第61話 帰ってきた、イルス領に
馭者台に僕は座っている。
馬を操るためだ。
大抵は一人分の座るスペースしか用意されていないものだ。
今までは二人で座ってもなんとかなった……
だけど……
「ちょっと、三人は狭くないかな?」
マギーとエリスが両隣に座る形で僕を潰そうとしていた。
「すみませんが、エリス。荷台の方に回ってもらえないかしら?」
「いいえ。私はロッシュ様から領地経営を学ばなければなりませんから」
ずっと、この調子だ。
まぁ、悪い気分ではないんだけど……。
なんとなく沿道からの視線がキツイ。
きっと奴隷に命令して……なんて、思われていそうだな。
「そういえば、エリス」
「はい!! なんでしょう?」
処刑場から連れてきてから、数日。
すっかり、元気になったな。
本当にたくましい娘だ。
もっとも、こういう娘でなければ、あの学園ではやっていけなかっただろうが。
「あまり、思い出したくはないだろうが……」
エリスがあの処刑場にいた理由……それを聞きたかった。
「私がガトートスに騙されていたんです……」
本当に胸糞悪い話だ。
しかし、これで全容がつかめてきた。
僕を追い落とすためにかなりの目回しをやっていたようだ。
マギーの取り巻き達……僕の親友だと思っていたアイツ……。
王宮内の兵士たち……。
だが、分からない。
何故、アイツに加担する?
あんな男でも王国を引っ張っていける……そう信じられるのか?
僕だったら、絶対に阻止しなければならないと思うけど。
怒りが体中をめぐる。
「ロッシュ? 大丈夫?」
「ああ」
マギーの言葉で冷静さを取り戻す。
今は力を蓄えるときだ……。
イルス領の開拓……そして、軍備強化。
ラエルビズ軍にも対抗できるほどの軍と経済力を持つことが出来れば……。
そのときこそ……。
「エリス。マギーと一緒に僕を支えてくれ」
「はい!!」
彼女に与えたのは、僕の秘書的な仕事だ。
これからはあらゆる部署から報告が届くことになるだろう。
それを僕一人で処理するのは困難だ。
もちろん、マギーに押し付けることも不可能だ。
だが、エリスも加えれば……。
「マギーも分かっているね?」
「分かっているわよ。エリスは優秀であることはよく知っているわ。でもね、いい? ロッシュは私の旦那様よ。それだけは忘れないでね?」
まただ……。
「分かっています。私はまず、お二人に罪滅ぼしをしないといけませんから」
……エリス。
馬車はついにイルス領へと到着した。
空けていたのは二ヶ月。
短いようだが……景色が大きく変わっていた。
「おかえりなさい。ご主人様」
「サヤサか。出迎えに来てくれたのか?」
立派な体格のフェンリルに颯爽と跨っている姿は本当にカッコイイ。
「皆は元気にやっていたか?」
「ええ。元気良すぎなくらいで。仕事を休んだら、ご主人様に顔向けできないって張り切っていましたよ」
まぁ、誰が言ったかはなんとなく想像がつくけど……。
とりあえず、皆は元気であれば何よりだ。
「エリス。彼女はサヤサだ。見ての通り、獣人だ。彼女には……」
「キレイですね……」
ん?
何を見惚れているんだ?
「エリス?」
「え? あ、はい。えっと、サヤサ……さん、ですよね?」
「私のことはサヤサでいい。同じ、ご主人様の奴隷仲間だ。気にするな」
いつも思う。
サヤサは僕と他の人への態度が違う。
正直、怖いんだよな。
「はい!! 私はエリスと言います。その……よろしくお願いします!!」
「……それではご主人様。私は一足先に村に向かっております。皆にご主人様の帰還を報告してきます」
行ってしまった。
「素敵な人ですねぇ。でも、あら? もしかして、私もロッシュ様をご主人様と呼んだほうが?」
やめてくれ。
僕はまだご主人様と呼べるほど、皆に何かを与えている存在ではない。
むしろ、助けられてばかりだ。
「いや、今まで通りで頼む」
「わかりました。それで今後は……」
「ぶー」
横でマギーがご立腹だ。
エリスとの距離感もちゃんと考えないとな……。
学園の二の舞いはゴメンだ。
……。
「凄いな……」
目の前には拓けた土地が広がっていた。
森しかなかったはずが……。
そして、そこにはたくさんの住居が作られつつあった。
「大将!! おかえんなさい」
「ああ。カーゾも元気そうだな」
美青年とも言うべき人が山賊言葉を話すとなんとも言えない、不思議な感覚になる。
「随分と工事が進んだな」
「ええ。不眠不休でやらせていますから」
見た所、健康そうだが……大丈夫なのかな?
「皆にも変わりはないか?」
「ええ。あいつら、元気が有り余って問題を起こさないか、ヒヤヒヤもんで」
ふむ……野党時代の悪い癖が出始めているのかな?
これも領地経営では大きな問題だ。
罪人を処罰するルール作りもしなければならないかな。
「その者達による被害は出ていないか?」
「被害、ですかい? ……さあ、多少は怪我人が出て……」
これは由々しき問題なようだな。
しばらくはゆっくりと休む予定だったが、被害が出ている以上は……。
「すぐにその者たちがいる場所に案内してくれ」
「は? 今すぐですかい?」
何を悠長な。
被害は最小限に……。
……なんだ、これは。
木が……巨木が次々と倒れていく。
「へへへっ。俺のほうが5秒ほど早かったな」
「うるせぇ。てめぇは斧を使っているからだろ。俺なんて、ほれ! 石だぜ?」
「くっそぉ!! 俺も石でやってやる!! 絶対に負けねぇ!!」
……なんだ、この光景は。
十人程度の男たちが競うように木を切っていた。
しかも、中には手刀でやっているやつもいたぞ。
一体、どうなっているんだ?
「全く、張り切りすぎやがって。すいやせん。何度も水をぶっかけて、冷静にさせているんですが……」
えっと……
「被害というのは?」
「ああ。あいつら、木を適当に伐るもんだから、整地した場所がボコボコになるんでさぁ」
ああ……確かに。
でも……。
「彼らの好きにやらせてやってくれ」
それしか言えなかった。
「へい。それを聞いたら、あいつらも狂喜するでしょう」
そういうものなのかな?
なんか、違う気がするけど……。
「じゃあ、僕達は一旦、戻る」
「あっ。大将。サヤサの姉御に会いました?」
姉御?
「なんだ、その姉御って?」
「へ? いや、俺らを駒のように使うもんで。いつしか、皆、姉御と」
そうだったのか……。
なんだか、いない間に色々と変わってしまったんだな。
特にサヤサの扱いが……。
考えてみれば、ここでは最強の軍隊を持っているから、逆らえないよな。
フェンリル達には……。
「ささっ!! こちらです。大将達にはここに住んでもらおうと」
うん……まぁ、分かっていたよ。
遠目でもしっかりと見えるものだったから。
だけどさ……
「大きすぎないかな? この建物」
明らかに場違いな建物がそこにはあった。
「何を言ってんでさぁ。大将が居る場所はこん位でかくないと!」
大貴族の館ほどの大きさの建物だった……。
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