第12話 目撃と別れ


「えーっと」


クラーラさんが走り去った先を、呆然と見つめる。

何か凄い事があった気がするが……。


「……疲れた」


今日はスマホを忘れたため、時間を潰すことも出来ない。

僕はひとまず図書館で、読書(ラノベ)にふけることにしたのだった。



***  ***


「ふえーん」


ぼすん


胃の痛くなる会議を終え、私室に戻ったフィルライゼはベッドに飛び込む。

メイド長さんが心を込めて整えてくれたベッドはふかふかで、少しだけ心が軽くなる。


昨日から続く事後処理の間に、避難民の皆さんへの炊き出しも休みなく続けてきたのだ。

魔力も消耗しへとへとだが、30分くらいなら”繋げ”られるだろう。


むこうに派遣している使い魔からの報告も受ける必要がある。

フィルは寝ころんだまま目を閉じ、精緻な術式を組み立てると……”ノベルエデン”の世界にダイブした。


ヴィンッ


昨日はダイブできなかったので、ずいぶん久しぶりに感じる。

シードラゴンより100倍は可愛い、魚型のモンスター(イルカというらしい)がきれいな水を噴き上げる噴水を中心に、何脚かのベンチが置かれている。

周囲を囲む木々の葉は青々と茂り、夏の訪れを感じさせる。


季節は同じだが、魔王軍の侵攻で焼け野原が広がるイストピアとは大違いだ。

小さくため息をつくと、ベンチの一つに腰掛ける。

木製のベンチにはクッションが置かれており、さんさんと照らす太陽が気持ちいい。

フィルライゼはシュンが用意してくれたこの公園(まいぺーじというらしい)が大好きだった。


「えっと、”ちゃっと”を送って……」


”ぶいあーる”と呼ばれる魔法空間で使う狼煙のようなものだ。

これを送るとすぐにシュンは来てくれる。


(えへへ……)


この瞬間はいつでも心が躍る。

お偉いさんたちと神経の磨り減るやり取りをした後だからなおさらだ。


「……あれっ?」


わくわくと噴水の水面を鏡代わりに髪を整えていたフィルだが、ちゃっとを送って5分経っても10分経ってもシュンが現れないので首をひねる。


「あっ、そっかぁ!」


イストピアとこちらの世界では多少の時差があるが、いまこちらの世界は真昼。

学生であるシュンは”だいがく”という学び舎に行っている時間だ。


「でも、おかしいな?」


魔法空間に現れなくても、すぐにメッセージをくれることが多かった。

すまほ、なる携帯魔法端末をシュンが家に忘れている事には思い至らないフィルライゼ。


「今忙しいのかな……はうぅ」


しゅんとしてしまうフィルだが、もう一つやるべきことを思い出す。


「そうだ、使い魔と交信しとかないと……リリィ!」


キュインッ!


『おう、フィルっち! 向こうは大変そうだにゃ?』


使い魔との同調魔法を発動させると、陽気な声が脳内に響く。

フィルの使い魔、黒猫のリリィである。

ちなみに男の子だ。


『こっちの人間はちょろいにゃ! リリィがちょいと愛想を振りまけば極上キャットフードをくれるにゃ! 天国にゃ! ちょっと太ったにゃ!』


「ぐぅ……あたしたちなんて傷んだモンスター肉を食べてるっていうのにっ」


こちらの世界を堪能しているらしいリリィに少し嫉妬するフィル。

彼女の魔法レベルでは、使い魔である黒猫1匹をこちらに送り込むだけで精一杯だ。

それでも凄い事なのだが。


「あなたの食生活の報告はいらないから、シュンの情報を教えてよ~」


ぷくっと頬を膨らませるフィル。


『にゃっ、フィルっちは愛しの救世主様のプライベート情報が欲しくてたまんないにゃ?

可愛い顔してストーカー気質あるにゃ! ヤンデレだにゃ!

