第8話 意外な告白

 

 ざわざわ……ざわざわ

 ちらちらっ


 講義室のあちこちから視線とざわめきを感じる。


「中世における支配体制の綻びの一つとなった魔女狩りは……」


 授業の内容など1ミリも頭に入ってこない。

 担当教授が学生の様子に頓着しないタイプで助かった。

 そうでなければとっくに騒ぎになっていただろう。


「んっ……」


(ふおお……)


 跳ね上げタイプの椅子なので、クラーラさんが脚を組みかえるたびすらりとした足先までの動きが嫌でも目に入る。


「魔女狩り……Hexe、参考になるわね」


 ぎゅっ


 どこに参考になる点があるのか分からないが、クラーラさんが身じろぎをするたび、ワンピースに包まれたお尻が僕の腰にあたる。


(ぬほおおおおおっ!? 近い近いっ!)


「……ちっ、なんであんなヤツが」

「俺なんか話しかけても無視されたぜ」


「「ぐぬぬぬぬ……!」」


 講義室内の全男子学生から殺意の波動を感じる。


「ふむ……良いわね」


 何が良いのかさっぱりわからないが、三限目の終わりのチャイムが鳴り響くなり、クラーラさんに引き摺られるようにして僕は講義室を出たのだった。



 ***  ***


「ちょ、ちょっと……クラーラさん、どこへ?」


 講義室を出たクラーラさんは、一直線に大学の敷地から出て、山手方面に向かう。

 おしゃれなカフェが多いエリアだ。


 彼女は何も説明してくれないけれど、デートに誘われた手前無視して帰る事も出来ない。

 幸い今日の授業はすべて終わったので、このままデートに向かっても問題ないけれど。


「…………ついてきて」


 すらりと背の高いクラーラさんは、目線の高さが身長170㎝の僕とほぼ同じ。

 前を行く彼女の表情は見えないけれど、頬のあたりがうっすらと赤らんでいるように見える。


 ま、まさか僕の態度で怒らせてしまったのだろうか?

 一般的な欧米男性なら、デートのお誘いにはクールに、それでいて情熱的に答え……任せろセニョリータとシャレオツな夜景を望めるバーに案内し、海の見えるホテルで地中海的な一夜を過ごす、となるはずだ。


 情けないジャパニーズオタクに失望し、欧米式デートを教えてあげると言う事だろうか。


(えっと、えっと!)


 このままリードを許せば日本男児の名折れ。

 サッカーの国際大会では日本がドイツに勝ったじゃないか。

 考えるんだ!


「…………」


 都会に出てきて数か月、大学と家の往復ばかりしていた僕にはデートスポットと言えば

 ウォーターフロント(ビッ○サイト)、渋谷(アニ○イト)くらいしか思いつかない。


(……クラーラさんに任せよう)


 観念した僕は、彼女の後をついていくことにしたのだった。



 ***  ***


(ぬぅ……私が色仕掛け、だと?)


 スタスタスタ


 表面上は冷静さを繕い、足早に歩みを進めるクラーラ。

 ディートから送られた”イマドキJDギャルズにテンアゲ↑のおしゃれ個室茶屋”とやらの座標は頭に入っている。

 この速度ならば、予約時間には十分間に合うだろう。


 我の後ろに付いてくる男……シュンへの依頼事項も十分に吟味した。


 だがしかし。


 クラーラの脳裏を占めるのは、そのような事務的な事項ではなく、もっと大きな感情だった。


(くううっ……恥ずかしいではないかっ!)


 故国に轟く、他に並ぶものなしと言われる美貌も自覚している。

 アイヒベルガー家の悲願を叶えるため、遠く……本当に遠いこの国への派遣も自ら承諾したことだ。


(だがっ!)


 鍛え上げたこの精神と肉体を使えば、どんな試練でも撥ね退けて見せよう。

 ただ、ただである……女性的魅力を用いて、殿方を篭絡せよ、とはっ!


 この国には彼女が片腕と信頼を寄せる爺も、支えてくれる家の者もいない。

 うかつに力を使うわけにはいかない以上、

 ディートとふたりだけでは、出来る事にも限りがある。


「くっ……このクラーラ・アイヒベルガーを嘗めるなよっ!」


 がしっ!


