第17話 再会

 

 ゴオオッ!


 視界に光が戻る。

 巨大な風切り音が耳をつんざく。


 僕の身体は蒼空の只中に放り込まれていた。

 眼下に広がるのは、広大な大地。

 空には3つの月が輝いていて、どこからどう見ても地球ではない。


「久しぶり……懐かしいな」


 だけど僕の心の中に恐怖心はない。

 なぜ忘れていたのだろう。

 彼女と……フィルライゼと初めて会った異世界イストピア。

 卒業式の後、軽トラに撥ねられた僕が転移した世界。


 物凄いスピードで降下しているからか、どんどん地上が大きくなる。


 2つの岩山に挟まれた細い道。

 そこに大勢の人間たちがいる。


 人間たちを挟み撃ちにしているのはモンスターの大群。


「あそこだ!

 フィル!」


 僕の目はある一点に釘付けとなる。

 左側の岩山の上、巨大なドラゴンのそばで後ろ手を縛られて浮かんでいる女の子。

 ふわふわとした栗毛に柔らかそうな犬耳。


 両目を固く閉じ、天に祈っている。


「フィル!!」

「フィル!!!!」


「フィルーーーー!!!!!!!」


 僕はありったけの声で、愛しい少女の名前を叫ぶ。


「来い! 魔剣に魔銃!!」


 同時に装備スロットから武器を取り出す。

 身長よりもはるかに長いグレートソードを右手に……左手には厨二心くすぐる装飾が施された銃を構える。

 樫の木でできたグリップが、しっくりと手のひらに馴染む。


「え?」


 僕の声が届いたのだろう、エメラルドグリーンの双眸がこちらを見上げる。


「ま、まさか……シュンなの?」


 ぽかんとした表情もとてもかわいい。


「助けに来たよ!」


 ジャキン!


 ドラゴンとフィルの間に割り込み、魔銃ストームブラスター(今名付けた)を構える。

 さあ、無双の始まりだ!!



 ***  ***


 ヴィイイイイインッ!


 真っ赤な閃光……いや、ビームとしか表現できない魔力の奔流が、敵陣深くに突き刺さる。


 ズドオオオンッ!


