第2話 憧れの美人留学生が僕の小説を読んでいた件

 

「ホントにホント! 凄かったですっ!!

 街がモンスターの群れに飲み込まれちゃうって状況からの大逆転!!

 ドキドキしましたけど、勝てて良かったですっ!!」


 エメラルドグリーンの瞳をキラキラさせながら、興奮気味に語るフィル。

 フィルは僕の小説を、物凄く感情移入して読んでくれる。

 目尻に浮かぶ涙から彼女の本気度が伺えて、作者冥利に尽きる。


「絶体絶命の状況に陥った時、覚醒する強大な力……王道だよね」


「ですねっ!」


 フィルの言葉に答えながら、内心冷や汗をかく。


(……当初のプロットでは、街の正面から攻めてくるモンスター軍団に奮戦するものの、背後から奇襲してきた別動隊に襲われ王都は壊滅。ピンチに陥ったヒロインを庇い斃れる騎士団長……彼女自身も片腕を失い、僅かな仲間と共に命からがら撤退するものの、なんとか辿り着いたイストピア第3の都市では、王都を見捨てたことを糾弾され絶望した彼女の心に魔族の闇が忍び寄る……第一部完)


(だったなんて言えないっ!)


 フィルには伝えてないけれど、僕はダークファンタジーが大好きだ。

 ホントはもっと暗い展開にしたかったのだけど、フィルの熱意に負けて第22話から路線変更し、チートで大逆転する展開にしたのだ。


(ううっ……やっぱり世間では無双系の方が人気なのかなぁ)


 心の中でため息をつく。

 ノベルエデンでダークファンタジーがウケない事は死屍累々の過去作が物語っている。


(ま、フィルの笑顔が見られるならいいか……)


 なにしろ、こうやってかわいい女の子とデート(誇大表現)が出来るのである!


 仮想空間内に再現された公園のベンチに座りながら、僕はフィルとの会話を楽しむのだった。


「もっとヒロインちゃんを活躍させてねっ♡」


 ぴとっ


(うおおおおっ!?)


 その日の夜、寝不足になったことは言うまでもない。



 ***  ***


「で、あるからして……ルネサンス期の抽象技法の発達は……」


 すり鉢状に座席が配置された大講義室の壁際で、教授の講義を聞き流す。

 一般教養の芸術科目。

 大学デビューをもくろんでいたのにもかかわらず、男子8割の理化学系の学部に入ってしまった僕にとって、貴重な女子と知り合うチャンスなのだが、スタートダッシュに失敗した今……孤高のダーク♂シュンに出来ることは何も無いのだ。

 その日に備えて己を研ぎ澄ませておくのみである。


「くくっ、自分の才能が恐ろしいな……」


 脳内で怪しげな化学反応式を思い浮かべつつ、スマホを弄る。

 周囲の席に誰も座ってこないことを気にしてはいけない。


「……おっ!」


 手持無沙汰に見ていたのは、ノベルエデンのマイページ。

 イストピア・サーガがランキングに乗ったことを示す王冠マークがポップアップしている。


(や、やった! あとで見よう!)