「うわっ!?」


 覚悟を決めたクラーラに、もう迷いはない。


 そう、この世界のいんたーねっとで調べ上げた必殺奥義。


 ドンッ!


 ガチャッ!


 バンッ!


 丘の上に建つ白壁の美しい喫茶店。

 店員に予約していることを伝えると、遠くに海が見える個室に一直線。

 逃げられないようにシュンの右腕をねじり上げ、右手を壁につき顔を近づける。


「これが……壁ドンよ」



 ***  ***


 超絶美少女銀髪留学生に個室に連れ込まれ、壁ドンされた件。

 ご丁寧に「壁ドンよ」と説明付き。

 何でクラーラさんはドヤ顔なのだろう


 よくあるラブコメ小説のタイトルみたいだけど、いざ自分がそのシチュエーションに放り込まれると

 脳が理解を拒む。


「ふ~っ、ふ~っ」


 鼻息荒く僕の両目を見つめるクラーラさんの瞳には炎が宿っており、もしかしてドイツでは男性に逆壁ドンで迫るのがトレンドなのかとアリもしないことを考えてしまうくらいだ。


 1つだけ確かなのは、世間一般から考える”デート”からかけ離れていると言う事。

 ”シュンに一目ぼれしたの。付き合ってくれる?”という流れじゃない事は、さすがに彼女いない歴ピー年の僕でもわかる。


 むしろツボでも買わされるんじゃね?

 クラーラさんにデートへ誘われた時の浮かれた気持ちはすっかり吹っ飛び、この修羅場(?)を切り抜ける方法を必死に考える。

 その時、テーブルに浮かれたメニューの煽り文句が目に入った。


『夏を先取り! デカ盛りマンゴーかき氷!』


「ま、まずは何か注文しようよ。

 ほらあれ、おいしそうだよ!」


「……むっ」


 クラーラさんの壁ドン力が少し弱まる。


 どんな女子もスイーツに弱い。

 古から伝わる法則に縋った僕の策は、どうやら功を奏したようだった。



 ***  ***


「Lecker!

 美味しい、美味しいわ、シュン!」


 シャクシャクシャクシャク


 運ばれてきたマンゴーたっぷりかき氷を、ものすごいスピードで口に運ぶクラーラさん。


 一口食べるたび、クールな表情は幼い少女のように崩れていき、今や満面の笑みを浮かべている。

 やばい、とっても可愛い。


「そ、それで……今日はいったいどうしたの?」


 クラーラさんの新たな一面を知れたのは良いけれど、彼女の用事を確認しておく必要がある。

 僕への告白ではない事は確かだけれど。


 シャクシャク…………


「……失礼」


 僕の言葉に、一瞬ハッとした表情を浮かべたクラーラさん。

 何かを思い出したのか、クールな表情を取り戻す。


「残念、さっきの笑顔も可愛かったけど(ふぁさっ)」


 さっきの壁ドンが怖かったので、少しだけ反撃しておく。

 ラブコメ主人公が良く使うイケメンムーブである!

 突然そういうことするからモテないんだよとか言わないで。


「!?!?」


 あれ!?

 意外な事に、びくりと体を震わせて、顔を真っ赤にするクラーラさん。

 攻められると意外によわよわなのだろうか?


「へ、変な事を言わないで……お願いしたいことがあるから声を掛けただけ」


 ぐいっ!


 顔を染めたまま、テーブル越しに身体を乗り出してくるクラーラさん。


(うわっ)


 思わず身構えてしまうけれど、やっぱり物凄い美人である。

 彼女にここまでさせる頼み事とは……。


「貴方のショウセツ……イストピア・サーガにアドバイスさせてほしいの。

 私の実家は、ドイツにある出版社で……」


「えっ、えええええええええええっ!?」


 信じられない申し出に、

 思わず椅子から立ち上がり、素っ頓狂な叫び声を上げる。


(…………)


 その様子を、窓の外から一匹の黒猫が静かに見つめていた。

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