第9話(フィルサイド)漂う暗雲

 

「フィルライゼ様、こちらにもお願いします!」


「はいっ、お任せくださいっ!」


 ここはイストピア王都の中央広場。

 魔王軍の攻勢で故郷を追われた人々が暮らす、難民キャンプが設置されている。


『錬成魔法:カレースープ!』


 パアアアアッ


 炊き出しの食事を煮込んでいる大鍋に近づいたフィルライゼは、

 シュンから授けられた術式レシピに従い、錬成魔法を発動させる。


「わあっ、いい匂い!」


 モンスターの肉を使っているからか、少々悪臭を発していた鍋は一転してかぐわしいスパイスの香りを立ち昇らせる。

 歓声を上げて子供たちが寄ってくる。

 6~7歳くらいの幼い少年少女たちだ。


「ふふっ、どんどん作るからお腹いっぱい食べてね」


 ボウルに小麦で出来た”麺”を入れ、お肉たっぷりのカレースープをなみなみと満たす。


「ありがとうフィルお姉ちゃん!」


 ホカホカと湯気を上げるカレーラーメンを手渡すと、満面の笑みを浮かべて食べ始める子供たち。


「はぐはぐ……お姉ちゃん、おかわりある?」


「ふふっ、もちろんあるよ~?」


「こ、こら……すみませんフィルライゼ様、子供たちが御無礼を」


 申し訳なさそうな表情で、子供たちの母親とおぼしき女性もやってくる。


「いえいえ、可愛いお子さんですね。

 さあ、お母さんもどうぞ!」


「こ、こんなにたくさん……!

 ああ、フィルライゼ様はわたしたちの救世主です!」


「えへへ、大げさですよ~」


 母親にもカレーラーメンを手渡しながら、とびっきりの笑顔を浮かべるフィルライゼ。


(これが、これがしたかったんだよ!)


 モンスターと戦うだけじゃなく、魔王軍に故郷を追われた人たちを助ける事。

 力が無くて自分の村を守れなかった……シュンにもらった力で、一人でも多くの人を助けるんだ!


 精力的に錬成魔法を使い、人々に声をかけていくフィルライゼ。

 その姿はまさに地上に降りた女神のようだった。


「フィルライゼ、先日の戦いで疲れているだろうに、すまないね」


 1000人分以上のカレーラーメンを錬成し、フィルライゼが一休みしていると壮年の魔法使いが声をかけて来た。

 イストピア随一の使い手とうたわれる賢者アロイス。

 今のフィルライゼの上司である。


「あっ、アロイス様! あたしは元気いっぱいですっ!

 第二キャンプの方は大丈夫ですか?」


 このような難民キャンプは王都内に何カ所もあり、王国軍と宮廷魔導士たちが手分けして炊き出しを行っている。


「ふふっ、君が考案してくれた術式レシピのお陰で問題ないよ。

 カレー粉、って言ったかな。

 様々な香辛料を組み合わせ、かくも深い味わいを出すとは……しかも、匂いのきついモンスター肉にも利用できる。

 ソイツを錬成魔法で大量に生成するとはね」


「あうあう」


「我々の錬成魔法だけでは食材の大量供給は難しい。

 貴公の一撃で大量に手に入ったモンスターの肉を食材に利用できるのだ。食糧が不足するわが国にとって、まさに福音だな」


「ぷしゅ~」


 褒められまくって頭から湯気を出すフィルライゼを優しい眼差しで見つめるアロイス。


(こんな年端のいかない少女に国の運命を託すなど……せめて我々が支えてやらねばな)


 彼女は自分の家族を守ってくれたのだ。

 貴族たちは積極攻勢を主張しているが、まずは民を救うことが先決だ。

 アロイスは改めて決意していた。


「あ、あたし一人の力じゃないですっ」


 モンスターを吹き飛ばした閃光魔法も、カレーラーメンのレシピも。

 いまこのように笑える自分だって……全部彼がくれた物。


(ああ、隣にシュンがいてくれたらなぁ)


 薄曇りの空を見上げる。


 使い魔にも情報を探らせているが、やはりシュンはコチラの世界に関わる記憶を完全に失っているようだ。

 フィルライゼの魔法レベルでは、あの世界に自分が行くことはできない。


 シュンが”仮想空間”と呼ぶ、魔法的に位相の近い特異点を通じ彼とお話しする事は出来るけれど。


(”小説”の力であたしを助けてくれることはとっても嬉しい)


 シュンはイストピアに関する記憶を失っているけれど、彼が紡ぐ「イストピア・サーガ」が、フィルライゼが暮らすイストピアに影響を与えている。

 再会してから1か月余り。

 フィルライゼはそのことを確信していた。


(それだけで満足しなきゃ)


 彼は自分の世界で平和に暮らしている。

 それを邪魔しちゃいけない。


 事情を説明しても信じてもらえるわけがない……。

 彼の優しさを利用しているのはあたし。

 だから、それ以上を求めちゃいけない。イストピアが救われたら関係はおしまい。

 それはフィルライゼの矜持だった。


(……でもでも)

(寂しいなぁ……)


 フィルライゼはまだ16歳の少女である。

 理性ではそう割り切っていても、乙女心を押さえるのに苦労するのだ。

 フィルライゼはそっとため息をつく。


 スドオオオオオオオンッ!!


 その時、巨大な爆発音がビリビリと空気を震わせた。


「くっ、何事だっ!?」


「アロイス様! レナード公の私兵に武器庫と食糧庫を急襲されました!」


「なんだと!?

 まさか、魔王軍に追撃を掛けるおつもりか!

 なんと愚かな!!」


「……えっ?」


 あまりの出来事に、その場に立ち尽くすフィルライゼ。

 魔王軍から取り戻した王都周辺の農地で小麦が収穫できるまで、少なく見積もっても半年以上。


 今王宮の食糧庫から大量の食糧を持ち出されたら……!


 薄曇りだった空は、いつの間にか分厚い雲に覆われ始めていた。

 イストピアの行く末を暗示するように。

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