第11話 クラーラの誘惑
「読ませてもらったわ」
「Gut! いいわね」
スマホに”イストピア・サーガ”を表示し、微笑を浮かべるクラーラさん。
(やった!)
自分のスマホを忘れたので、マイページからPV数を確認する事は出来ないけど、
クラーラさんのスマホで大きくデイリーランクが上昇していることを見せてもらった。
「そ、それで……この後はどうすればいいかな」
「そうね……」
僕の言葉に考えこむクラーラさん。
声が上ずっているのは、イストピア・サーガが伸びているからではない。
(クラーラさんとふたりっきり……)
僕が通うこの星修大学には3階建ての大きな図書館があり、個室の学習ルームが設置されている。
通路側はスモークガラスで覆われており、防音も完璧。
学生の気が散らないよう最大限の配慮がされているのだが、それを良いことにこっそり致しちゃうカップルがいるらしい。
チャラそうな先輩がそう話しているのを聞いたことがある。
神聖な学び舎でなんと不埒な!
(まてよ、今の状況って……)
いっちょ前に憤慨してみるものの、いま僕は同回生の女子とその個室に入ってるわけでして。
「ふふっ……来てくれてDanke?」
(ぐはああっ!?)
僕の心を読んだみたいに、色っぽい流し目を送ってくるクラーラさん。
ダンケはえっちな言葉じゃありません(錯乱)!
「もう少しヒロイン達を追い詰めるべきね……そう、もっと」
ぎしっ
机に向かい合わせに座っていたクラーラさんが、こちらの座席に移動してくる。
いつものダメージジーンズがら覗くふとももの白さが、僕の目に焼き付いた。
ぼうっ
なんだろう、頭がぼーっとしてくる。
頭の中に霧がかかったみたいな。
それに、どこか甘い匂いがするような……。
「もっと、もっと書いて……。
シュン……素敵よ」
クラーラさんの桜色の唇がだんだん大きく見えてきた。
*** ***
(くそっ! ディートのヤツめ……)
表面上はクールな表情を保ちつつ、内心汗ダラダラのクラーラ。
誇り高きアイヒベルガー家の娘がこのようなはしたない振る舞いをするなど……。
『Fuuuu~~!! さいっこうにアガるっすわ!!』
『もっともっとバイブスあげて、エロく☆Yeah~~~!!』
この男が書いた第23話を読んだディートの反応は上々で。
正直何を言ってるか全く理解できなかったが、彼女が指示した次の色仕掛けがこれである。
(貴様がやればいいじゃないか!)
脳内のディートに回し蹴りを食らわせるクラーラ。
『ぶふぉおおっ!? イクっ!? Hell to Goだってばクラ様!?』
『うっは、あーしってアゲアゲパリピじゃん? ピュアなチー牛君にはキャパいっしょ?』
確かにディートの見た目は脳ミソ5gしか入ってなさそうなアホ女で、この男が苦手なタイプかもしれんが。
(とはいうがな、我は接吻すら初めてなんだぞっ!!)
一族の悲願を果たすため、厳しい鍛錬に明け暮れて来た。
もちろん、そういう経験などない。
ヤツの指示で大きく脚を露出する服を身に着けているが、恥ずかしくて仕方がない。
どさっ
ついにシュンを長椅子の上に押し倒す。
シュンは熱に浮かされたようにぼうっとし、横を向いている。
(よ、よしっ)
(完全に屈服させる……!)
クラーラは小さく息を吸うと、
ディーちんのアゲアゲ☆サキュバスプランレベル1(レベル2や3がどうなるかは考えたくもない)を実行すべく、ゆっくりとシュンの顔に自身の唇を近づけていく。
(くっ……氷の平常心だ、クラーラ!)
すっ
幼少期から鍛えられたメンタルコントロール術。
煩いくらいだった動悸も収まった。
(よし)
接吻を施すべく、唇に力を入れ、シュンの顎を掴みコチラを向かせる。
だが……。
「……うぅ」
「!?!?!?!?」
どきんっ!
ふにゃりとした表情のシュンを見た瞬間、クラーラの心臓が大きく跳ねる。
儚げで、どこか優しいその表情。
幼き日、彼女の頭を優しく撫でてくれた兄者の顔がシュンに重なって……。
(~~~~~~~~っっっ!!)
ぐうっ!
緊張と恥ずかしさが頂点に達し、なぜか大きくお腹を鳴らしてしまうクラーラ。
「……はっっ!?」
「く、クラーラさん?」
淫靡な空気は一瞬で霧散し、正気に戻ったシュンが戸惑いの声を上げる。
「こっ、こっこここここここれはだなっ!!
ゴトー シュンっ!!」
目をぐるぐるさせながら狼狽するクラーラは、びしりとシュンに人差し指を突き付ける。
「は、はいっ!!」
「わ、我はそなたに魅了された!
今日のところは撤退するが……お、覚えているがよい!!」
しゅばばばっ!
いつものクールな表情はどこへやら、とんでもないことを口走ると呆然とするシュンを放置して個室から走り去るクラーラなのだった。
(な、なんだ今の感覚は……まだ鼓動が収まらない、これはいったい!?)
外へ飛び出し、全力疾走をかますクラーラ。
彼女が初めて感じた感情の正体を理解するのは、もう少し先の話だった。
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