第3話 女難の予感
「おふぅ……クラーラさんが僕の小説を読んでるとは」
ボッチで歩く大学の最寄り駅への道も、いつもより輝いて見える気がする。
フィルが僕の小説にファンになってくれた時も涙が出るほどうれしかったけれど。
リアルで自分の小説を「面白い」と言われた感動は、これまた筆舌に尽くしがたいものだった。
しかも、日本語勉強中のクラーラさんが一生懸命翻訳しながら読んでくれたと考えると……。
「うお~っ!! やるぞっ!!」
もっと面白い話を書いてやる!
テンションMAXになった僕は、駅まで全力ダッシュをかまそうとして……。
「……はっ!? ヤバイヤバイ!」
歩行者信号が点滅している交差点に、飛び込む寸前で急停止する。
ブロロロッ!
次の瞬間、目の前ギリギリを軽自動車が通り過ぎて行った。
「やっぱり……危なかったぁ」
思い出すのは高校の卒業式の日……ちょっと可愛い後輩(話したことは無い)から第二ボタンをくださいと言われ、浮かれた僕はテンションマックスのまま交差点に飛び出して軽トラに轢かれたのだ。
「くくっ……幸せ絶頂の今、異世界への召喚はお断りだぜ☆」
ばんっ!
走り去ったヤンキー軽自動車をポケットから取り出した魔銃(自作)で撃つ真似をする。
「……うっ、前世の記憶がっ!」
中二病ムーヴも忘れない。
「ままー、あのお兄ちゃん何してんの?」
「しっ! 厨二病がうつるから見ちゃいけませんっ」
「…………(赤面)」
しまった……やはりテンションがおかしくなっていたらしい。
ワザとらしく咳ばらいをすると、スマホを弄る真似をする。
(……ちっ)
(……!……!)
「ん?」
その時、微かに舌打ちが聞こえた気がした。
よく聞き取れなかったが誰かの話し声も。
「女性の声……?」
交差点に掛かる歩道橋を見上げるが、誰も歩いていない。
「気のせいかな……」
ハイレベル創作者になると妄想からの幻聴くらい聞こえるものである。
僕は頭を振ってテンションを正常に戻すと、駅への道を急ぐ。
まだ昼過ぎだけど、今日は珍しくバイトの予定があるのだ。
*** ***
「叔父さん、ラベンダーはこっちでいい?」
「そうだね、手前にハスで、奥の台にラベンダーを置こうか」
「ラジャー!」
叔父さんの指示に従い、配送トラックから段ボール箱を降ろす。
中には鉢植えのハスやラベンダーの若花が詰まっており、かなりの重さがある。
杖をついている叔父さんに変わり、力作業は僕の仕事だ。
一時期漫画の影響で格闘術にハマっていた僕は、意外に体を鍛えているのだ。
刀剣や怪しげな殺人術にハマるのも、男の子の通過儀礼と言えるよね!
「ふふっ。 いつも助かるよ、俊君」
「いえいえ、タダで2階に住まわせてもらってるんだから、幾らでも働きますよ!」
「それは頼もしいな」
嬉しそうに目を細める正志(まさし)叔父さん。
この街で何店舗も花屋を経営しており、僕の下宿先のオーナーでもある。
長身で頭髪も眉も見事なロマンスグレーのイケオジで、僕も密かに憧れている。
「それじゃ、ショーウィンドウ内を入れ替えたら、俊君も上がっていいよ」
「了解でっす……ん?」
まだ18時前、小説を執筆する時間は十分に取れそうだ。
僕はテキパキとショーウィンドウの中の花を入れ替えていくが、
ふと端っこに置かれた鉢植えが気になった。
小さな白い花はほとんど散ってしまっているが、枝の先にオレンジ色の実がいくつも実っている。
「……叔父さん、この鉢植え貰ってもいい?」
売れ残りの花は廃棄される運命だ。
妙にその鉢植えが気になった僕は、叔父さんに申し出る。
「それは……アンズだね。
もう実が付いてるし、持って行って大丈夫だよ」
「アンズ……?」
聞いたことはある気がするけどあまりなじみのない植物だ。
「それにしても……ほうほう、ついに俊君にも春がねぇ」
「??」
なぜかニヤニヤしだす叔父さん。
「それじゃ、これ貰っていくね」
その様子に首を傾げつつも、仕事が終わったので2階に上がろうとする。
「ああ、俊君。
ソイツは北側に置かないようにね?」
「?? 分かったよ正志叔父さん。
お疲れ様!」
「おつかれさま」
僕は花言葉には疎いのでよく分からない。
後で調べてみようかな。
そう思いつつ2階に上がった僕は、リビング兼寝室の出窓に鉢植えを置き、ノートパソコンを開いて執筆を始めた。
思いのほか執筆は捗り……アンズの木の事などすっかり頭の中から消え去っていた。
後から知った事だが、アンズの鉢植えを出窓に置くと”女難”を招くらしい。
その時の僕は、そんな事など知る由もなかった。
*** ***
「……ふぅ、集中したぁ!」
一心不乱にキーボードを叩き続けて2時間ほど。
プロットを書き終えた僕は、大きく伸びをする。
夏至を過ぎたばかりとはいえ、すっかり外は暗くなっている。
「いけね、晩ご飯食べてないわ」
執筆に没頭していたからか、食事を採っていなかった。
「うっ……スーパーに寄ってくればよかった」
冷蔵庫を覗くが、何も食材が入っていない。
浮かれていたせいで、一直線に下宿に戻って来たのだ。
叔父さんの本宅は別にあるため、僕は広い2階で一人暮らし。
「コンビニもスーパーも地味に遠いんだよなぁ。
……今日はカップラーメンでいいか」
商店街の中にあるこのお店。
20時を過ぎたいま、近所の八百屋さんや肉屋さんは既に閉店している。
微妙に遠いスーパーとコンビニに行く気が無くなった僕は、非常食のカップラーメンを食べることにした。
「まあ、若いからいいよね……ん?」
栄養的には褒められたモノじゃないけど、僕はまだぴちぴちの18歳である。
やけにジジむさい事を考えつつ、カップラーメンにお湯を注いで待つ。
その時、ノベルエデンのチャット機能が呼び出し音を立てる。
このアカウントは……フィルだ。
『シュンさん! 一生のお願いがあるんですがっ(>_<)』
一生のお願いとは穏やかじゃない。
僕は慌ててVRゴーグルを装着するのだった。
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