第16話 君に会いたい
『信じていたのに……人間たちは自分を売ったのだ』
『少女の心を絶望が覆う』
『ふふっ、こっちにいらっしゃい……闇の底から、彼女を呼ぶ声がする』
『少女は絶望のまま、その声に身を委ねようとするが……』
だだだだだだっ
物凄い速度で、文章を打ち込んでいく。
もう2時間以上、休まず小説を執筆している。
ヒロインが人間に裏切られる絶望的な展開。
第23話の最後で伏線を張ってしまったので、この展開は書かなきゃいけない。
だけど。
『その時……!』
『「君はそっちに行っちゃダメだ!!」』
『「この声は!?」』
『その時脳裏に響いたのは、旅立ちの日……モンスターの軍勢に襲われ行方不明になっていた幼馴染の少年の声』
『彼の声が、目の前の魔族から聞こえる』
『「バ、バカナッ!? 完全に喰らってやったのに、なぜオマエは我の中で生きている!?」』
……正直無茶苦茶な展開である。
ヒロインに幼馴染なんていないし、旅立ちの日にモンスターに襲われたとか、描写したこともない。
伏線も張ってないでたらめな物語。
だけど、僕の頭の中はやけにすっきりとしていた。
なぜなら……
タンッ!
なぜかその言葉が頭に浮かぶ。
エンターキーを押した瞬間、僕の視界は暗転した。
*** ***
「さて……私の為に。
いや、知らずに
しいては
「私の言葉に従ってもらえますな、フィルライゼ殿?」
「…………」
してやったりという笑みを浮かべるアベルト男爵。
フィルライゼを囲む、100人あまりの兵士たち。
正直な話、威力を抑えた魔法で彼らを無力化する事はたやすい。
差し違える覚悟ならば、魔族”D”に深手を負わせ、撤退に追い込むことはできるだろう。
だけど、それで自分の命はおしまい。
残った魔王軍の攻勢であっさりとイストピアは陥落するだろう。
フィルライゼの脳裏に浮かぶのは、自分が錬成したカレースープを美味しそうに飲んでくれた
母子の姿。
あの人たちが救われるのなら。
「……分かりました」
チャリッ
シュッ
フィルライゼは極大魔法の発動に必要なアミュレットを外して足元に置くと、浮遊魔法で”D”のいる崖の上まで飛びあがる。
抵抗する意思がないことを示すため、両手を後ろに組む。
「フフ……キキワケイイコジャン?
ノゾミドオリ、ソコノニンゲンドモハタスケテヤンヨ」
……魔族にしては軽い口調で放つ話す奴だ。
浅黒い肌を持つ女魔族はにやりと笑みを浮かべる。
ばしゅん……にちゃり
「くっ!」
”D”が右手を振ると、細長い触手のようなものがフィルライゼの両手を拘束する。
魔法の発動には、両手の動きが必要なので、これでもう何もできない。
(ううっ、凄く気持ち悪い)
自分はこれからどうなるのだろう。
モンスターの慰み者になるのか、色々改造されちゃうのか。
いずれにしろ、楽しい未来ではなさそうだった。
もう一度だけ、シュンに逢いたかったなぁ。
あの優しい微笑みが見たい。頭を撫でて欲しい。
せめて今だけは、楽しい事を考えていよう。
観念して目を閉じるフィルライゼ。
「ククッ、ヨクヤッタゾアベルトトヤラ……コレハホウビダ」
ヴィンッ!
フィルライゼに抵抗する気がないことを確認し、にやりと嗤った”D”は、巨大な火球を出現させる。
アベルト男爵ら、人間たちの頭上に。
「な!? みんなを助けてくれるって!」
「アア、シトイウキュウサイヲ、プレゼントスルダケサ!」
ああ、やっぱり魔族なんかの言うことを聞いちゃダメだった。
遠征軍は全滅し、あたしは魔族共の玩具となる。
失敗しちゃった。
絶望がフィルライゼの心を埋め尽くす。
……その時。
ぱんっ!
天から降ってきた光の弾が、みんなを飲み込もうとしていた火球を吹き散らす。
「フィル!!!!」
「……え?」
もう聞くことが出来ない、しかもこの世界では絶対聞こえないはずの……彼の声が確かにフィルライゼの両耳を打った。
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