 数百体のモンスターが、たった一撃で吹き飛ばされる。


 フィルライゼのいる本陣で、アベルト男爵が我々を裏切ったことは通話魔法で察知していた。

 だが、後方から押し寄せるモンスターの数はすさまじく、とても彼女の支援に行くことはできそうになかった。


 魔王軍四天王の一人である”D”の出現まで確認された今、イストピア遠征軍は万策尽きたと思われたのだが。


「あれが……フィルライゼの言っていた」


 救世主なのか……。


 窮地に陥っていたアロイスたちを救った脅威の一撃。

 濛々と立ち上る煙の切れ間からちらりと見えた。

 フィルライゼのそばに寄り添っている青年は……。



 ***  ***


「えっと、その……シュン?」


 前方と後方に向けて一斉射ずつ。

 イストピア遠征軍に襲い掛かっていた魔王軍の軍勢を、魔銃ストームブラスターの掃射で片付けた後、僕はフィルの様子を観察する。


 可哀想に、触手のようなもので後ろ手に縛られている。


「待ってて」


 僕は腰に差したナイフを抜くと、フィルの両手を拘束していた触手を切る。


「もしかして、記憶が?」


 何かを期待するような上目遣い。

 ああ、超カワイイ。


「うん、全部思い出したよ。

 もちろん、キミの事も」


「っっ!!」


 軽トラに撥ねられた僕はイストピアに転生し、訳も分からず女神に力を授かり、この世界を救うのです! などと乱暴な導入の異世界転移を体験した直後。

 魔獣ヘルハウンドに襲われていた獣人少女を助けた。


 それが、フィルだった。


 故郷を焼かれ、心を閉ざしていたフィル。

 僕は彼女の心を解きほぐし、一緒に魔王を倒すため、共に修行を積んだ。


 半年ほどの時間を共に過ごし、僕を慕ってくれるようになったフィルをピュアなドーテーだった僕は (今もだけど!)すぐに好きになったのだけれど。

 元の世界で肉体が目覚めようとした時、僕の異世界転移は終わりを告げた。


『ありがとう! 向こうでも頑張ってねっ……』


 ”終わり”が訪れたことを察したフィルと、涙を流しながら交わした口づけの感触はよく覚えている。


 彼女は僕が消えてからも必死に修業を積み、僕の世界に繋がる魔法を編み出したのだろう。

 どれだけの努力を重ねたのだろうか。


 ……ていうか、ノベルエデンのマイページで再会した時、僕はフィルの事を忘れていたんだよな。

 冷静に考えればめちゃくちゃひどい奴じゃね?


「……シュン」


 ふわふわの前髪に隠され、俯いたフィルの表情は見えない。


「う……フィ、フィルさん?」


 もしかしなくても、めちゃくちゃ怒ってるんじゃなかろうか?

 しかも、僕の書いた小説が大なり小なりこの世界に影響していたとしたら。


 忘れていたとはいえ、クラーラさんに誘惑されイストピア・サーガをダークな展開にしてしまったのだ。


「……ううっ」

「うわ~~~~んっ、シュン、シュンっ、シュンっっっっっ!!」


 だきっ!


 思わず空中で後ずさった僕だが、次の瞬間涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたフィルに思いっきり抱きつかれる。


 VR空間とは比べ物にならない、暖かくて柔らかい重みが僕の全身に伝わる。


「ごめんね、待たせちゃって」


「うんっ、うんっ!」


 ちゅっ……


 とびっきりの笑顔を浮かべて、キスしてくれるフィル。

 僕は優しく彼女の頭を撫でながら、ぎゅっと彼女の身体を抱きしめた。



「ア~、ナンツーカ……ドーテークサイイチャツキ、ミセツケテクレンジャン?」


 あ、ようやく思い出した。

 困惑気味の表情を浮かべる魔王軍の四天王。

 そういえば”D”とか言ったっけか?

 感動の再会シーンを待ってくれるとか、意外に律儀な奴なのかもしれない。


「マァ、ソノカンドウヲスグゼツボウニカエテヤルヨ!

 オマエモ、イッショニトラエテヤル……!」


 ドラゴンの背に立ち上がった”D”は、何かわちゃわちゃ言っているけど。


「ねえフィル?

 あれ、やっちゃうか!」


「うんっ!

 シュンがいれば、何も怖くないよっ!」


 ザンッ!


 グレートソードの切っ先を、”D”に向ける。


 ぴとっ


 フィルの小さな手が、僕の右手に重ねられる。


 キイイイイイイイイイインッ!


 フィルの膨大な魔力がグレートソードに伝わっていき……。


「……イヤチョット、マジ?

 イキナリソレッテ、ハンソクジャネ?」


「「くらえっ!!」」


 ブオッッ……ズドオオオオオッ!


 僕とフィルの合体技は、魔王軍の軍勢ごと四天王”D”を吹き飛ばしたのだった。


「ふうっ」


 なんとかフィルを助けられた。

 大きく息を吐いていると……。


 キラキラ


 光の粒子が僕を包む。


「シュン?」


 ああ、そうか。

 この転移は一時的なモノ。


「ごめん、今回はこれで終わりみたい。

 だけど、僕はもうキミを忘れないよ?」


 この世界と繋がる、イストピア・サーガを描き続ける限り。


「またノベルエデンで会おう!」


「……うんっ!」


 転移の時間が限られていることを察したフィルは、一瞬寂しげな表情を浮かべるけれど。

 またすぐに会える……とびっきりの笑顔を浮かべてくれるのだった。


 そして、僕の意識は光に包まれる。

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僕の底辺小説が異世界に影響を与えてるって本当ですか? ~逆の展開を希望して誘惑してくる美少女たちに振り回される日々だけど悪くない!~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

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