第58話 マリーヌ様の秘密?

ラエルビズ卿はこそこそとした様子で姿を消した。


奴隷商と話をするだけでも大変だな。


まるで他人事のように笑ってしまった。


「滑稽な男じゃな。大貴族だと言うのに、肝の小さな男じゃ」


そうだろうか?


僕が戦場で対峙した時の姿は、どうみても歴戦の猛将だった。


勝ちを取ったのが今でも不思議なくらいだ。


「マリーヌ様はどういう関係なんですか?」

「む? まぁのぉ……あやつが若いときにな」


言葉を濁すってことは言いたくないってことかな?


「分かりました。ただ一つ。ホムンクルスってなんですか?」

「ふむ。お主は錬金術というのを知っておるか?」


古の魔女……そんな人が登場するおとぎ話に錬金術師という人物が登場する。


その者が使う魔法が錬金術。


石から金を生み出し、正義心のある貧しい若者を王にしたという……。


だが、それはおとぎ話。


「ええ。絵本であったかと」

「その通りじゃ。ホムンクルスはのぉ……」


話、続くんだ。


「簡単に言えば、生物のようなものを作り出す技法じゃ」


それって……。


凄いことなんじゃないか?


さり気なく聞くような話ではないよな!


「僕にはよく分からないんですけど。そんなことが可能なんですか?」

「可能だから、話になるんじゃろう。そもそも、妾もホムンクルスじゃ」


……?


何を言っているんだ?


マリーヌ様はどこからどう見ても、人間にしか見えない。


さすがにそれは……嘘だよな?


いつものように冗談を言っているに決まっている。


「どこを触っておるのじゃ? いくら、お主でも場を弁えよ!」


えっと……やっぱり、人間だよな?


「妾の体の秘密は……ほれ。これじゃ」


宝石?


キラキラと輝く赤い石がお腹に埋め込まれていた。


でも……信じられないよな。


「ホムンクルスって作れた存在……そうおっしゃいましたよね?」

「うむ。なかなか覚えが早いのぉ」


……でもマリーヌ様はいつも一人……


そして、600歳という自称ババァ。


導き出される結果は……。


「自分で自分をホムンクルスに?」

「なんで、そうなるんじゃ! そんな訳がなかろう。妾にだって、ホムンクルスにしてくれる一人や二人おるわい!!」


そうだったのか……


それほどの技術を思った錬金術師とやらが、複数人もいるのか……。


出来れば、王国では会いたくないものだけど。


そんな人並み外れた能力持ちは危険しかないからな。


「その錬金術師の風貌とかわかりますか?」


一応、聞いておいたほうがいいだろう。


「どうして、そっちに話が行く? 可怪しいじゃろ。妾がホムンクルスと聞けば、そっちに興味が行くじゃろ? 普通」


そうかな?


「マリーヌ様が普通じゃないので……逆に納得できたと言うか……」


ああ、そうだったんだ。


くらいの感想しかなかった。


「ぐぬぬぬ。折角、教えてやったのに、それ位の感想しか持たれぬとは……もういい!! お主には何も教えてやらん!!」


あれ?


僕はなにか悪い事を言ってしまったのだろうか?


「最後に、聞いてもいいですか?」

「お主には教えん!!」


「ホムンクルスって不老長寿の技術ってことですか?」


もし、仮にマリーヌ様の年齢が本当だとしたら……


ホムンクルスは凄まじい技術だ。


まさに人が追い求めて止まない技術がここにあるんだ。


「……いや。ホムンクルスは埋め込まれる魔石の質で寿命が決まる」


……魔石か。


たしか、魔力が封じられた特殊な石だったな。


あまりにも希少ゆえ、王族でさえ見たものは少ない……という代物だ。


そうか……あのお腹にあった石こそ……


「だから、どこを触っておるのじゃ?」


つい、気になって触ってしまうが……。


あれ?


さっきの石がない?


「そんな大切なもの、ほいほいと外に出せるか? 今は中に入れてる」


なるほど……人外じみているな。


「じゃあ、マリーヌ様はどれくらい生きられるのですか?」

「……。さあの。妾が知りたいくらいじゃ。そのための毒を作っておるのじゃが、お主たちのせいで研究も一向に進まぬよ。まったく……」


そう、彼女は言っていた。


永遠の命だと。


そして、死ねないからだと。


もし、それがホムンクルスという物が理由だとしたら……。


「魔石を取れば、死ぬんじゃないですか?」

「ほお。まるで妾を殺したいみたいな言い方じゃな。もうちょっと、感傷的になってもいいと思うがのぉ」


僕がマリーヌ様に対して?


それはないな。


色々と助けられているし、感謝はしている。


だが、基本的に面倒くさい人という考えは変わらない。


「マリーヌ様に親切は不要かと。それを逆手に取ってくるのがマリーヌ様ですから」

「ふん。妾とて、偶には優しくされたいわ!」


絶対に嘘だと思う。


おそらくだけど……マリーヌ様は僕達と深く関わるつもりはない気がする。


いつだって、距離を置き、傍観者のように振る舞う。


きっと、優しくされれば、傍観者ではいられなくなる。


それが怖いんじゃないかな?


分からないけど……。


「じゃあ、後でパンケーキを驕ってあげますよ」

「まことか!!? ……言っておるじゃろ!! 妾を子供扱いするな、と」


ホムンクルスが何なのか、僕には分からない。


マリーヌ様が自分をホムンクルスと言うなのなら、信じるつもりだ。


彼女が一人にならないように……


僕は……いや、僕達は彼女の側にいてやりたいと思う。


なんとなく……そんなことを考えてしまった。


「さあ、戻りましょうか。明日には王都を出発して、イルス領に引き返す旅が始まりますから、ゆっくりと休みましょう」


奴隷を明日、受け取る……。


それで王都にいる理由はなくなる。


僕達は宿に向かった。


もちろん、僕達を歓迎してくれる人なんて、王都には誰もいない。


……あれ? 何か忘れているような……。


「どこにいても目立つな? 奴隷商」


……また、この手の奴か。


本当に面倒だな。


「国王陛下がお前に用があるそうだ。すぐに王宮にやって来るように」


……どっちだ?


父上?


それとも……。


「一つ聞かせろ。今の国王は誰だ?」

「はぁ? 貴族なのに、それすらも分からないのか? 奴隷商は」


もういい。


「早く答えろ!!」

「ちっ!! ガトートス様に決まっているだろ!!」


やはり……父上はお隠れになられてしまったのか?


分からない……だけど……。


「分かりました。すぐに向かいます」

「ちっ!! 最初からそう言えばいいんだ」


これで色々と分かるはずだ。


ガトートスの目的も……全てを見極める。


……。


「よく来たな。奴隷商のイルスよ」


まるで豚だ。


滑稽な体になったな。


それが最初の印象だった。

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