おっけー、いきなりとっときの情報だにゃ! シュンっちのオニャピーのおかずは……』


「リリィ~~~?(ぐいっ)」


調子こいて下品な事を口走ろうとするリリィにお仕置き魔法の術式を送る。


『ぬはっ!? 潰れるにゃ! 玉無しになるにゃ!?』


「二度目はないよ?」


『!? はいだにゃ!』


ちっとも笑ってないフィルの声に、震えあがるリリィ。

背筋を伸ばし報告を始める。


『シュンっちの日常生活に大きな異常なし!

相変わらず学校ではボッチだにゃ!

アルバイト先の花屋さんで貰った鉢植えに話しかけるのが日課だにゃ!

あと、良くヘンなコマンド・ワードを呟いてるにゃ! リリィ勉強した、あれはチューニ病だにゃ!』


……相変わらずリリィのシュン評はなかなかにヒドイ。

花屋さんとか素敵だけどなぁ……シュンが自分に花束を送ってくれる光景を思い浮かべて赤面するフィル。

それに、イストピアでの記憶はなくとも魔法の研鑽に余念がないのだろう。素敵。


『こ、恋は盲目だにゃ……』

『ただ……』


「ただ?」


少々ドン引きしつつも、思案気な声を上げるリリィ。


『最近怪しい動きがあるにゃ。

こればっかりは見てもらった方が早いにゃ!』


ヴィンッ!


「遠見の術! リリィ、いつの間に?」


リリィの声と共に、フィルライゼの視界が切り替わる。

使い魔と視覚を共有する魔法で、世界でも使い手はほとんどいない。

自身のレベルアップが使い魔にも良い影響を与えていたようだ。


(よ、よしっ!)


もしかして、シュンの学校生活が覗けるかも!


わくわくするフィルライゼが見たのは、驚きの光景だった。


---


『もっと、もっと書いて……』

『シュン……素敵よ』


さんさんと日光が降り注ぐ昼下がり。

おっきな建物の壁から突き出したガラス張りの個室で……シュンが綺麗な女の人に押し倒されている。


---


(えっ……えええええええええっ!?)


驚きの余り、全身に鳥肌が立つ。


日光に輝く美しい銀髪。

自分もそこそこだとは思ってるけど、全く勝負にならない抜群のプロポーション。

あの女の人と比べたら、あたしなんてちんちくりんのお子様だろう。


シュンもまんざらではなさそうな、うっとりとした表情を浮かべている。


「…………ッツ!」


ぷちん


見ていられなくなったフィルライゼは、使い魔との感覚共有を切る。


「はあっ……はあっ!」


動機が収まらない。

頭の中もぐちゃぐちゃだ。


(ああっ……)


考えてみれば当たり前だ。

イストピアに関する記憶をすべて失い、元の世界で平和に暮らすシュン。

あれだけ慈愛に満ちて優しい人なのだ。

綺麗な彼女さんがいても不思議じゃない。


「ううっ……」


こぼれそうになる涙を必死にこらえる。

どれだけ恋焦がれても、魔法で作られた仮想空間でしか会えない自分と、

現実で触れ合える彼女……どちらがいいか一目瞭然だ。


それに。

固く誓った彼女の矜持。

シュンが元の世界で幸せなら……その幸せの邪魔はしない。


「ああ、シュンはボッチっぽかったからワンチャン期待したんだけどなぁ……」


『い、いや……あの女が現れたのはつい最近で、しかも続いて変な雰囲気になってるにゃんよ?

ていうかフィルっちも地味に酷いにゃ!?』


使い魔の声も耳に入らない。


「ふふっ……イストピアにほんの少しその幸せを分けてもらえるだけで満足しなきゃね。

ふにゅん」


ぽろり


結局涙がこぼれてしまう。

今のメンタルでは、シュンの書いた第23話を読む気になれない。

どのみち、もう魔力切れで向こうに戻らなくてはいけない。


『おもしろかったよ、小説がんばってね』


フィルライゼはそうチャットを残すと、そっと仮想空間の公園を後にするのだった。

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