第55話 奴隷商、領地に向け旅立つ

「お前は鬼か?」

「いえいえ。ただの商人の真似事をしているに過ぎませんよ」


シェラの回復薬は薬草販売許可状によって、薬草ギルドに卸すことが出来る。


それで十分な金貨を得ることは出来るのだが、所詮は市井に出回る程度だ。


ある程度の効果である程度の料金ならば、ギルドでも取り扱えるが……


シェラの作った特別な回復薬は効果が強すぎた。


そのため、売るに売れない商品となっていたのだ。


だが、ラエルビズ家ならば話は別だ。


僕はこのラエルビズ家との直接取引がしたかった。


「一瓶、金貨100枚。これ以上は……これだけの効果です。かなりお安いと思いますが?」

「ぐぬぬぬ。分かった。応じよう。ただし、この回復薬は私だけに卸すのだ。いいな?」


この辺りが潮時だろう。


シェラに聞けば、材料費は一瓶を作るのに、金貨1枚しない程度だ。


ボロ儲けとはこのことだな。


あとは量産体制を……


それはもっと後の課題だろうな。


……


話はある程度ついた。


ラエルビズとは長い付き合いになりそうだ。


攻撃をされた時は、死を覚悟したものだが、結果としてイルス領に大きな利益をもたらすことに成功した。


これだけの資金があれば、当面は開発に支障は出ないだろう。


「奴隷については、我が領で引き取らせてもらいます。よろしいですね?」

「ああ。ただし、開発が一段落付くまでだ。それからは我が領にも回してもらうぞ」


奴隷の安定供給も約束できた。


まぁ、実際はこんな約束は不要だ。


奴隷の決定権はすべて奴隷商である僕にある。


しかし、少しでも軋轢を生むのは面白くない。


特に、隣接するこの領とは……。


「さて、僕は帰らせてもらいますよ。奴隷も連れて帰りますね」


今日の成果は十分すぎる結果だ。


あとはイルス領に向かえば……。


「ちょっと待て。私に聞かぬのか?」

「何をです?」


分かってはいる。


戦場で聞いた。あの話だ。


だが、状況は大きく変わった。


ラエルビズ軍は敗北したのだ。


おそらく、ラエルビズ卿の中も変化があったのだろう。


しかし、そこに立ち入るつもりは今はない。


政治を行えるほどの実力が僕にはないからだ。


「私はラドートンとの婚約を進めるつもりだ。異論はないのか?」

「……」


確かにラエルビズ家とラドートンがつながれば、王国にとっては面白くないだろう。


だが……


「構いません。あの時は感情的になりましたが、今は自分の置かれた立場を理解しているつもりですから」


ここで反対しても、ラエルビズ卿が応じる理由はない。


むしろ、これまでの交渉で手を退くべきだ。


「ふむ。なかなかおもしろい男だな。ところでロッシュ……」


何だ、急に。


馴れ馴れしいな。


「お主は妻を娶るつもりはないか?」


……は?


「お主も妙齢だ。それにオーレックの娘も死んだと聞く。どうだ? 一層のこと、我が娘と結婚を……」


なんて、節操のないおっさんだ。


さっきまでガトートスとの結婚で盛り上がっていたではないか。


たしか、この人には一人しか娘はいないはず。


ガトートスの結婚を諦めるというのか?


まぁ、だとしても……


「僕はすでに結婚していますよ。隣りにいるマギーが妻です」

「なんと……だが、それでも構わぬ。庶民の女にいくら手を出しても良い。それが男の甲斐性というもの。我が娘を本妻としてくれれば……」


……。


「私をお忘れですか? ラエルビズ卿」

「なに? ……まさか……」


「ええ。私はフォレイン=オーレックの娘……マーガレット=オーレックですわ。ご無沙汰しておりました」

「……バカな。だが、どうして……」


混乱するのも無理はないな。


だが、隠す必要はもうない。


ガトートスの陰謀に付き合う意味もないからな。


「この事実を知っているのは、どれほどいるのだ?」


卿に告げる必要もないが……


「デリンズ卿……それにオーレック卿です」

「なに? オーレック卿も知っているのか……分からぬ……なぜ、彼は失脚した? 身の潔白を証明する方法もあっただろうに……」


これは王国内に広がる大きな流れだ。


オーレック卿の動きもまた、何かを意図してのこと。


だが、一つだけ……


「オーレック卿はマギーの幸せを一番に考えていました」


身の潔白を証明するのは出来たかもしれない。


だが、それはマギーを僕の身から離すことだ。


それをマギーが嫌がることは理解していたんだろう……


自らが失脚すると分かっていても……


「そうか……。私も親だ。気持ちは分からないでもない。最も私は、自分の野望のために娘を利用しようとしているがな」


話はもういいだろう……


なぜ、腕を掴んでくるんだ?


「やはり、ますますロッシュ君に娘をやりたくなった」


……こいつはバカか?


「分かりませんか? 僕には妻がいる。娘さんを貰うわけにいきません。それに、その娘さんはガトートスに」

「いや、私にはもう一人の娘がいる。もっとも……」


僕はその娘の部屋に案内された。


暗く、どんよりとした空気が広がる地下室。


こんな場所に娘を置くのか?


重々しい扉が開くと……


まるで絵本のような部屋だな。


ピンク色に包まれ、ぬいぐるみが山のようにある。


その中に少女が横たわるベッドが置かれていた。


「これが我が娘のニーニャだ」


死んでいる?


いや、かすかに息はあるが……。


「我が娘は不治の病に冒されている。日を浴びると皮膚がただれる病だ。そのせいでこの地下でしか生きてはいけぬ」


聞いたことがあるな。


そして、病が発病すれば、命は長くないと。


「ニーニャには人並みの幸せを与えてやれなかった。せめて、結婚くらいは……と思ってな」


この人も親か……


たしかに彼女のことを思えば、不憫と思う。


だが、それとこれとは話は別だ。


特に貴族の娘ともなれば、尚更だ。


「先程も言いましたが、お断りします」

「うむ。無理もない。だが、お主らは不思議な薬がある。もしや、ニーニャを治療する薬があるのではないか?」


……


「シェラ。どうだ?」

「……分からない。だけど、一時的なら」


「ほ、本当か!? ぐえっ」

「近づくな」


……。


これはいいかもしれないな。


実はラエルビズ卿との約束に少々危機感を持っていた。


いつ、反故にされるか分からないからだ。


だが、ニーニャに対するラエルビズ卿の態度は本物だ……。


だったら……。


「ラエルビズ卿。提案があるのだが……」


僕達はラエルビズ領を離れ、イルス領へと進路を向けた。


その揺れる馬車の中には……ニーニャの姿があった。


「ロッシュ。彼女をどうするつもりなの?」

「決まっているじゃないか。人質だよ」


弱い領地を守るためには、なんでも使う……。


愛する妻を守るために……


頼れる仲間が安心して暮らせる土地を作るために……


奴隷たちが気持ち良く奉公できるように。


僕はそれらをやらなければならない……。


最終的には僕が考える、まだ見ぬ王国にするために……。


――――――――――――――――――


【★あとがき★】

次回からイルス領にたどり着きます。今後の展開は……。エリスと再会は……。ガトートスの運命は……


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