第59話 代理王との謁見

正直、ここには来たくはなかった。


王城内は静まり返っており、僕がいた頃よりも活気が失われたような気がした。


文官達の表情もどことなく暗い。


「マギー、すまないけど……」

「分かっているわ。私はここにはいないほうがいいものね」


顔が多少変わっているとは言え、見る人が見れば分かる程度だ。


今はまだ、マギーの存在を公にするのは得策ではない。


「マリーヌ様はどうします?」

「どう、とは何じゃ? 妾も付いて行っていいのかの?」


ふむ……。


「じゃあ、マギーと一緒に……」

「いや、ダメじゃな。ここは言わば、敵城。護衛の一人くらいは必要じゃろ?」


この人が……護衛?


なんだか、僕まで巻き添えを食らいそうで怖いな。


「なんじゃ、その顔は。とにかく付いていくぞ!!」


……まぁいいか。


僕はマギーと別れ、文官の案内で王城内のある部屋に向かった。


そこにいたのは……


ガトートスだった。


僕達が到着したと言うのに、椅子に座り込んでいる。


どうしたんだ?


「ふふっ。こいつ、喰われておるな」


なんだか、物騒なことを言っている……。


まぁ、気にしないでおこう。


しばらく、異様な空気だけが流れていた。


「おお、奴隷商じゃねぇか!!」


急に動き出したかと思ったら、あまりの大声にビグっとしてしまった。


えっと……。


たしか、こいつは……王になったと、ラエルビズが言っていたな。


こいつが……王?


なんともふざけた話だ。


だが、今はイルス領の開発が始まったばかり。


こいつの口先一つでそれも簡単に吹き飛んでしまう。


せめて、王国軍に少しでも対抗できるほどの軍備を手に入れるまでは我慢をするしかない……。


例え、クソを塗りたくられる屈辱を味わおうとも……


「この度は代理王になられたこと。おめでとうございます……」

「うむ!! 奴隷商の分際で、なかなかいいことを言う。しっかりと立場を理解しているみたいだな」


……。


「はい。我が領は開発を始めたばかり。なにかと、国王陛下の温情を賜りたく……」

「どうやって、入ったものか聞きたいが……なにせ、お前に時間を割いてやる暇はない。後ろには女たちが待っているからな」


……やっぱり、クズだな。


「それは大変よろしいことかと。それで僕に何用があって、呼ばれたのでしょうか?」

「あん? ああ、お前の腐った顔を拝もうと思ってな。それだけだ」


……言葉が出ない。


そんな理由で地方貴族を呼び出すだなんて……。


「そうですか……では、存分に僕の顔を見ていって下さい」

「バカか! 男の顔なんて見たくねぇよ」


「それは残念。では、僕はそろそろ……」

「ちょっと待て。今、思い出した。そう、お前に言うことがあった」


どうせ、流民の件だろうな……。


「お前の領に流民の管理を任せたい」


やっぱりな。


僕は知らない振りをしておいたほうがいいだろう。


「それはどういう事でしょう?」

「あん? 王の命令が聞けないっていうのか?」


……。


「いえ、逆らうつもりはありませんが、我が領は開発に取り掛かったばかり。管理をするほどの余裕がありません」

「うるせぇ! てめぇは黙って、従ってればいいんだよ」


こんなので、よく政治が回る。


だが、折角ならもう一手打っておこう。。


「分かりました。では、開発資金の融通をしてもらえないでしょうか? 何分、資金がありませんので」

「あん? てめぇに払う金なんて……ああ、金貨一枚くらいならやってもいいぞ」


領地経営をなんだと思っているんだ?


だが、これでいい。


「分かりました。それでは、せめて開発が一段落付くまでは王家への上納金は免除してもらえませんか?」


イルス領は広大だ。


上納金は面積に応じて負担をしなければならない。


それがとても重くのしかかってくるのだ。


「……まぁ、いいだろう。どうせ、開発なんて出来やしねぇ。俺が流民を助けに……」

「は? 今なんて、おっしゃいましたか?」


「なんでもねぇ。上納金は許してやる」


……。


「文官。今の話は聞いたな? すぐに文書にしろ」

「チッ。分かったよ」


本当にガラが悪いな。


だが、こいつからはこれを引き出せれば良かった。


「それと……ひとつだけ、聞かせてください」

「なんだ?」


「……父上はご健在か?」

「あん? てめぇのような下級貴族には関係ねぇだろ?」


この反応……。


父上はおそらく……。


「お主!!」


マリーヌ様?


「なんだ? このガキは。ああ、オメェの女か。まぁ、趣味は悪くねぇが……俺好みじゃ無ぇな。残念だったな。もっと大きくなったら、また来いや。相手をしてやってもいいぜ」


見境のない豚が……


「のう、お主。ラエルビズの娘とはよろしくやっておるのかの?」


急に何を言い出す!!?


「あん? だから、言ってんだろ。おめぇのようなガキには興味がねぇ」

「そうか……まぁよい。その娘の体は特別での。一応、忠告しておくが、あまりのめり込まぬほうが良いぞ?」


「はん!! 何を言うかと思えば……いいか? 俺は王だ。王国中の女を抱く権利がある。てめぇに指図される覚えはねぇんだよ!!」


……本当に頭が痛くなる。


こんな奴が王になっているなんて……


ラエルビズが王になろうという野望を持つのも無理からぬことだと思い始めていた。


「マリーヌ様。少し、控えて下さい!」

「うむ……分かった」


これ以上はこいつとは話したくもない。


「我らはこれにて退散させていただきます」

「ああ。せいぜい、流民たちを可愛がってやってくれよ」


魂胆が透けて見えると、これほど滑稽なことはない。


だが、流民一万人を管理するのは容易なことではない。


一歩間違えれば、暴徒と化し、王国軍の介入を許すことになる。


もしくは……ラエルビズ軍の……


こいつらの手柄になるような失策だけは絶対に避けなければ。


「分かりました。それでは……」


僕達が出るまで、ガトートスの高笑いはずっと続いていた。


やつにとっては、それほど痛快だったのだろうか?


僕をバカに出来たから?


いや、あいつがバカだからだろう……


「マリーヌ様。どうして、あんな事を?」

「ふむ。いや、少々気の毒での。妾の作った人形があの小僧を喰っておるからの。奴の命……長くないかものぉ」


言っている意味が分からない……。


あまり、深くは考えないでおこう。


不確定要素は重要な局面では邪魔でしかないことが多い。


さて……マギーを迎えに行って……。


奴隷を回収したら……王都を出よう。


僕は知らなかった。



ここの牢屋にはエリスが捕まっていることを……。

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