第二章 イルス領
第一章 再び、旅へ
第56話 奴隷商、イルス領にたどり着く
「あの川向うがイルス領か?」
長かった……。
この旅の最中、僕は何度石を当てられたことだろうか?
何度、罵倒の嵐を受けただろうか?
そして、それに慣れてしまっている自分に何度、嫌気が差しただろうか?
でも、ここで報われる。
「ついに着いたんだ! イルス領に」
鳥が遠くで鳴いている……。
本当に何もない場所だ。
いや、ある!
大自然が。
流れる川は雄大だ。
これだけで天然の堀として使える。
あの岩山。
これだけで天然の要塞だ。
そして、広がる平地……豊かな農地を作ることが出来る。
そう、ここが僕の領土……僕の新天地なんだ!
「ロッシュ。先に行かないでよ。何か、あったらどうするのよ」
「マギー。頑張っていこう……まずは拠点だな。物資の集積所を兼ねた……」
考えることが山のようにある。
だが、その前に草むしりを……
「ロッシュ!! 話を聞いて」
……ん?
マギーは一体、何を騒いでいるんだ?
「どうしたんだい?」
「どうした、じゃないわよ。勝手に飛び出して、勝手に騒いでいるんだもの。心配になるじゃない。それで?」
それで? とは?
「だから……どこに街を作るの?」
「いい質問だな。僕達はまだこの先に何があるか知らない。だけど……」
迂闊に飛び込むのは危険だ。
シェラからの情報もあるからな。
フェンリルが中の下の戦力しかないと言われるような場所だ。
注意に注意を……さらに注意をしたくらいがちょうどいいだろう。
「川を超えたすぐの場所に拠点を築こう。皆にはその旨を伝えてくれ」
「分かったわ。でも……どうやって、川を超えましょうか?」
……たしかに。
目の前に流れる大河は入るすべてを飲み込んでしまいそうな勢いがある。
これを超えるためには大きく迂回するか……
「船を作るしかないかな」
「船……ね。サヤサ、ちょっと来て」
「なんですか?」
まだ、戦衣装のままだったのか。
本当にキレイだな……
「フェンリルで超えられないかしら?」
流石に無理じゃないかな?
水深を考えれば、大人のフェンリルならなんとか頭が出るくらいはいけるが……
水の勢いは甘く見ないほうがいい。
たとえ小川でも、人を動かす程度の力はあるものだ。
ましてや、この大河だと……
「大丈夫ですよ。私の鍛えたフェンリルなら……簡単にジャンプで」
……その発想はなかった。
なるほど、飛び越えるのか。
さて……。
「サヤサ。これは怖すぎるって!!」
「すぐに終わりますから」
フェンリルの大ジャンプはかなり怖かったです……。
なんとか、対岸に辿り着いた一行……。
「大将。ここいらで割り振りをお願いしやす」
ふむ……。
大ジャンプの恐怖から未だに立ち直れていないが……
今やらねばならないのは……
皆が住むための住居の建設だ。
とりあえず雨風が凌げる程度の簡単なものでいいだろう。
橋の建設。
大河を超える時にフェンリルを毎回使うのは得策ではない。
防衛面ではいいのかもしれないが、ラエルビズ領からの物資が運ばれてくることを考えると急務だろう。
飲水の確保。
これは意外と重要だ。
当面は川からの水で代用するが、やはり衛生な水は確保しておきたい。
これらを達成するために……
「青熊隊は木材の調達を頼みたい。とにかく大量に必要になる。近いところから、伐っていってくれ」
「おう」
「赤蛇隊はラエルビズから物資の調達を頼む。当面の食料、水……道具の調達も頼む」
「おう」
これで少しは進むな。
「オリバはいるか?」
「ここに」
野外料理人にはここでも頑張ってもらわないとな。
「とにかく料理を作ってくれ。皆の体力の要はお前にかかっているからな。食材は惜しまなくていい。どんどん使ってくれ!!」
「はい!! 一つ、あのドワーフに頼んでもいいですか?」
どうやら調理器具が不足しているようだ。
承諾を与えると、オリバはスキップしながら行ってしまった。
「サヤサ、君には食料調達を頼む。干し肉までの加工をお願いしたい」
「獲ってくるのはフェンリル達がやってくれますが……加工となると……」
食料の調達は重要だ。
それに狩りをすることで周囲の状況を把握することにもつながる。
「ラエルビズ領から連れてきた奴隷を使うといい」
「分かりました!! いくよ! お前たち!!」
フェンリルも大変だなぁ。
さてと……
「マリーヌ様は……どうでもいいか」
「待つんじゃ。どうして、いつも妾を蚊帳の外に置くんじゃ?」
だって……仕方ないと思う。
確かにラエルビズとの戦いではカッコイイところを見させてもらったと思うよ。
なんか、すごい美女にもなってたし。
でもなぁ……。
「逆に何が出来ます? 毒作りとかはなしでお願いします」
「ぐぬぬぬぬ」
いやいやいや。
本当に毒作りしか出来ないの?
「じゃあ、僕に付いてきて下さいよ」
「ふむ? まぁいいじゃろう」
マリーヌ様を放っておくと、碌なことがなさそうだしな。
側に置いたほうがいいだろう。
「イルス。ここにいた」
「ああ。シェラか。探していたんだ。君のも頼みが……」
え?
どうして、手を握ってくるんだ?
「ありがとう。イルス。これで私、帰れる」
どういうことだ?
まさか……。
「行ってしまうのか? 仲間たちのもとに?」
そう、それが約束。
シェラを奴隷にする時に交わしたんだ。
そして、目的地に付いてしまった。
それはつまり……シェラとの別れだった。
「うん。でも、戻る。ここに」
「そうなのか?」
よかった……。
シェラはもはや僕達にいなくてはならない存在。
一番の稼ぎ柱なのだから。
「当たり前。種をもらいに戻る」
ん?
何か変なことを言わなかったか?
だが、まぁいい。
帰ってきてくれるなら。
「待っているからな。絶対に戻ってきてくれ」
「了解」
それだけの言葉を残して、シェラは森の中に姿を消していった。
……やっぱり寂しいな。
「ロッシュ……」
マギーも短くない付き合いだったんだ。
そりゃあ、寂しく思う……
「どうして、笑顔なんだい?」
「だって、最初からロッシュに色目を使っていたから。いなくなって、安心したわ」
……どうやら、知らない間に女の戦いが始まっていたみたいです。
「それで? 私達はどうするの?」
「決まっているじゃないか!!」
再び馬車を走らせる。
僕は奴隷商なんだ。
領土を豊かにするために王国中の奴隷を集める。
それが僕しか出来ない仕事。
誰にも任せられない仕事なんだ。
「私も行ってもいいわよね?」
「もちろんだよ。行こうか」
僕はマギーの手を取り、馬車に乗り込む。
出発だ!
ゆっくりと馬車は動き出した。
「妾もおるんじゃがぁ〜! 置いていくではなぁい!!」
楽しい旅がまた始まりそうだ。
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