第5話 無ければ作ってしまえ。衣食住の衣類の悩みごと
実はお父様の困り事にはちゃんとした背景があった。
糸、布地、衣類の販売には材料が必要である。
所が糸を作るにはものすごく労働力が必要であり、大変な作業である。
入荷が不安定であり欠品したら商売が止まってしまう。
それはこのキルテル村に住む住民の生活にも影響が大きかった。
とある日の出来事である。
商業ギルド関係のお客様が商品を買い付けに来ているが、
困り事が発生した。
小売業の弱点というものであるが・・・
「ボッシュさん。布生地が欲しいんだけど入荷してる?」
「ん〜、今品切れですね。最近商品が入荷していないですね」
「調達を頼むよ。新しい服が作れなくて困っているんだ。商売上がったりですよ」
「申し訳ありません。ちょっと製作状況を確認しておきますね」
織物さんの問い合わせに対応出来ない状況らしい。
商品の欠品である。必要な数量が入荷出来ていない。
中世からの布素材は羊毛や綿花などから糸を紡いでから機織り機で織って
布生地を作ってから最終製品に加工する方法。
糸を紡ぐには途方もない工数がかかり人手と人件費がかかる。
中世では糸不足が大変な課題であり、各地で副業として糸作りが行われていた。
実際は人海戦術なのでとてつもない工数がかかるので、ハイコストである。
布生地が手に入らないと、衣類を始めとした沢山の製品が作れなくなる。
衣食住は生活には不可欠であるので、どうしても必要な物資である。
当時は布は高級品であったので古布や古着をリサイクルしていた。
ジョン・ケイの飛び杼をきっかけに糸の機械化が始まるのだが、
技術史で非常に重要なので産業革命以後の機械化で史実と同じ呼び方を使う。
「布生地関係はメイヤーさんの所か。
機織りで何かあったのかもしれない。
ちょっと訪問して聞いてみよう」
「前に話をしていたメイヤーさん家ですね」
「エリオスも行くか?
ものづくりの勉強にもなるな。
お前も知っているメイヤーさんの家だ。
勉強がてらに現場を見せてもらうのも良いな。
よし一緒に行こう」
お父様と一緒に機織りのメイヤーさんの職場を見せてもらう。
この時代の工法を勉強する良いチャンスであった。
まだ紡績と機織りは女性の仕事と記録に残っている。
地方では手工業ギルドが無いので、副業で手分けして生産するケースが殆ど。
働かざる者食うべからずの考えがかなり厳しい時代。
そういう設備を現実には博物館や明治村に置いてあるので勉強できる。
どんな過程で機械が進歩したのかを博物館で実際に現物を見学するとより面白い。
そういう意味でも未来知識だけですらチートなんだろう。
では行ってみよう。
「あー、エリたんだー。ボッシュさんもこんにちはー」
元気印が一杯のミニマム美少女がやってきた。
エリオス君の幼馴染のチェリーちゃんである。
同世代の子供がこの村では少ないが、寺子屋で同級生の一人。
いつも妙に距離感が近い娘である。
エリオス君は中身がオッサンなので、本音は子供みたいなものである。
僕はロリコンじゃないですからね。多分。と思っている。
既に諦めているがとりあえず男にエリたんと呼ぶのは止めて、
と心の中でのみ呟くエリオス君。
「チェリーちゃんこんにちは。今、お母さんいる?」
「うん、家の中にいるよ」
「ではご挨拶させて頂きます」
と家の中に入れてもらう。
家の中には疲れ切った顔のメイヤーさんがいた。
旦那さんは仕事で外出であろう。
「こんにちは、メイヤーさん。最近調子はどうですか」
「ボッシュさん、わざわざ来て頂きありがとうございます。
どうぞこちらにお掛け下さい」
「最近、布生地が入ってきていないのですが、
何かお困りの事でもありますか?」
「その件で、実は・・・」
メイヤーさんは村での機織りの名人。
人力だと結構難しい作業で誰でも出来る作業では無い様だ。
こみ入った話をお聞きする。
やっぱり、原材料の羊毛の毛糸と綿糸の供給が減っているそうだ。
