ない人員で糸を作りコストを下げるのが目的。
中世では糸作りが非常に大変で、特に織物は糸の生産量に依存していた。
それだけ糸の生産が難しくて高価であったのである。
実際にはイギリスで1764年頃、ジェームズ・ハーグリーブスが発明した
歴史上名高いジェニー紡績機をイメージして複数の糸を同時に紡げる様にしたい。
一つの回転する力を複数の繊維と糸に伝えて回転させ巻き取る構造である。
そのためには歯車とベルトの機構を組み合わせて手動のハンドルの力を分散するのだが、
現物を知っているので強度機構は難しくはない。
寸法や構造を真似するだけ。
ただし、ノギスや計測器が無いので手加工しても精度が出ない、計測出来ない。
組み合わせ公差を寸法精度を緩めに設計しないと。
ここは今後の課題である。
「おやおや、なにやら面白そうなものを作っているな」
設備の部品を作っていると、お父様。
ちらりと見に来た。そわそわしてる。
我が息子は隠れて変な事をしていないかと気になっている様子。
...これは隠さないと情報が拡散してしまうので口封じが必要である。
「ちょっと色々工作してみようかと思いました。お父様。
対外的には、内密でお願いします」
「それは良いけど、怪我しないようにしてくれよ。親としては健康が一番心配だ」
「はい、ありがとうございます。
あとここのエリアは部外者立入禁止にして頂けるとありがたいです。
お母様にも前もってお伝えしております」
「そんなに秘密にしたいものなのか?」
「うまく作れるかは分かりませんが、繊維の糸を作る紡績機を改良していきたいです」
お父様と雑談しながら、口封じに懸命になるエリオス君。
情報の機密は重要である。まだ特許に力のない時代である。
機械類はまず自分で作らないとダメそうである。
歯車を木から削り出すのは子供には重労働であるが・・・
また摩耗が大きい部品は寿命が短いので将来的に鉄器加工が必要になる。
史実のハーグリーブスが作った実在のジェニー紡績機も木製加工だった。
木材は金属と比べ安価かつ材料の入手が容易な時代背景である。
だから木製品が多数を占めた。
それでも設備と製品を作れてしまうのが軽工業産業の良い所。
重工業だと、大型炉がどうしても必要になる。
高温に耐えられる耐火レンガなどなど特殊な材料が。
機械加工職人を雇い入れるのは今後の課題。
「繊維産業の原材料の糸が慢性的に足りない状況だからか。
紡績機を自前で作れる様になると確かに村の産業としては影響が大きい。
でも1台あっても足りないぞ。そこはどうする?」
お父様に指摘をもらう。さすがは商人。
バレてる、とギクリとした表情をするエリオス君。
じゃあ手伝えと心の中で思いつつも本業の商売が忙しいので口には出さない。
設備を増やして生産を上げれば確かにインパクトはある。
それには人と金が必要なので焦る必要もない。
残念ながらあなたの息子は製鉄業や量産工場立ち上げ、
設計開発プロセスにも知見があったりする。
たとえ現代でもやすやすとは負ける気がないエリオス君であった。
「基本的な部品以外は外部の職人さんに製作の協力をお願いする予定です。
交換部品を自宅で作る余裕は無いので外部に頼むしかないです。
後は鉄器。鍛冶屋さんにお願いしないと。木材では強度が足りません。
お父様から鍛冶屋さんをご紹介をお願いできないでしょうか?」
「なにやら本格的だな。
父さんも楽しくなってきたな。
資金もなんとか協力出来るように頑張るから是非作ろう。
鍛冶屋の件もツテを辿ってみる」
「将来的には金属加工も陶器加工も工房内に作りたいです。
機械技術が確立出来れば、沢山販売出来るので回収も出来ます。
現在は糸が足りなくて、メイヤーさんの機織りも困っている状況。
売り手より買い手市場なので商売がなりたちます。
村の外へも輸出も可能です。
需要の大きい都市部へ供給出来れば、この村の雇用にも大きく貢献できます」
そうエリオス君が答えると、
お父様は驚愕を隠せない表情で言葉を絞り出す。
まあ分からなくもない。
子供が現代人の様なビジネス用語を言い出したら誰もが驚く。
本来はゆっくり、しっかり説明すべきだと反省した。
しかし僕には子供の時間がもったいない。
せめて家内だけでも。
「お前は・・・どこで・・・そんな知識を・・・」
「お父様の蔵書からです。一部商品の本もこっそり読まさせて頂きました」
「・・・勉強熱心なんだな。まだ子供なのに」
「学が出来る子供は珍しくありません。興味の関心のベクトルが違うだけです。
王都に行けば僕よりエリートは沢山います」
「確かにそうかもしれないが。父親としては驚く限りだ」
まあ子供のやるレベルを超えているので疑いは当然出てくる。
疑惑の念が拡大して行くことは噂になって困るので、
しっかりお父様に釘を刺しておく事にするエリオス君。
「僕らは商人なので、物をいかに売るかというのが生きる術です。
それはお父様もご存知のはず。
政治や武芸に明け暮れる貴族様とは生きる目的が違うんです。
だから商売に力を注ぐのは自然の流れです
「それは理解できるが・・・。
もうちょっと大人を信頼してくれないか」
「ええ、お父様も商売をどんどんお願いしますね。
生活がかかってますし。美味しいご飯が食べたいです」
「これは俺の負けかな。分かった。怪我だけはしない様にしてくれよ」
お父様が不思議なものを見る目つきでエリオス君を観察する。
僕は間違いなく貴方の息子ですよ、と見つめ直すエリオス君。
このお父様の、何やらいわくつきの言葉をエリオス君は気になった。
ひょっとしてお母様と家族会議でもあったのだろうか?と。
心外な。
普通の社会人ですよ。一応中身は。
とエリオス君は心の中でつぶやく。
結論として簡単に設備は作れない、試行錯誤が必要だと
エリオス君は思った。
技術開発の拠点は手元に置かないと難しい。という事である。
試作とテストにはどうしても投資費用が必要である。
当然、材料代や外注費など結構かかる。交換部品も。
お金と時間のかかる話だ。
あとは人手が欲しい。一人では辛い。
まあそれでも出来てしまうのが軽工業の良さで産業革命の始まりだったりする。
実際のイギリスも初期投資が少ないから繊維産業から発達したのだった。
羊毛や綿花から糸の生産は高価で非常に手間がかかる。
機織りに比べ、糸の生産が間に合わないのは歴史的現実。
イギリスの産業革命で影響が大きかったのも、機械化の効率改善が大きい。
村で生産出来るように原材料や部品の供給先も考えないと。
また動力源もこの時代なら水車である。
そちらは河川の利権問題になるから、領主様との交渉が必要になるだろう。
試作品が動くようになったらゆっくり考えるしかないエリオス君。
将来的に領主様の下で仕える事になり、産業を推進する立場になるとは
この時は思いもしなかった。
不思議な人のめぐり合わせである。
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