 いくら一般教養科目とはいえ、両親に学費を出してもらっている以上あまりサボるのも考え物だ。

 僕はうきうきとスマホをカバンにしまうと、教授の退屈な芸術論に耳を傾けることにした。


「…………」


 そんな僕を最後方の席から見つめる冷たい視線。

 その時の僕は、そいつに気付くことは無かった。


 ***  ***


「うおっ!? めちゃくちゃ伸びてるっ!!」


 結局授業を爆睡して過ごした僕は、昼休みになったので学食へ。

 A定食(煮込みハンバーグ)を受け取り、いつもの指定席に座る。

 うちの大学は僕のようなボッチにも優しく、○蘭よろしく壁際におひとりさま席があるのだ。


 授業中から気になっていたノベルエデンのマイページを開くと、更なる急上昇マークが目に入る。

 震える指で詳細ボタンををタップすると、先週比で10倍近いPV数と5件の感想が並んでいた。


「す、すごい……」


 やっぱり逆転無双チートはウケるのか……。

 嬉しいと同時に、少しだけ悲しくなる。


 良いんだ。

 これでプロデビューした後、脳内に溢れるダーク♂ファンタジーを趣味で書くんだから。


 まだデイリーランキング3桁に載っただけの分際で、調子こいたことを考える僕。

 だけど、苦節○年……初めてのデイリーランキング入りだし、感想が一度に複数ついたのも初めてだ。

 少しくらいは浮かれてもいいだろう。


「……うっ」


 だけど、浮ついた気分は感想を読んだ瞬間しぼんでしまう。

 5件の感想は大体が「これからの展開に期待!」などの好意的な内容だったけど、1件だけ……。


『20話までの陰鬱な雰囲気が好きだったのに、ガッカリしました。ブクマ外します』


「あたりまえだけど……ダークファンタジーを期待してた読者さんもいるんだなぁ」


 数は少ないとはいえ、暗い物語が好きな人もいる。

 そんな当たり前のことを今更ながらに僕は痛感していた。


「でも、今さら最初のプロットに戻せないよね」


 なにしろヒロインに隠された圧倒的な魔法の才能が目覚めるという展開にしてしまったのだ。

 今のレベルで一般モンスターに苦戦するのはおかしい。


「……ごめんなさい」


 僕は全部の感想に丁寧に返事を返すと、すっかり冷めてしまった食事を再開する。


「だが……これで我のノベリストちからも次のステージに到達したと言うものよ」

「くくく」


 誰もこちらを見ていないことを確認すると、前髪をかき上げぼそりと独白する。

 ……何コイツやべえって?

 創作者は心に厨二の獣を飼っているモノだよ?



「Guten tag……ここいいかしら?」



「うおっ!?」


 一人で悦に入っていたら、突然かけられた声に椅子から転げ落ちそうになる。


「えっ……ええ?」


 驚いて振り返るとそこに立っていたのは。

 キラキラと輝く銀に近いプラチナブロンド。

 涼しげな蒼い瞳。


 いくらボッチの僕でも知っている。

 先月うちの学部にドイツの大学から編入してきた、留学生のクラーラさん。


「うっ、うん。 大丈夫だけど」


 全男子学生あこがれのクラーラさんがなんで僕なんかに?

 混乱したまま頷くと、クラーラさんはサンドイッチを片手に僕の隣の席に座る。


「Danke……ありがと」


 外国語訛りのある”ありがとう”が僕の耳をくすぐる。

 ああ、なんてキレイな声なんだ。


「んっ」


 おひとりさま席は高さのある丸椅子である。

 隣に座られると否応でも目に入ってしまう。


(どきどき)


 髪色と同じ銀色の、ノースリーブのサマーセーター。

 ショート丈のダメージデニムからは、真っ白な太ももが惜しげもなくさらされる。

 日本人離れした抜群のプロポーションに思わず赤面する僕だが、クラーラさんは気にした様子もない。


 とても同い年とは思えない超絶美少女が隣に座っている。

 その事実にすっかり舞い上がってしまう。


 だけど、彼女の桜色の唇から撃ち出された言葉はさらに驚くべきもので。


「ねぇ」


 クラーラさんが取り出したのは、彼女の髪色と同じ銀色ボディのスマホ。

 デフォルトの紅い壁紙を背景に、ノベルエデンのスマホアプリが開かれている。

 そこには「イストピア・サーガ」の文字。


「このノベル……ショウセツ、シュンが書いたの?

 すごく面白い。

 期待してるから」


 それだけ言うと、クラーラさんはクールな表情を保ったままどこかに行ってしまった。


「……」


「…………」


「えっ……えええええええええええっ!?」



 ドタドタッ!



 こんどこそ僕は、椅子から豪快に転げ落ちたのだった。

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