糸が入荷しないと機織りができなくなる。
サプライチェーンが崩壊している。一大事。
「糸が入荷しなくなって機織りが出来ません、
収入が少なくなって生活も厳しくなっているんですよ」
「それは一大事ですね。素材の調達はこちらでも手配してみます」
疲れ切ったメイヤーさんを見てふと思うエリオス君。
商売人にとっては、メシの種はこういう所にもあるのかもしれない、と。
貴重な技術力と労働力が、原材料が切れて「生産」ボタンがストップしている。
そして本来生まれるであろう生産物と利益が無くなっている。
ここに原材料を絶え間なく供給する努力が製造業では不可欠である。
それは調達する「購買」としても重要な仕事になる。
中を見せてもらうと、設備もシンプルな機織り機だ。
しかしやっぱり時代は家内制手工業なんであろう。
技能のある職人が家庭内の余暇時間で作って売りにいく。
内職みたいな副業扱いであった。
遊ばせておくのは実にもったいない。
代わりがないから材料が止まったり機械が故障したり体調壊したらストップ。
生産を考える際には非常にリスキーな体制であるがどうしようもない。
製造業を営む上では、こういうリスク管理が最重要なのだ。
職人技だけで商売して利益を継続的に出せると、過信してはいけない。
コンビニに商品が切れていたら、みんなは怒るであろう。
それと同じ概念である。
今でこそネットで調達が容易になったので家内Makerが流行りであるが、
それは21世紀現代に限ったお話。
そういうサプライチェーンの問題は長々と現代まで続くのであるが、
この状況は原材料や販売先の課題で家内制手工業から
問屋制手工業にシフトするのは時代の流れと考えられる。
まあ一足先に家庭内からマニファクチュアに移管させるのが直近の課題。
この問題を解決出来ればお金になる。製造業のチャンスである。
腕の見せ所だなぁ、と考えるエリオス君。
「エリたんもっとウチに遊びに来てよ。
ちっとも遊びに来てくれないんだから。ぷん」
チェリーちゃんご機嫌斜めであった。
とは言うもののエリオス君の立場からしたら、
家内の仕事放棄して近所の女の子の家で遊び呆けていたら
流石に子供でも噂になるのでそれは嫌である。
生暖かい目で見られてチクられるのがオチである。
ちょっと恥ずかしい・・・
まあ子供時代を幼馴染とのんびり遊ぶのも楽しそうではあるが
エリオス君の立場からすると魔王に対抗できる経済力が早く欲しいので。
自分の工場を作るのが優先課題である。
お金儲け。大切。
そして立派なお金儲けのネタが近くに転がっていたのである。
「エリオス君も是非遊びに来てくださいね」
「チェリーも遊びたい」
と、メイヤーさんが誘い話を投げかけてくる。
ちょっと考え込むフリをするエリオス君であるが、
既成事実を作る親子の戦略ですか?
実に黒いな。考えすぎであろうか。と思ったエリオス君である。
「この子は仕事は真面目なので、堅物かもしれませんよ」
「ちょっとお父様」
「うふふ」
お父様余計な一言を。
エリオス君の立場からすると女神様からの謎のミッションがある、
ってお父様が知るよしもない。
ここで人生を使ってしまうわけにはいかないのだ。
「まあ学校で会うんだし」
「えー、寂しいよ。遊んでー」
「ハイハイ。仕事が終わってからね」
「わーい」
エリオス君はため息を付きながらも協力する。
可愛いから良いんですけど。駄々をこねない。
実に将来が楽しみである。
仮にエリオス君がいつまでもこの村にいれば、であるが。
本日明確になった課題としては、衣類関係でも
材料調達からのサプライチェーン見直しが急務である。
現代でも変わりがない悩み。こういう事は。
ものづくりの裏側の熾烈な戦いは慣れっこである。
商業の仕事も念頭に入れて、
よしものづくりを頑張ろうか。と思ったエリオス君であった。
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