第15話 フィルの戦い
「ううっ、嫌われただろうなぁ」
家に帰り、PCを開いたとたん後悔が押し寄せてくる。
もしかしたら、デビューのチャンスをふいにしてしまったかもしれない。
だがそんな気持ちはノベルエデンのマイページを見て吹き飛ぶ。
フィルはまだオフライン。
やっぱりおかしい。
イストピア・サーガの続きを書かなきゃいけない。
なぜそう思ったのかは分からない。
僕は衝動のままに、キーボードを叩き始めた。
*** ***
「誇り高きイストピアの諸君! いまこそ積年の恨みを晴らす時!」
ウオオオオオオオオッ!
ミュラー侯爵を中心に、積極攻勢派の貴族たちの軍勢が王都中に響かせんと鬨の声を上げる。
その後方にはアロイスら宮廷魔導士と王国軍幹部が並んでいる。
「そして、我らが麗しき戦乙女……フィルライゼ殿!!」
わああああああああっ!!
無数の高レベルモンスターで構成された魔王軍本隊。
それを閃光魔法の一撃で消し飛ばしたフィルライゼの活躍はまだ記憶に新しい。
笑顔で手を振るフィルライゼを、中央広場を埋め尽くした王都住人のすさまじい歓声が包む。
(ああああ、こうなっちゃったら……)
(戦うしか、ないよね)
慎重論を唱える国王を味方に付け、ミュラー侯爵ら積極攻勢派を抑え込もうと画策したアロイスとフィルライゼだが、積極攻勢派に王都の住民が味方に付いたのは計算外だった。
レナード公の軍勢が全滅したことを知らない彼らは、熱狂的に……しかも楽観的に攻勢論を主張するミュラー侯爵たちを支持したのだ。
「出陣!!」
数千に及ぶ遠征軍が、勇ましく王都を出発する。
(今のあたしなら、もしかしたら)
シュンがくれた力は、自分の中にしっかりと宿っている。
捨て身で戦えば、この人たちを守れるかもしれない。
(ばいばい……)
世界の向こう、シュンに向けてそっと惜別の言葉を送る。
*** ***
『閃光(ひかり)よ!』
ヴィンッーーー
ズドオオオンンッ!
フィルライゼの右手から放たれた閃光魔法が、魔王軍の先鋒を吹き飛ばす。
レナード公の軍勢が消息を絶ったノルド地峡。
その中ほどに到達した地点でミュラー侯爵らの遠征軍は魔王軍の襲撃を受けていた。
「ははっ! フィルライゼ殿の魔法があれば鎧袖一触よ!
レナードめ、功を焦りおったな!」
(くっ)
周囲を精鋭で固め、遠征軍の総大将は自分だと誇示しながら豪華な椅子にふんぞり返るミュラー侯爵は得意絶頂だが、本陣の直援を務めるフィルライゼにそんな余裕はない。
「フィルライゼ様、右からも来ます!」
「!? 『炎よ』!!」
極大魔法の術式展開が間に合わない。
詠唱速度の速い爆炎魔法を発動させる。
ブオオオオッ!
右の斜面から駆け下りてきた狼型モンスターの群れを何とか撃退したものの、討ち漏らしが出てしまい、右翼を守る王国軍の一部が喰われる。
ドシュッ
「ぐああああああっ!?」
「おい、大丈夫か!!」
「俺の、俺の腕がああっ!?」
「ああっ……」
右腕を失った兵士が半狂乱でのたうち回る様から、思わず目を逸らすフィルライゼ。
この数を自分一人では……アロイスたちは背後から襲ってきた別動隊に対処している。
「侯爵! わざわざ魔王軍が待ち構えているノルド地峡に攻め込むなど、お気は確かか!」
右翼を指揮する年若い貴族、アベルト男爵がミュラー侯爵を糾弾する。
「ふん、素人めが。
フィルライゼの火力を生かすには、戦場を局限化する事こそ肝要よ!
こうやって敵を引き付け、魔法を打たせていれば無限に戦果が上がる事がなぜわからん?」
「周囲を無数の魔王軍に囲まれているのにですか!
撤退すべきでしょう!」
「くどい!」
しごく常識的なアベルトの進言を退けるミュラー。
「くっ……」
ザッ
「……やはり
その瞬間、アベルト男爵の纏う空気が変化した。
「我らの未来のため、御退場いただくとしよう」
「なに?」
ピッ!
アベルト男爵が指笛でどこかに合図を飛ばす。
ドシュッ!
「えっ?」
次の瞬間、どこからか放たれた火矢がミュラー侯爵の眉間を射抜いた。
ボウッ!
魔法で
「アベルト男爵!?」
「血迷われたか!?」
突然の暴挙に混乱する本陣。
間髪入れず、アベルトの声が響く。
「静粛に!!
お前たち!」
ジャキッ
「なっ!?」
見れば、本陣以外の両翼の兵士が全てこちらに武器を向けている。
一体何が……呆然と立ち尽くすフィルライゼ。
「……失礼」
静まり返った戦場に、アベルト男爵の声だけが木霊する。
「最近考えておりました」
「いくらフィルライゼ殿が世界最高の魔法使いだったとしても……しょせんは一人の年端も行かない少女だ。
彼女一人にイストピアの未来を託すのはあまりに酷、いや無謀だと」
「私の縁者にダークエルフと関わりのあるものがいましてね。
彼を通し魔王軍の動向を探らせていたのです。 そして……」
ばっ
アベルト男爵が、芝居掛かった仕草で左上方を指さす。
ズズン!
辺りに響く地響きの音。
地峡を構成する切り立った崖。
その上にいつの間にか数体の巨大なモンスターの影が出現していた。
「ど、ドラゴン!?」
赤い鱗を持つグレートドラゴン種。
「あ、あれは!?」
ひときわ大きい一体のドラゴンの背に跨るスラリとしたシルエット。
逆光で表情までは読み取れないが、一見すると人間の少女のようにも見える。
だが、頭の両側には巨大な角が生えており、全身に禍々しい魔力を纏っている。
「……魔族だ」
魔王軍の中枢を担うという、魔界の使者。
四天王と呼ばれる魔王軍の幹部がこちらを見下ろしている。
「そう、魔王軍四天王筆頭……我々がD”ディー”と呼んでいる魔族ですね」
圧倒的な力を持つ人類の敵を目の前にして、やけに落ち着いているアベルト。
「彼……いや、彼女ですか。
あの方は短期間でとびぬけた力を身に着けた……
「!!」
アベルト男爵の視線がこちらを向く。
まさか。
「フィルライゼ殿を差し出せば、イストピア王都を安堵すると確約を得たのですよ。
このまま戦い続けていてもじり貧だ。
悪くない取引でしょう?」
「う、うそ……」
目の間が真っ暗になる。
思いもよらないアベルトの裏切り。
フィルライゼは魔族に売られようとしていた。
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