第57話 王都へ

馬車はゆっくりと揺られていく。


ラエルビズ領までは整備されていない道が続いているが、それから先は実に快適だった。


南方街道が王都まで一直線に繋がっている。


しばらくはこの道を行ったり来たりすることになるだろう。


ドーク子爵がいる北方へは道が復旧するまではしばらくはいけないだろう。


「ロッシュ。このまま、王都に向かうの?」

「ん? そのつもりだよ」


どうしたんだろう?


マギーの顔色があまりよくない。


それもそうか。


あそこにはあまりいい思い出はないからな。


「ちょっと、休憩しようか。奴隷たちも歩き疲れているだろうし」


沿道の街々を訪ねては、奴隷たちを集めている。


この人たちは貴重な労働力となる。


イルス領開発のための……。


馬車を降りるとさすがは南方と思わんばかりの暑さが伝わってきた。


連れ歩いている奴隷たちは暑さに参っているのか、すぐに木陰を求めて動き出していた。


「大丈夫かい? マギー」

「ええ。ところでイルス領は大丈夫かしら?」

「また、その話か……」


僕も一抹の不安はなくはない。


本来であれば、もっと滞在して、形にしてから出発するべきだった。


だけど、奴隷は到着が遅れれば、死刑が執行されてしまう。


奴隷商にとっては奴隷は宝だ。


それをみすみす殺されるようなことがあってはならない。


「サヤサ達がいるから大丈夫だろう。彼らにはちゃんと指示を与えているし」

「それが心配なのよね……」


否定できない……かな。


なんだか、戻った時が大変なことになっていそうでちょっと怖い。


「これからも旅を続けるんでしょ?」

「そうなるかな。イルス領に人がもっと集まってくれば、落ち着くことも出来るんだけど」


最低でも一万人は欲しいところだ。


正直、ラエルビズ侯爵は信用できない。


いつ、兵をこちらに向けてくるか分からない。


その備えとして、やはりこちらも軍備を整えた。


その最低ラインが人口一万人だ。


そうすれば、二千人程度は動員できる。


もっとも相手はその十倍以上の兵力を持っているから、焼け石に水かもしれないけど。


「そうなると、信用の出来る指揮官がほしいわね」


まぁ、そうなるよね。


だけど、そんな人はすぐに手に入るものではない。


今の王だって、そんな人が何人もいるわけではない。


それほど、優秀な指揮官を手に入れるのは難しいんだ。


「この奴隷たちの中にいたらいいのに」

「そうだね」


僕不在の間の領地経営を任せられる人か……。


そんなことを考えながら、王都へと再び出発した。


……。


「奴隷商か。チッ! さっさと入れ!」


相変わらずの王都対応。


懐かしくて涙が出そうになる。


東門の衛兵は書類だけを手渡してきた。


今日は随分と多いな。


「お前がなかなか来ないせいで、牢屋がいっぱいなんだ。はやく、引き上げてくれ」


……まぁいいか。


これも事務的な挨拶みたいなものだ。


「ロッシュ、あれ」


ん?


まさか、こんな場所で出会うとは……


「ラエルビズ卿、お久しぶりです」

「フン!! 奴隷商か。私に気安く話しかけるな!!」


なんだ、あれ。


前はもっと気さくな感じだったのにな……。


まぁいいか。


あん?


なんだ、これ?


いつの間にか手に紙が握らされていた。


……。


「マギー。少し用事が出来たよ。奴隷の事は明日にしよう」

「え? ええ。それは構わないけど」


「こっちが構うんだが!! 早く奴隷を回収してくれ」


無視だ……。


こっちのほうが優先順位は高そうだから。


……。


「何用ですか? ラエルビズ卿。こんな人気のないところに来いだなんて」


正直、行くかどうか迷ったが……紙にデカデカと緊急と書かれては無碍にも出来ないな。


「ロッシュ君。ニーニャの様子はどうだ?」


……まさか、これが緊急の用件か?


いや、さすがに……


とはいえ、相手は親だ。


教えてやるのも親切か。


「ええ。イルス領で大切に扱わせてもらっていますよ。ただ、人員が不足していて、十分な対応が出来ていないのが実情ですが」


今は総動員で住居作りが進んでいるはずだ。


目覚めないニーニャを付きっきりで看病は難しい。


「ふむ。それは分かっている。それでな、お主に朗報だ」


ん?


「流民が一万人ほど浮いている状態なのだ。それをイルス領で引き受けてもらいたい」


……目標達成だ。


まさか、こんなに早く達成できるとは。


だけど、どうして?


「分かりません。よく、ガトートスが承知しましたね。我が領を肥えさせるだけなのに」

「それはほれ……なんとでもなるであろう」


……ガトートスを言いくるめたのか?


だが、助かった。


なるほど、それでこんな場所で密会をする必要があったというわけか。


僕とラエルビズ卿が仲良く話せば、それだけで疑われてしまう。


流民の話も無くなってしまうかもしれない。


「分かりました。事務的なことを含めて、ラエルビズ領を通過した時に」

「ああ。分かった」


これだけで話は終わりだ。


さて……。


ん?


マリーヌ様がいるとは、珍しい。


「久しいな」

「ん? はて? お嬢さんとはどこかでお会いしましたかな?」


マリーヌ様?


「ホムンクルスの調子はどうじゃ? あれから……三十年か。限界が近いであろう?」

「……まさか。そんなはずは……マ、マリーヌ様ですか?」


「無論じゃ。見て分からぬとは、歳を取ったの」

「それは御無体な。あの時は美しい女性だったはず。そんな子供のような……ぐえっ」


……なんだ、この光景は?


子供とじゃれている、おっさんか?


「たわけが!! この体になっても、妾の魅力は一寸たりとも落ちてはおらぬわ!!」

「いや、身長が大分落ちているかと……ぐえっ」


二人は顔見知りなのか?


まぁ、マリーヌ様は自称600歳の婆さ……ではなかったな。


お姉さんだから、知り合っていても不思議ではないが……。


「時間が惜しい。早く話せ。して、どうなのじゃ?」

「はい……あれは王城に。娘として忍ばせました」


何の話をしているんだ?


「ほお。お主も悪いのぉ。あれが最後、どうなるか知ってやっておるのか?」

「無論です……」


さっぱり、訳が分からない。


だけど、二人の顔はとても悪意に満ちていました。

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